物心ついた頃、と言うか
記憶のある範疇での
一番小さな私は
一人だった。
大工場勤めのお父さん。
専業主婦のお母さん。
兄弟姉妹は無く、
ひとりっこ。
私達の世代頃から
「核家族」という言葉が踊った。
ありふれた3人家族。
だった。
確実に違うのは
私が幼稚園に入る前頃、
父の右半身には
綺麗な虎の絵ができた。
深く濃い緑の線の虎が
少しずつ色付き、
きらびやかな虎となった。
母は小さな私を連れて
パチンコや競艇場に。
花札も教えられ、
今思うと「賭場」にも
連れて行かれ花札を
大人に紛れて私は賭った。
そんな二人は
朝であれ、昼であれ、夜中であれ、
怒鳴り合い、掴み合い、
殴り合った。
そんな生活に嫌気が刺したのか、
母は
他の男の元へ
私を置いて行った。
今でも覚えている。
ベランダから見た母の後姿。
その母は
私を置いてきた事を苦に思い
何十回と自殺未遂騒動を起こしつつ
昨年、持病と癌で逝った。
私を
「男に逃げたあんな女の、子」
と言い、暴力で抑圧しながらも
迷いながら育てた父は
約10年前に
自宅の風呂場で
首を吊って逝った。
これが私の背景だ。
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