
抹茶ブッダ
日曜日の午後というものが、どうも好きになれません。明日が月曜日だという事実が、いわゆる「ブルーマンデー」という言葉を頭の片隅に呼び起こすことは間違いないのですが、理由はそれだけではないような気がします。日曜日という日は、日々の生活に宿っていたはずの密度のようなものが、ふっと抜け落ちてしまう時間帯なのではないでしょうか。街を歩く人は心なしか少なくなり、店はいつもより早く暖簾を下ろし、「生きている」という実感そのものが、周囲の空気ごと薄まっていくように感じられるのです。
思えば、この時間帯に人生の節目と呼べるような出来事が起きた記憶は、私にはありません。日曜日の午後にスポーツ観戦をしても、それはどこか消化試合めいた空気をまとっていて、心が満たされるような経験は、生まれてこの方一度もなかったのではないかとさえ思うほどです。
そんな今日も、いつものように妻を職場へ送り届けました。普段ならそのまま車を家路へ向けるところですが、幸い一年のうちでもさほど忙しくない時期で、少しばかり手持ちの時間があったものですから、私はふと思い立ち、車をブリスベンの繁華街へと走らせてみることにしたのです。
特別な催しがあるわけでも、誰かに会う約束があるわけでもありません。ただ、この日曜日という時間の中身を、わけもわからぬまま組み替えてみたい、そこから抜け出したいという気持ちだけが、妙に強かったのです。
駐車場に車を停め、街を歩いていると、ブリスベンの象徴とも言える建物の前の広場で、若者たちが大きなパソコンの画面を抱え、それを道行く人々に黙って見せている光景に出くわしました。彼らの背後には、「決して許してはならない」「支援が必要だ」といった言葉が見て取れました。距離が少し離れていたせいで、画面に映し出されている内容そのものを理解することはできませんでしたが、公の場でこうして人目にさらしてまで訴えなければならないほど、彼らにとっては切実で重要なメッセージなのだろうと想像がつきました。
そのメッセージに耳を貸さずに歩き去ってしまってよいものか――そんな倫理的な葛藤が、胸の内にふと兆すのを感じました。私は何度も振り返っては、彼らが何を訴えているのか、耳をそばだてて理解しようと試みましたが、結局はわからずじまいでした。そのままもやもやとした思いを抱えながら、私はあてもなく街を歩き続けました。
ふと、以前に立ち寄った抹茶のテイクアウェイの店のことが頭に浮かびました。あの時ホットの抹茶ラテを注文したのですが、隣で誰かが頼んでいたゆずのアイスがひどく美味しそうに見えて、次に来るときはあれを頼もうと心に決めていたのでした。そんな記憶が不意によみがえり、私は店の名前もろくに覚えていないまま、その足取りを頼りに店の前まで戻ってみることにしました。
すると、いつものことながら、その店は大変な賑わいでした。行列は店先にとどまらず、道路にまではみ出すほどでした。
普段の私であれば、ここで諦めて引き返していたことでしょう。しかし今日はどういうわけか、あのゆずのアイスをどうしても食べたい、諦めたくないという思いが、自分でも意外なほど強かったのです。「この気持ちだけは譲れない」などと洒落を言っている場合ではありません。私はゆず一点に狙いを定め、行列に加わりました。
ようやく店内に入り、商品ケースの中のアイスの並びに目をやったのですが、そこに「ゆず」の文字は見当たりません。ひょっとすると売り切れてしまったのかもしれない、そう思いながらも、とにかく列の先頭までは進むしかありませんでした。
そこで私の目に留まったのが、カウンターの中で働く一人の女性店員でした。この店は日本人の経営によるものらしく、いつも働いているのは女性の店員ばかりです。その佇まいだけでなく、交わされる言葉からも、それが日本人であることがうかがえます。普段であれば二人体制で回しているはずのその店に、今日はなぜか彼女一人しかいませんでした。
しかもこの大混雑のなかで、お客への挨拶、注文への対応、さらには自ら注文の品――飲み物やアイスやその他もろもろ――を作り、それを客の手に渡すという一連の作業を、すべて彼女ひとりでこなしていたのです。私はその手際に、思わず目が釘付けになりました。目の前に客が列をなし、自分の一挙手一投足がことごとく客の視線にさらされているというプレッシャーのなかで、彼女は黙々と、しかし着実に仕事をこなしていました。
客に応対するときにはきちんと笑顔を浮かべ、丁寧な言葉を添える。抹茶の飲み物やアイスを作るときには、一つひとつの動作に静かに集中している様子が、こちらにも伝わってきます。そして新しく入ってきた客に対しても、その都度、律儀に笑顔で挨拶をするのです。
これは自分にはとても真似のできないことだ、と私は思いました。もし私があの立場であれば、自分自身とこの仕事の忙しさとを切り離してしまい、なぜこんな目に遭わなければならないのか、なぜ誰も助けに来てくれないのかと、内心で愚痴をこぼしていたかもしれません。いらだちを覚えたかもしれませんし、少なくとも仕事の質は目に見えて落ちていたことでしょう。
ところがあの女性店員は、自分の忙しさというものと切り離されるどころか、むしろその忙しさそのものに、仕事そのものになりきっていたのです。これは先日、道元の『正法眼蔵』から学んだばかりの、「なりきる」という言葉の本質を、彼女がそのまま体現しているように、私の目には映りました。
つまり、暑いときには暑さになりきり、寒いときには寒さになりきり、病のときには病そのものになりきる――道元の言う「身心脱落」を、彼女は実践しているように見えたのです。自分という存在を中心に据えるのではなく、目の前の現実そのものと一つになって生きる。そうすることで自我への執着が溶け落ち、目の前でおこなっていることそのものになりきることができる。これを別の言葉で言い換えるならば、「フロー」と呼べるのかもしれません。人がそうしたフローの状態に入るとき、そこには文字通り、自我というものが存在しなくなっているのではないでしょうか。彼女の働きぶりは、そうした人間のパフォーマンスの深みを、私にひそかに感じさせるものでした。
ようやく私の番が回ってきて注文を済ませ、頼んでおいた抹茶アイスを受け取るとき、私は思わず「お忙しいのに、楽しそうにやっていてすごいですね」と口にしていました。「これは修行ですね、私にはとてもできません」と付け加えると、彼女は笑顔を見せて、「ありがとうございました」と返してくれました。
自分の思い通りにいかない現実に抵抗するから、人は苦しくなるのかもしれません。けれど、自由意志ではどうにもならないその現実と、なりきり、一つになることによって、おのずと身心脱落し、自我への執着が消えていく――そのことを、私はこんな平凡な日曜日の午後に、ふと学ぶことができたのです。
日曜日の午後というのは、いつもと変わらぬ「今、ここ」を、かえって静かに感じさせてくれる。そんな瞬間だったのかもしれません。
人間の外へ - 二人の哲学者のある日の会話
丸いテーブルを挟んで、哲学者Aと哲学者Bが向き合っていた。どちらが先に口を開いたのか、もはや二人自身にも分からないほど、この種の対話は幾度となく繰り返されてきたものだった。だが、繰り返されるたびに、問いは磨り減るどころか、むしろ鋭さを増していくように思われた。
「カントが明らかにしたように」と、哲学者Aが静かに切り出した。「人間は知覚と経験の外に出ることができない。だから、物自体を認識することはできないのだ」
その言葉は、この部屋では何度も語られてきた前提であり、同時に、いまだ誰も乗り越えることのできない壁でもあった。哲学者Bは、しばらく黙って相手の目を見つめていたが、やがて口元にかすかな笑みを浮かべた。挑むための笑みではなく、次の一歩を踏み出すための、静かな助走だった。
「じゃあ」と彼は言った。「人類誕生前の恐竜の研究は、人間にはできないことになるね」
その一言は、単純でありながら、鋭く核心を突いていた。誰も見たことのない時代、誰の知覚も及ばなかった世界について、人間は今、平然と語り、論文を書き、博物館に骨格を並べている。もしカントの言うとおりならば、それはいったい何を意味するのか。
哲学者Aは、しかしすぐには揺らがなかった。彼は少し身を乗り出し、言葉を選びながら答えた。
「いや」と彼は言った。「恐竜時代の研究もまた、現代の人間が持つ『私の確信』というフィルターを通して行われているに過ぎない。骨は、ただそこに在る。だが、それを『恐竜だ』と、『これは何千万年も前の生物の痕跡だ』と解釈しているのは、常に、今を生きる人間なのだ。人間の認識は、そのフィルターの外には決して出られない」
テーブルの上には、しばしの沈黙が落ちた。だが、それは対話が途切れた沈黙ではなく、むしろ次の問いを研ぎ澄ますための静けさだった。哲学者Bは、腕を組み、視線をわずかに宙へと向けた。
「じゃあ」と彼は再び切り出した。今度は角度を変えて。「数学の定理はどうだ」
彼の声には、これまでとは違う確信の響きがあった。
「数学の定理は、人間が存在していようといまいと、変わらない。三平方の定理は、人類が生まれるはるか以前から成り立っていたはずだ。数学は、人間とは無関係な世界の構造――いわばこの世界のOSのようなものを記述しているのではないか」
これは、これまでの応酬の中でも、ひときわ重い一撃だった。哲学者Aは、すぐには答えなかった。彼は視線を落とし、指先でテーブルの木目をなぞりながら、慎重に言葉を組み立てていった。
「数学の定理を認識し、そしてそれを使っているのもまた」と、彼はゆっくりと言った。「『私の確信』に基づいた人間なのだよ。定理そのものが人間の外にあるかどうかは、ここでは措くとしよう。だが、それを『定理である』と認識し、記号として書き記し、証明として組み立てている主体は、常に、人間の側にいる。君が今語ったその像そのものが、すでに人間の思考というフィルターを通して結晶化したものではないのか」
哲学者Bは、しばらく目を閉じた。反論の糸口を探しているのか、あるいは相手の言葉を静かに味わっているのか、その表情からは判別がつかなかった。やがて彼は目を開き、今度は先ほどまでとは異なる、もう一つの角度から挑みかかった。
「じゃあ」と彼は言った。
「偶然性はどうだ」
「この世界は、無数の偶然性に支配されている。人間がどう考えようが、どう理論を組み立てようが、無数の物事が、その思惑とは無関係に、ただ偶然に起こり続けている」
その言葉は、それまでの二つの問いとはまた違う質を帯びていた。恐竜も数学も、いずれも人間の認識の枠組みそのものを問うものだった。だが偶然性という問いは、その枠組みの外で、なお何かが確かに起こっているという、もう一段深い実感に根ざしていた。
哲学者Aは、すぐには言葉を発しなかった。ろうそくの炎が小さく揺れ、二人の影がテーブルの上で微かに震えた。
しかし、と彼が口を開きかけたとき、哲学者Bもまた、ほとんど同時に言葉を継ごうとしていた。二人の声が、一瞬、重なり合った。
その重なりは、対話が終わる兆しではなかった。むしろ、まだ幾重にも続いていく問いの、次の扉が開かれた合図だった。
「しかし……」
「いや、それなら……」
「では……」
――言葉は絶えることなく行き来し、部屋の空気は、幾度目かも分からない夜を静かに巡っていった。
二人の議論は、これで終わることはなかった。
それはこの先も、幾晩も、幾年も、丸いテーブルを挟んで、続いていくはずだ。
水の泡 - 鴨長明が見た無常の世界
山あいを縫うようにして、一筋の川が流れています。水は絶えることなく岸を洗い、木々の影を映しながら、どこまでも下っていくのでした。
その岸辺に、質素な麻の衣をまとった一人の僧が佇んでいます。名を鴨長明と申しました。都を離れ、方丈の庵に身を置いて久しいこの人は、ただ黙って川面を見つめておりました。流れゆく水を眺めるとき、人はふと、己の来し方や、この世の定めというものに思いを馳せずにはいられないのかもしれません。
見れば、水面のあちこちに小さな泡が浮かんでは消え、消えてはまた生まれておりました。ひとつの泡が生まれたかと思えば、瞬く間に弾けて跡形もなくなり、そのすぐそばにまた新しい泡が浮かび上がる。その繰り返しは、まるで人の世の営みそのもののようでもありました。
長明の目が、ふとひとつの泡に吸い寄せられます。近づいてよくよく見つめてみますと、その小さな球の中には、驚いたことに、都に暮らす貴族たちの姿が映し出されているのでした。錦の衣をまとい、山海の珍味を並べ、笛や琴の音に興じながら、夜ごと宴に明け暮れる者たち。その暮らしぶりは贅を尽くし、この世の栄華が未来永劫続くとでも信じているかのようでした。
ところが、次の瞬間のことです。泡の中の景色が激しく揺れ動いたかと思うと、大地が鳴動し、壮麗な邸宅が音を立てて崩れ落ちていくのが見えました。柱は折れ、屋根は傾ぎ、先ほどまで笑い興じていた貴族たちは、なす術もなく逃げ惑っております。積み上げてきた富も名誉も、地の揺らぎひとつの前には、何の力も持たないのでした。
そうして――ぱちん、と。
その泡は静かに弾けて、消えてしまいました。
長明は、その場から目を離しませんでした。すぐ隣に浮かぶ、また別の泡へと視線を移します。今度の泡の中には、粗末な庵に一人座り、琵琶を膝に抱えた長明自身の姿が映っておりました。都の栄華とは対照的な、簡素極まりない住まいの中で、彼は静かに弦へと指をかけております。
やがて、その指が弦を弾きました。泡の内より、かすかな、しかし澄んだ音色がこぼれ出てまいります。それは驕れる者の宴の音とは違い、ただひとり、この世の無常と向き合う者の奏でる調べでした。
しかし、音が響いたその刹那、泡はふいに弾け、中の長明の姿もろとも、すっと消え去ってしまったのでした。
川はそれでも、何ひとつ変わることなく流れ続けております。長明はまた、少し離れたところに浮かぶ、別の泡へと目を向けました。
その泡の中に見えたのは、これまでとはまるで異なる光景でした。天を突くような高い建物が幾重にも連なり、光の筋が縦横に走る、見たこともない都市の姿。そしてその上空には、見上げるほどに巨大な、幾多の船影が連なっておりました。それは異界より来たりし者たちの艦隊のようであり、地上へと迫りつつあるのでした。
けれども、それもまた長くは続きません。
ぱちん、と軽い音を立てて、その泡もあえなく弾け、幻のような都市もろとも、跡形もなく消えてしまいました。
あとには、ただ川の流れが残るばかりです。生まれては消え、消えてはまた生まれる無数の泡を浮かべながら、川は何事もなかったかのように、今日もこんこんと流れ続けているのでした。
ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず――長明はそうつぶやくと、再び静かに、流れの先を見つめるのでした。
清水の舞台から飛び降りるつもりで
清水寺への参道は、いつものように人で溢れていた。着物を借りた観光客、土産物屋の呼び込み、修学旅行生の笑い声。坂道の向こうに、あの朱塗りの仁王門が見えてくると、誰もが少し足を速める。まるで何かに呼ばれているかのように。
その人混みの中に、ひときわ目を引く男女がいた。背中に大きなリュックを背負った旅人らしい外国人の二人連れである。女は淡い色の髪を結い上げ、隣を歩く男を見上げて何かを話している。男の視線は、二人の頭上にそびえる本堂の甍へと吸い寄せられていた。彼らの表情には、初めてここを訪れた者特有の高揚と、それだけでは説明のつかない、もっと深いところにある感情の揺らぎがあった。
本堂の前で、一人の僧が参拝者を迎えていた。剃り上げた頭に、穏やかな笑みを浮かべ、両手を合わせて一礼する。
「こんにちは。ようこそお参りくださいました」
その声には、何百回、何千回と繰り返してきたであろう挨拶にもかかわらず、少しも形骸化していない温かさがあった。
女がまず口を開いた。
「このお寺は、素晴らしいです」
男も頷きながら、静かに、しかしどこか切実な調子で続けた。
「日本を離れたくないです」
僧はその言葉を、驚くでもなく、ただじっと受け止めていた。長年この場所に立ち、幾人もの旅人の同じような呟きを聞いてきた者の顔だった。
そこへ、賑やかな声が割り込んできた。参道の方から駆けてきたらしい、もう一人の若い男である。サングラスを頭に載せ、人懐こい笑みを浮かべている。
「こんにちは! お話に入ってもいいですか?」
女は少し驚いた様子を見せたが、すぐに彼を仲間として受け入れるように微笑んだ。新しく加わった男は、興奮を隠しきれない様子で胸に手を当てた。
「僕も日本が大好きです。もう三十回来てます。自分の国に帰るといつも落ち込んでしまいます」
その言葉に触発されたように、最初の女が、目に涙を滲ませながら言った。
「私も自分の国に帰ると、日本が恋しくて涙が出てくるんです」
三人の旅人が、それぞれの言葉で同じ痛みを語っている。僧はしばらく黙って、彼らの顔を順に見つめていた。そして静かに問いかけた。
「あなた方は、何をしたいんですか?」
三人は顔を見合わせ、まるで示し合わせたかのように声を揃えた。
「できれば、このお寺で毎日でもいいので修行したいです」
僧の返事は、彼らの予想を裏切るものだった。人差し指を一本立て、はっきりと、しかし険しさのない声で言う。
「その必要はありません」
三人は同時に「?」を浮かべた顔で立ち尽くした。何を言われたのか、すぐには飲み込めない様子だった。
僧は続けた。その口調には、長い修行を経た者だけが持つ、静かな確信があった。
「日本に来ていただける事はありがたいことだが、あなた方は日本に執着していらっしゃる。執着は、喜びの源泉にもなるが、苦しみの源泉にもなる」
その言葉は、三人それぞれの胸の奥にある何かに、静かに触れたようだった。彼らが涙を流し、離れがたいと感じてきたその感情の名前を、初めて誰かに与えられたかのように。
僧はさらに人差し指を立て、諭すように言葉を重ねた。
「自分の国に帰って、日本という執着と向き合って、それを手放すこと。それこそが修行なのじゃ」
その瞬間、最初にリュックを背負っていた男の顔に、はっとしたような表情が浮かんだ。彼は隣の女と、新しく加わった若者と、無言のまま両手を胸の前で合わせた。祈りとも、了解の仕草ともつかない、ごく自然な動きだった。
僧はその様子を見て、ふっと表情を緩めた。悪戯っぽい光さえ目に宿していた。
「清水の舞台から飛び降りるつもりでやれば、何でもできるはずじゃ」
その言葉に、緊張が解けたのか、三人の口元にも小さな笑みが戻った。手放すということは、諦めることではない。ただ、しがみつく手を、ほんの少し緩めることなのかもしれない――そんな理解が、言葉にならないまま、その場の空気に溶けていくようだった。
夕暮れが近づく頃、京都の街にやさしい風が吹いていた。五重塔の影が長く伸び、清水寺の舞台は、傾いた陽光を受けて金色に染まっている。
参道を下っていく三人の後ろ姿は、来た時と変わらないように見えて、どこか違っていた。彼らがこれから帰る国で、日本という執着とどう向き合っていくのか、それはまだ誰にもわからない。ただ、それぞれの心に、新しい一歩が生まれたことだけは確かだった。
執着を手放すこと。それは、愛したものを忘れることではなく、愛したものに縛られずに、なお愛し続けられるようになることなのかもしれない――僧はそう思いながら、本堂の前で、次にやってくる旅人を静かに待っていた。
「また明日」という祈り
オーストラリアの陽光が、校庭のユーカリの木々の間から長く伸びる影を落としていました。放課後の静けさが訪れる中、生徒たちが駆け抜けていく足音が響きます。
「先生、また明日!」
そんな声が聞こえるたび、私は小さく会釈をして返します。しかし、その言葉を口にした子どもたちの背中を見送る私の胸には、いつも言葉にできない微かな疼きが残るのです。「また明日」という約束。それはあまりにもありふれた、日常の風景。しかし、哲学的とも言えるその言葉の重みに、私は時折立ち尽くしてしまいます。
本当に、明日は来るのでしょうか。
私の脳裏には、ふと不穏な影がよぎります。昨夜読んだ現象学のテキストにある、「意識の指向性」という概念が重なります。明日を思うことは、未来という不確定な実在を、今この瞬間に引き寄せる行為なのかもしれません。 もし明日、私に突然の病が襲いかかったら? あるいは、遠く離れた日本の家族から急を要する連絡が入り、この地を去らねばならなくなったら? 誰にも予期できない天災が、この平穏な日常を一瞬で塗り替えてしまうかもしれない。約束というのは、実は非常に脆い祈りにすぎないのではないか。
——それでも。
私は、校門の隅で揺れる影を見つめます。たとえ運命という強大な力が、私たちのささやかな絆を引き裂こうとしても、人は約束を交わさずにはいられません。それは抗いようのない運命への宣戦布告であり、相手に対する愛の表明であり、そして、何よりも強い「生」への祈りなのです。
「……また明日」
私は誰に聞こえるでもなく、唇の中でその言葉をなぞりました。
そして迎えた、翌朝。 朝露に濡れた校庭に、子どもたちの活気ある声が戻ってきました。
「先生、おはよう!」
彼らは駆け寄ってきます。その屈託のない笑顔、汗ばんだ額、飛び交う喧噪。昨夜抱いた不安は、彼らの存在によって一瞬にして吹き飛ばされていきました。 私の目元が熱くなります。感情の溢れるままに、私は少しだけ声をつまらせてしまいました。
「先生、どうしたの? 大丈夫?」
不思議そうに顔を覗き込む生徒たちの瞳には、未来という言葉はまだ存在していません。ただ、「今」を全力で生きている彼らの輝き。私はその光に触れ、涙を拭いました。
約束は、祈り。 だからこそ、私は何度でも伝えたいのです。 「おはよう」 ——また今日、この瞬間を、君たちと共にいられることの奇跡を抱きしめながら。
私はまた、今日という一日を懸命に生きることに決めました。この約束の円環が、明日もまた繋がっていくことを信じて。
眼鏡をふいて初めて見えること
(以下の内容はフィクションです)
和室に差し込む午後の光が、畳の目に沿って静かに伸びていました。若い男は正座をし、向かいに座る老僧と視線を交わしています。障子越しの風の音だけが、しばらくのあいだ二人の間を満たしていました。
「仏教では、執着を手放すことが重要ですよね」と、青年は口を開きました。どこか確認するような、それでいて自分に言い聞かせるような口調だったかもしれません。
僧はゆっくりと頷き、「そうじゃ」とだけ答えました。短い言葉でしたが、そこには長年の修行に裏打ちされた重みがあったのではないでしょうか。
青年はしばらく黙り込んだのち、少し前のめりになって尋ねます。「じゃあ、戦争にも執着しないで、そのままにしておけということですか?」
その問いには、単なる知的好奇心以上のもの――どこか苛立ちにも似た切実さ――が滲んでいたようにも感じられます。僧は目を細め、静かに、しかしはっきりとした声でこう答えました。
「仏の教えは、現実に溶け込んで流されよ、ということではない。自我の執着を手放し、仏の心に溶け込むということじゃ」
青年は真剣な面持ちでその言葉を受け止め、次の言葉を待つように僧を見つめ続けました。僧はさらに言葉を継ぎます。
「例えて言えば、曇ったメガネに執着するのではなく、その曇りをためらいなく拭き取ることじゃ」
青年は身じろぎもせず、ただじっと耳を傾けていました。その沈黙は、理解しようとする努力の証だったのかもしれません。僧は静かに続けました。
「そうすれば慈悲の心が現れ、曇りのない目で現実を見られるのじゃ」
しばらくの沈黙のあと、青年は思い切ったように問いを重ねました。「仏教は、戦争の問題にどのように向き合うのですか?」
僧はふっと表情を和らげ、遠くを見るような目をして語り始めます。
「歴史を振り返れば、権力や争いに抗った僧は、いくらでもおる」
その答えは、青年が予想していたものとは違ったのでしょう。彼は驚いたように、わずかに目を見開きました。抽象的な教えの向こうに、具体的な抵抗の歴史が確かに存在していたことに、思いがけず胸を突かれたのかもしれません。
僧はふところから手拭いを取り出し、それを青年に差し出しながら、いたずらっぽい笑みを浮かべてこう言いました。
「まずは、そなたのメガネをきれいにすることじゃ」
青年は一瞬戸惑ったものの、やがて照れくさそうに手拭いを受け取り、自分のメガネを丁寧に拭き始めました。曇りが取れていくその小さな動作の中に、何か大きな教えの入口があったのかもしれません。
やがて視点はゆっくりと引いていき、部屋の奥で向かい合う二人の姿が、光の中に小さく、しかし確かに浮かび上がっていきました。問いも答えも、そこにはもう多くを語らず、ただ静かな時間だけが流れ続けていたのです。
戦になりきるということ
(以下の内容はフィクションです)
山あいの古刹に、修学旅行の一団が到着したのは、蝉の声もまだ遠い、朝の澄んだ時間だった。石畳を踏む上履きの音が本堂に反響し、生徒たちは案内されるまま、本堂の板の間に列をなして座った。正面には、日に焼けた頭を持つ一人の僧が、静かに座している。名を僧Aという。
「みなさん、ようこそ」
僧Aは低く、しかし通る声で言った。生徒たちの私語が止む。
「今日は、少しだけ、私の話を聞いていってください」
彼はゆっくりと立ち上がり、開け放たれた障子の向こうを指した。夏の光が庭の緑を照らし、遠くの山並みが陽炎に揺れている。
「暑いときには、暑さになりきる」
短い一言だった。生徒たちは顔を見合わせた。意味が掴めないまま、僧Aは続けて、今度は別の障子を開けた。そこには雪に覆われた冬の庭が――いや、正確には彼の記憶の中の庭が、まるで実景のように語られた。
「寒いときには、寒さになりきる」
暑さから逃げようとせず、暑さそのものになる。寒さから身を守ろうとせず、寒さそのものになる。それがどういうことか、まだ誰にも分からない。だが、なぜかその場の空気が、少しだけ静まったように感じられた。
しばらくの沈黙のあと、前列に座っていた女子生徒――B子が、おずおずと手を挙げた。
「あの……傷ついたら、どうすればいいんですか」
その問いには、単なる好奇心以上の、何か切実な響きがあった。僧Aはその声の奥にあるものを聞き取ったように、まっすぐにB子を見た。
「傷になりきる」
「えっ?」
B子は思わず声を漏らした。傷から逃げるのではなく、傷を消そうとするのでもなく、傷そのものになりきる。それは彼女がこれまで教えられてきた、あらゆる「乗り越え方」とは正反対の言葉だった。
「傷に抵抗すると、余計に傷を深くします」
僧Aは静かに言葉を継いだ。痛みを痛みのまま、まるごと受け止めること。押しのけようとする力そのものが、かえって傷口を広げてしまうこと。B子の表情に、驚きと、そしてかすかな気づきの色が差した。それは今まで彼女が、自分の傷にどれほど「抵抗」してきたかを、初めて自覚した瞬間だったのかもしれない。
その静けさを破るように、後方に座っていた男子生徒――C太郎が、少し挑むような調子で口を開いた。
「じゃあ、戦争だったら?」
場の空気が一瞬、張り詰めた。修学旅行という和やかな時間には、あまりに重すぎる問いだった。しかし僧Aは表情ひとつ変えず、同じ調子で答えた。
「戦争になりきる」
「えっ!」C太郎は思わず身を乗り出した。「戦争に同調しろってことですか?」
周囲がざわついた。生徒たちの間に、戸惑いと、かすかな反発の色が広がる。誰かが小さく友人と目配せをした。C太郎自身も、自分の声が思ったより大きく響いたことに驚いているようだった。
僧Aは片手を静かに掲げ、そのざわめきを鎮めた。
「いいえ、そうではありません」
声に、初めてわずかな厳しさが混じった。
「同調し、思考停止することは、自我にしがみついているからです」
その一言に、C太郎の表情から挑発の色が消えていった。同調するということは、実は思考を放棄すること。そしてその放棄こそが、皮肉にも「自分」という殻に閉じこもる行為であること。C太郎は、自分が発した問いの浅さに、初めて気づいたような顔をしていた。
僧Aは目を閉じ、ひとつ息をついてから、また語り始めた。その声には、遠い記憶をたどるような響きがあった。
「戦争になりきるとは、戦争の痛みそのものになりきるということであり――」
彼の脳裏には、暗がりの中で泣き崩れる人々の顔が浮かんでいた。焼け跡に立ち尽くす者、家族を探して彷徨う者、声もなく涙だけを流す者。それは彼自身が、どこかで見た、あるいは語り継がれた記憶の断片なのかもしれなかった。
「戦争になりきるとは、戦争の本質を知ることです」
その言葉とともに、脳裏の情景は変わった。円卓を囲み、言葉を交わし合う人々の姿。対立ではなく、対話。切り捨てるのではなく、理解しようとする営み。戦争の痛みをまるごと引き受けたとき、初めて見えてくるものがある――それは憎しみの連鎖ではなく、痛みそのものの構造だった。
「そこから自然とわいてくるのは、慈悲の心と行動です」
僧Aは静かに、しかしはっきりとそう結んだ。抵抗するのでも、同調するのでもなく、ただそのものになりきる。その先にあるのは、他者を裁く心ではなく、他者の痛みに触れる心だった。
本堂は、しんと静まり返っていた。誰も口を開かない。生徒たちは、ただじっとその言葉を噛みしめるように、僧Aを見つめていた。
やがて、D夫がぽつりと呟いた。
「僕たちの勉強は……表面的だったんだな」
誰に言うともなく漏れたその言葉に、いくつもの頷きが重なった。教科書の中の出来事として、遠く眺めていたこと。知識として覚えることと、痛みとして引き受けることの、途方もない距離。
E子が続けて言った。
「もっと、なりきるレベルまで、学びたいです」
その声は小さかったが、確かな芯を持っていた。生徒たちは互いに顔を見合わせ、そして誰からともなく、深く頷き合った。真剣な、しかしどこか晴れやかな表情だった。
僧Aは何も言わず、ただ穏やかにその様子を見守っていた。教えるということは、答えを渡すことではなく、問いを渡すことなのかもしれない。彼らがこれから、それぞれの場所で、それぞれの「なりきり方」を見つけていくことを、僧Aはただ静かに願っていた。
やがて視点は本堂を離れ、するすると空へと引いていく。境内の甍が朝日を受けて輝き、木々の緑がその周りを取り囲んでいる。石畳の上には、小さく列をなす生徒たちの姿と、その前に立つ一人の僧の姿があった。
それは、ただの一場面だった。けれど、その場に居合わせた誰の中にも、その日、何かが確かに、なりきられたのだった。
【スキップ人生】Skipping Through Life
(この物語はフィクションです)
一郎は、夜な夜な公園のベンチに腰を下ろすことが、いつの間にか日課になっていた。夜の公園は静かで、まるで大宇宙の中にたった一人でぽつんと浮かんでいるような感覚を彼に与えた。そしてその孤独な空間こそが、自分を癒してくれているのだと一郎は感じていた。
彼は、人間関係にほとほと疲れ果てていた。会社では上司に叱られてばかりで、プライベートでは彼女に振られてばかりだった。もう随分と辛い状態が続いており、正直、何かをしたいという気力すら湧いてこない。そんな一郎を無条件で受け入れてくれるのが、この公園であり、この夜という時間であり、そしてこのベンチだった。ここでは、もう何も身構える必要がなかった。
すると突然、目の前がぱっと明るくなった。そこには、童話にでも出てきそうな妖精が浮かんでいた。あまりに出来すぎた光景だった。これは自分が落ち込んでいるせいで現れた幻覚なのかもしれない、と一郎は思った。しかし、それが現実であろうと幻覚であろうと、もはやどちらでも構わなかった。ただ、静かに一人で過ごしたい。それだけだった。
その幻覚かもしれない妖精は、ふいに話しかけてきた。
「辛そうですね」
こんな冷ややかな存在に同情されたところで、一郎の心は少しも動かなかった。しかしそんな一郎の胸の内を見透かしたのか、妖精は一本のロープを差し出してこう言った。
「これを使ってください」
一郎は一瞬ぎくりとした。まさか、このロープで首でも括れというのか。なんて非常識な妖精だろう――そう思った矢先、それすら見透かされているかのように、妖精は続けた。
「このロープを引けば、時間を早く進めることができます。飛ばしてしまいたい時間を、スキップできるのです」
その言葉を聞いて、一郎の中で何かがひらめいた。そうか。社内恋愛の末に振られた彼女と、毎日顔を合わせなければならないこの職場。こんな辛い時間は、一刻も早く過ぎ去ってほしいと、心の底から願っていたところだった。このロープを引けば、彼女との気まずい時間を飛ばすことができる。願ったり叶ったりではないか。神など信じたこともなければ、まして妖精の存在など考えたこともなかった一郎だったが、この辛さは、神の親戚のような存在からもたらされたとしても、それに見合うだけのものだと自分に言い聞かせた。
すると妖精は、一郎の心を読んだかのように、静かに付け加えた。
「ただし、一度スキップした時間は、二度と戻ってきませんよ」
言われるまでもなく、それくらいのことは分かっていた。だがあえてそれを口にしたということは、何かしらの警告なのだろうと、一郎はぼんやりと想像した。次の瞬間、妖精の姿は消えていた。一郎は、妖精がいたはずの空間をしばらくぼんやりと見つめていた。
しかし数秒後、我に返った。今、自分が味わっているのは、まさにこの辛い時間そのものだ。今こそ、このロープを使うべきではないか。そう思うと、一郎は躊躇なくロープを引いた。周囲の景色が、夜から朝へ、朝から昼へと移り変わっていった。
会社に行くと、彼女は休みだった。ほっとしたのも束の間、今度は上司に呼び出された。課長室に入ると、先日のミスを蒸し返されて延々と説教され、マウントを取られ、さんざんにこき下ろされた。もう耐えられない――そう思った一郎は、またロープを引いた。景色が変わった。
気がつくと、一郎は森の中を歩いていた。どうやら気分転換に旅行にでも来ていたらしい。すると目の前に、信じがたい光景が現れた。いや、正確に言えば、十年前なら信じがたかったであろう光景だ。今のこの国では、街中に熊が出没しても、もはや完全な非現実とは言えなくなっている。そう、一郎の目の前に、熊が現れたのだった。彼は反射的にロープを引いていた。
その後も、一郎の身にはさまざまな嫌なことが降りかかった。そのたびに彼はロープを引いた。新しい女性との出会いと、その別れもあった。可愛がっていたペットが死んでしまったこともあった。こうして自分の人生を振り返ってみると、辛い出来事とはこれほどまでに多いものかと思い知らされながら、一郎は繰り返しロープを引き続けた。目の前の景色は、そのたびに目まぐるしく移り変わっていった。
最近になって気づいたことがある。日々頻繁にロープを引いていると、体がだんだんと重たくなってきたのだ。いや、正確に言えば、以前のように機敏に動くことが難しくなってきた。道を歩くときも自然と腰に手を当てるようになり、駅の階段を少し駆け上がろうものなら、すぐに息が切れた。もともと丈夫な質で、大きな病気もせずに過ごしてきたはずの一郎だったが、嫌なことがあるたびに、もはや何のためらいもなくロープを引くことが習慣になっていた。とにかく、引き続けた。
そしてある夜、また習慣となったベンチに腰かけていると、あの妖精が再び姿を現した。どれほどの時間が経ったのかは分からなかったが、一郎の中には「ずいぶん久しぶりだ」という感覚が湧き起こった。
「久しぶりだね。でも、君のおかげで、あれから随分と嫌なことを飛ばすことができたよ。これだけスキップしたんだ、この先は楽しいことばかりが待っているに違いない。本当に、心から感謝しているよ」
すると妖精は、どこか恐縮したような表情を浮かべながら、少し申し訳なさそうにこう言った。
「はい、確かにそうです。ですが――言いにくいのですが、あなたは私の忠告を聞かずに、ロープを引き続けました。その結果、あなたの寿命は、あと一ヶ月になりました」
一郎は、自分の耳を疑った。え、なんだって。それはあまりにひどい話ではないか。これまで数えきれないほどの嫌なことを飛ばして、ようやく自分の望むように生きられると思った矢先に、残された時間はたった一ヶ月だというのか。一郎は恥も外聞もなく感情をあらわにし、「そんなの嫌だ、そんなの辛すぎる、耐えられない!」と妖精に向かって叫んでいた。
妖精は、その叫びに応えるようにひとこと呟いた。
「そうですか。それは、お気の毒ですね」
そして、静かにこう続けた。
「では――そのロープを、私が引いて差し上げましょうか」
(おわり)
【参考文献】「魔法のひも - The Magic Thread」
【なりきる】Becoming One
私は今、ひろさちやさんの解説によって道元の『正法眼蔵』を学んでいます。なぜ今、私がこの書物に向き合っているのかと問われれば、それはもっと自分の心のあり方を変えてみたい、しかしどう変えたらいいのか分からない、という思いがあったからではないかと思います。自己啓発的なアプローチであれば、いくらでも知っているつもりです。けれどもそうではなく、千年、二千年と続いてきた仏教の中にこそ、その本質を求めたいという気持ちが、自然と湧き上がってきたのでした。
そんな折、偶然にもNHKの「100分de名著」で取り上げられていたひろさちやさんによる道元『正法眼蔵』の解説本に触れる機会に恵まれ、そこで一つのキーワードと出会いました。それは「なりきる」という言葉です。
「なりきる」という言葉だけを見ると、何かのふりをする、演技をする、芝居をするといった、表面的な人間の行為を指しているように思われるかもしれません。しかし、この言葉にこそ悟りへのヒントが隠されているように、私には感じられるのです。つまり「なりきる」とは、単にかっこいい誰かのふりをするとか、美しい誰かのように振る舞うといった話ではなく、悟った人、すなわち仏陀になりきるという意味であると同時に、自分の自我を脱ぎ去ることでもあるようです。道元はこれを「身心脱落」という言葉で表し、自分を仏の心に投げ込み、そこに溶け込んでいくというような形で説明しています。
人間が自我にこだわっている様子を、ひろさちやさんは角砂糖にたとえていて、これが実に巧みだと感じます。角砂糖として存在する人間同士がぶつかり合うと、当然どちらかが欠けてしまいます。欠けた部分を接着剤で必死にくっつけようとしたり、あれこれと面倒なことになったりするわけです。しかしひろさちやさんに言わせれば、そうするのではなく、目の前の温かいお湯の中に自らを投げ込み、溶け込んでいくことこそが大切なのだといいます。これは自分を消し去れとか、なくしてしまえということではありません。お湯に溶けたとしても、砂糖のエッセンスはその中に残り続けますし、砂糖の量そのものが失われるわけでもないからです。つまり悟りの世界とは、お湯に溶け込んだ砂糖のようなものだというわけです。そこには上下の区別もなく、したがって争うことも、競い合うことも、比べることも必要なくなっていくのではないでしょうか。
具体的に言えば、暑いときには暑さそのものになりきる、寒いときには寒さそのものになりきる、病気のときには病気そのものになりきる、という姿勢のようです。非科学的で、なかなかつかみにくい言葉かもしれませんし、私自身、まだ理解しきれているわけではありません。それでも、この考え方には確かな力があるように感じています。
実は、この「なりきる」を頭に置きながら、ちょっとしたエクササイズに取り組んでみたことがあります。普段であれば、激しい動きにすぐギブアップしてしまう私なのですが、動画のトレーニングを見ながら体を動かしていると、当然、体が痛くなってきます。そこで道元とひろさちやさんの「なりきる」を思い出し、試しに「痛みになりきる」ということをやってみました。すると、痛みが私であり、その痛みが私を何とか動かそうとしているようにも感じられ、なんとそのエクササイズを最後までやり遂げることができたのです。
このことは、学校教育における実践にも大きな光を投げかけてくれているように思いました。教室で子どもたちと接していると、彼らは予測もつかないようなことをしてくれます。そうしたとき、叱りつけたり、なんとか正そうとしたりするのではなく、子どもになりきる、子どものわんぱくさになりきってみる、という姿勢が、私にはとても新鮮な視点として映ったのです。私も昔は子どもでしたし、今なお子どもっぽいところが多分にあります。目の前で子どもたちが示していることは、いわば私自身の行為でもあるわけです。完全に子どもになりきることは、あるいはできないかもしれません。それでも「なりきる」をキーワードにすることで、少し人生が楽になるのかもしれない、そんなふうに感じているこの頃です。
【平和とは何か?】What is Peace?
毎年八月のこの時期になると、私は子供たちと一緒に広島などを題材にして平和について考える授業を行っています。今年で何回目になるか覚えていませんが、もう二十年以上オーストラリアで日本語教師となってこの実践を毎年続けています。今回は哲学、特に現象学で言われるところの本質観取をやってみようと思って、平和とは何かについて子供たちと話し合ってみました。
そこで私は気が付いたのですが、平和という言葉がカバーする領域が日本とオーストラリアではかなり違うのではないかということが見えてきました。すなわち、日本でいうところの平和というのは、社会の平和とか、国の平和とか、世界の平和とか、わりと個人を超えた集団社会として広がりを持った文脈で平和というのが語られるということです。しかしながら一方でオーストラリアで子供たちと平和対話を、平和についての対話をしてみて気が付いたのは、かなり個人的な心の状態の文脈で平和を語る子供がわりと大勢いるということです。
例えば日本人の感覚として平和とは何かということを聞かれて、やっぱり国の平和とか地球の平和とかそういうふうに大きな範囲というか規模で考えることが多いと思いますが、こちらの子供たちは自分の好きなことができるようになることが自分にとって平和であるとか、あるいはもう一日好きなだけ眠ることが平和なんだといったように、平和という言葉、英語で言ったらピースですけども、自分のインナーピースということで使うことが多いようです。しかしながらピースを先ほどの日本人の文脈で考えると、日本の場合はこのインナーピースは心の平和というより心の平安と訳す子がしっくりくるわけです。
皆さんはどうでしょうか。もちろん人によって違う側面もありますが、私はこのようにオーストラリアといえば個人的な平安を平和として捉える子供が比較的多いのではないか。一方で日本では平和というのは、社会や国や世界全体などがあると、大きな文脈で語られることが多く、心の中の平和に近い概念として使われるのは心の平穏ではないかと思ったわけです。
しかしながら、そうした自分個人の中にある心の平安であり、ピースであり、それは自分と他者、自分と社会、自分と国、自分と世界のあり方と切り離せないのではないかというふうに感じています。これは日本人であれ、オーストラリア人であれ、本当に心の底から平和や平安を感じるためには、やはり個人の殻を脱ぎ捨てる必要があるのではないかと感じたりするわけです。
そこで思い出されるのが、宮沢賢治の言葉です。世界全体の幸せがなければ個人の幸せはあり得ないという内容の言葉を宮沢賢治は残したと思います。平和と幸福はイコールの言葉概念ではないかもしれませんが、平和と幸福はかなり親和性があるというか、切り離して考えることが難しい概念だと思っています。
日本の子供たちには、もっと自分自身の心の安らぎとしての平安を感じてほしいし、一方でオーストラリアの子供たちには、より広い文脈で個人の殻を破って世界の文脈で平和についてもっともっと考えていってほしいと思いました。



















