入院後、2度目の面会(通常はお見舞いという)です。

事前情報から、相当ゆううつな気分でどんよりしながら行ったのですが、

病院で面会お願いします、と言ったら、談話室みたいなところで待ってて、というので、待ってたら、

車いすで出てきました、我がBBA。

 

前回、車いすにも乗り移れない(乗り移ろうともしない)、というので、

「あー、こうして、老人たちは寝たきりになるのか。。。」と思っていたのですが、

まだまだ、生きる気満タンです。口では、「生きてる意味がない~」と言ってますが。

 

そうか、「生きてる意味がない~」というのは、「けど、まだ死なない~」という意味だったのです。

 

次回は、23日です。それにしても疲れます、往路2時間、現地滞在15分、そして復路2時間。

 

ケアマネが、その前に月曜に会うそうです。

 

この先、どうなることやら。。。

BBAが入院した大病院は、面会が予約性。入院した日に12月2日を予約したが、時間枠が決まっていて、3時と3時半が空いてます、とのことだったので、遅いと帰りがつらいので、少しでも早い3時を予約。

 

で、面会しました。

まったく覚えてません、腰を骨折して大号泣するほど痛かったことを。恐るべし、アルツハイマー。

痛くて大変だったんだぞ、コルセットができて少し楽になったんだぞ、と言ったら、「これ?」

と、コルセットを見せてくれました。外そうとするので、はずしちゃいかん、してなさい。と。

 

で、面会後、理学療法士(ですよね?)さんのヒアリングに付き合ってたら、外しちゃうそうです、コルセット。

今日、車いすに乗り移る練習をしようとしたが、痛いからだめ、だそうです。ベッドから起き上がって、すわるところまで

いったそうです。どうなることでしょう?

本人に骨折の自覚がなくて、自覚がないがゆえもあり、直そう、歩けるようにしよう、という意欲がないんです、どうやら。

 

どうなることでしょう?

 

理学療法士さんから、車いす生活もほのめかされましたが、足はぴんぴんなはずなのに、なんてもったいない。

と、いう認識も本人はないんです。

 

どうなることでしょう?

 

次回は、9日に面会予約しました。また、3時と3時半しか空いてませんでした。なので、3時に予約しました。

枠は2時からあるはずなんだけどなー。

毎月10日は、前月末締めの請求書が出るとのこと。10日は、日曜なので、電話で聞いたら、9日に請求書出るとのことなので、次回はお金もはらう。

 

キープしておく書類:

・コルセット着用の医師の証明書

BBA(母親のこと)は、アルツハイマー型認知症で、要介護2です。

去年(2022年)の12月から高齢者住宅(サ高住)で過ごしています。

サ高住に引っ越した1月か1.5月は、帰りたい帰りたい病だったそうです。

あとで、施設の方から聞きました。

でも、今年の2月に様子を見に行ったら、「こんないいとこはない、ここで死ぬ」

とか言ってました。三食昼寝ならぬお遊び付きですからね。月¥20万ほどで天国だろうと思います。

(本人、いくらかかってるか知らないですが)

去年の11月まで住んでいた自宅も売れて、お金の余裕もできてこちらも安心してました。

 

ところが、先月20日に施設から電話があり(通常メールでやりとりしているので、電話だと、いやな予感しますね)、

朝食(8時ころ)後、部屋に帰って、9時にヘルパーさんが掃除に部屋に入ったら、BBAがいないので、探したら、

窓のところで、網戸によりかかった状態で動けない(現場もみたが、いまだにどういう状況だったのかわかりません)

BBAを発見。腰を打ったようだが、様子を見ます、という内容でした。

しかし、お昼前に再び電話があり、だいぶ痛がるので、整形外科に連れていくが、保健証がないので、もってきてほしい、

とのこと。お仕事、急遽中止して、有給にして、現地へ向かいました。(電車で2時間かかる)

 

現地では、車いすに乗ったBBAが。4番腰椎圧迫骨折、とのことでした。応急コルセットをつけて、22日に再度

通院するとのこと。そこは、施設の方にお願いして、自分は、また2時間かけて帰ってきました。

 

すると、22日にまた施設から電話が。。。

整形外科へ行ったが、本人、あまりに痛くて、所望の処置ができずに、おおきな病院へ入院するか否かの判断になったとのこと。判断を求められたので、即入院でお願いしますと返答。そしたら、明日、大病院へ行きます。紹介状もらいます、とのことで。翌日23日は、祭日なので、「だいじょうぶ?」と確認したら、「確認したのでだいじょぶ」とのことでした。

 

ところが、23日、2時間かけて大病院へ行くと、「おやすみです」とのことで、引き上げてきました。

25日は、紹介状の紹介先の先生が担当の曜日なので、あさってきてください、と。

で、しかたないので、本人を施設に連れ帰り、自分はまた2時間かけて帰りました。

 

とうとう、25日、大病院へ行ったが、本人大変痛がるので(そりゃそうだ、腰の骨、折ってるんですから)、ベッドを用意しろ、とか交渉しつつ、初診なので、いろんな手続きをさせられ、あげくの果てに、「入院保証金5万円、おいていけ」ですと。いちおう、大病院のHP見てたし、自分が別の病院に入院したときもそういうお金が必要だ、という認識はしてたので、お金、用意してたので、置いてきた。

と、なんだかんだと、右往左往させられ、めでたく入院完了しました。

そして、自分は、また、2時間かけて帰ってきました。

 

つ、疲れた。。。

 

キープする書類:

・入院保証金の預かり証

・コルセットの料金支払い方法と、返金方法を書いた紙

 

 

 

 

第九章 二十一世紀のハイエク

企業家精神と自由

 しかしミーゼスは、市場で重要なのは資源配分の効率性といった結果ではなく、人々が不確実な世界で答をさがす過程だとした。

 イズラエル・カーズナー[1973]は、競争の本質は分散した情報のなかで利潤を追求する企業家精神にあると論じた。カーズナーによれば、企業家精神のコアにあるのは技術革新ではなく、どこに利潤機会があるかを察知する感度(alertness)である。

 もちろん正しいアンテナをもっている起業家はごく少数だから、ほとんどのベンチャーは失敗するだろう。そうした淘汰の結果としてしか、答は求められないのだ

 

太字のところが今の日本(人)に欠けているところ。いや、欠けているのではなく、放棄したのかもしれない。

 

「失われた〇十年」というが、何かによって失われたのではなく、日本(人)が放棄したのである。

その結果として賃金が上がらないことを結果として承認しているのである。

 

どうよ?

 

第八章

部族社会の感情

…前にも紹介した集団淘汰の一種である。

 こうした人類学的なスケールでみると、利己的な行動を「合理的行動」と称して肯定し、独占欲に「財産権」という名前をつけて中核に置く資本主義の基礎は意外に脆いかもしれない。ハイエクもシュンペーターも、資本主義が崩壊するとすれば、その原因はこうした倫理的な弱さだと考えていた。

 

近年の「気候正義」や「脱成長」は、倫理にはたらきかけようという動きなのだろう。

しかし、人類には、倫理よりも、「欲」に対する執着の方が強いみたい。