「眠れぬ夜」が
「眠れる夜」になって
1ヶ月以上経った。
寝堕ちすると朝迄グッスリだ。
堕ちるのに、ベッドで数時間…
という日はあるにせよ
それでも眠れるので
躰が随分とラクだ。
なにせ、2ヶ月前には
トイレに這って行く程だった。
何も出来なかった。
しかし
躰が少しでもラクになれば、
気分も少しラクになる。
すると…
何か一つ行動してみたりする。
こんな小さな成功体験の積重ねが
「行動意欲を持つ自信」に
なるのではないか?
ただ
「ラクを感じるきっかけ」は
おそらく、人各々違うかもしれない。
この点の価値観の相違が
身近な人や主治医と異なると
辛い日が続いてしまうのかと
私は考える。
しかし、
この「ラクになるきっかけ」を
共有するのは労力が掛かる。
何故なら、
自分は自分一人であって
どんなに親い人であっても
自分のコピーでは無いからだ。
断言する。
理解り合うなんて有り得ない。
だからこそ
「自分がどうなりたいか」を
訴えなければいけない。
これはどんな病であれだ。
お互いに何の背景も知らない
ドクターに治療方針を任せては
いけない。
そして、
背景は知らなくとも
「どうなりたいか」を
傾聴する真摯な姿勢をとれる
ドクターと出逢えれば
おそらく治療期間が少なくすむ。
傾聴できないドクターには
傾聴して頂く迄訴えるしかない。
ただ…その行動は労力が掛かる。
だから力まずに
「しんどいです」
「眠りたいです」
と口に出来る事を積み重ねよう。
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