あなたは『Tom has a pen』を訳せますか? | 我が学習の変遷の記録(旧・宇宙わくわく共創局)

あなたは『Tom has a pen』を訳せますか?


  はじめに

私たちは日々、様々な形で「翻訳」を行っています。外国語を日本語に訳すだけでなく、相手の言葉を理解しようとする時も、実は一種の翻訳を行っているのです。しかし、この「翻訳」という行為、本当に相手の意図を正確に伝えられているでしょうか?

  単純な言語置換では足りない


例えば、「Tom has a pen」という英文を「トムはペンを持っています」と訳すのは、確かに文法的には正しいでしょう。しかし、これで本当にトムの状況や意図を理解したと言えるでしょうか?

現代社会では、人々の間の分断が深まっています。社会的な立場の違い、自然と人間の乖離、そして自分自身との分断さえ見られます。このような状況下で、私たちには新しいレベルの「翻訳」が求められているのではないでしょうか。

  翻訳の新しいアプローチ


この新しい翻訳のアプローチは、大きく二つのレベルに分けられます。

 1. 見える他者に基づいた翻訳


まず、目の前にいる相手の言葉を理解しようとする時、その言葉の本質を捉える必要があります。これは一人では難しく、相手との対話を通じて見出していく必要があります。

また、相手の言葉の背後にある欲望や関心、目的を理解することも重要です。これは「欲望関心相関性の原理」と呼ばれるもので、現象学的なアプローチです。例えば、同じりんごを見ても、空腹の人には食べ物として、画家には絵の題材として映るでしょう。

さらに、言葉だけでなく、身体性との対話も大切です。身体には独自の知性があり、それを無視したコミュニケーションには限界があります。

2. 見えない他者に基づいた翻訳


次に、目に見えない存在との対話も必要です。私たち人間は、物事に意味を与える存在です。常に存在とやりとりをしており、存在からの問いにどう気づき、答えていくかが重要な課題となります。

また、深層心理にある集合的無意識との繋がりを感じることも、新たな理解をもたらす可能性があります。

  翻訳は終わりのないプロセス


このような翻訳は、一度行えば終わりというものではありません。対話や自己内省を重ねることで、どんどん深め、進化させていく必要があります。なぜなら、人間は本質的に自分の主観から完全に抜け出すことはできず、また、私たちを取り巻く社会や自然も常に変化しているからです。

  日常の言葉を深く考える


冒頭の「Tom has a pen」の例に戻ってみましょう。この単純な文も、深く考えれば様々な疑問が湧いてきます。書くという行為とは何か?ペンで書くことと、パソコンで入力することはどう違うのか?トムはどんな思いでペンを持っているのか?何を書こうとしているのか?

このように、一見単純な言葉の背後にある豊かな文脈や意味を探ることが、ほんとうの翻訳の始まりなのです。

翻訳とは、単に言葉を置き換えることではありません。相手の内面、社会との関係性、そして存在そのものとの対話を通じて、より深い理解に到達しようとする終わりのない旅なのです。日々のコミュニケーションの中で、この新しい「翻訳」の視点を持つことで、私たちの理解はより豊かに、より深いものになっていくでしょう。




野中恒宏