今、お通夜から戻ってきました。 昨日はあんなに悔しがっていたのですが、「物は考えようだなー」と思うようになりました。 伯母の最期を聞きましたら、誰にも看取られず1人で逝ったとのこと。 そら、苦しまずに逝けたかもしれないけど、あまりに突然で彼女は心の準備も出来てなかっただろうし、誰にも何も残せなかったはず。 本人はどんな気持ちで最期を迎えたのでしょう? わからないまま逝けたことは、本当に幸せだったのかしら? それはわかりません。 でも、お通夜の席はパパのように悲しみに包まれてる感じじゃなかった。 人はどう死んでいくかじゃなくて、どう生きたか。 そういうことなんじゃないか、と思うようになりました。 パパは偏屈な人だったけど、真面目に一所懸命生きたし、最期まで家族に愛されてた。 パパには苦しみの時間があったからこそ、パパも私たちも納得して死を受け入れることが出来た、そんな気がします。 まぁ、あまりに不公平で理不尽だから、無理矢理そう思おうとしてるのかもしれませんが・・・。 彼女よりパパの方がうんと幸せな人生だったと。 くだらないけど、きっとそう思いたいのね。(笑 明日は午前中クリニックに行って、お葬式に参加する予定です。 間に合うかなー、ちょいと綱渡りです。 とにかく彼女とはお別れです。 |