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                       こんにちは。モナカ寅次郎です。


私のミッションは「つなげる」こと。厳密にいえば、すべてはすでにつながっているので、その「つながり」に目覚めるお手伝いをすること、あるいは、「つながり」を深めていくお手伝いをすることです。


そのために、私はさらに日々精進し学んでまいります。そして、そのささやかな学習体験をみなさんにシェアしていきたいと思います。そして、特にDrディマティーニの教えを少しでも世界に日本に広げることで、さらに「目覚め」を精力的に進めて行きたいと思っています。$宇宙わくわく共創局・オーストラリア支部(目覚め課)
 
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2019-02-18 21:09:25

死の恐怖は生を拡張させる原動力だった!

テーマ:┃- 人生・日常生活の中のメッセージ



最近、ちょっとしたブレークスルーがありました。

 

私は子供の頃から様々な形で死への恐怖を人一倍もっていました。

 

実際に死んでもおかしくないような体験も何度もしてきました。

 

そのたびごとに、「死にたくない」という恐怖は大きく深いものになっていきました。

 

私はこうした恐怖のみを持ち続けていたと思っていたのだが、ふと、こうした死への恐怖は私のかなり深い部分での生きる原動力になっていたと発見することになったのです。

 

どういうことかというと、私たちは意識するとしないとにかかわらず、すべての人間はバランスの中で生きています。

 

悲しさなしの喜びの体験もないし、

 

喜びなしの悲しさの体験もないし、

 

幸せなしの不幸せの体験もないし、

 

不幸せなしの幸せの体験もありません。

 

私の場合、

 

死の恐怖なしの生の拡張の体験はないし、

 

生の拡張体験なしの死の恐怖もないということに気がついたのです。

 

すなわち、死の恐怖は私の生の拡張とコインの裏表にあったということに気がついたのです。

 

いいかえれば、死の恐怖が私の生の拡張を後押ししてくれていたことに気がついたのです。

 

死の恐怖の反対にある思いは、「永遠に生きたい」という想いですが、実は私はこれまで様々な「永遠に生きる」ための行動をとってきたのだということに気がついたのです。

 

それは現実的に何の根拠もない空想でもなんでもなく、極めて現実的な行動であることに気がついたのです。

 

たとえば、

 

私はこれまで無数のブログ記事を書いてきましたが、これは永遠に消えることはありません。

 

Youtubeに多くのアニメをアップロードしてきましたが、これも永遠に消えることはありません。

 

そして、

 

私は教師です。教師の仕事の軸は、未来をいまここで創造することです。私は毎日、目の前の子どもたちの瞳の中に未来を感じることができます。そして、そうした子どもたちとともに未来を創造しているのです。私は日本語教師なので、日本とオーストラリアの未来の創造に微力ながら力を注いでいるのです。

 

バタフライ効果ではありませんが、私がこれまでの教師生活の中で、行ってきた無数の小さな行為が、その後の未来においてどのようなインパクトをもってくるか誰もわかりません。

 

私の教え子の中には、実際に日本に行って働いたり、日本人と結婚したり、教師になったり、様々な形で、私の存在のある部分を引き継いでくれています。

 

こうした日々行っている私の様々な生の拡張行為は、もとをたどれば、どれも「死の恐怖」から導きだされていたのでした。

 

死の恐怖という闇の中に、大きな光を見たようでした。

 

オーストラリアより愛と感謝をこめて。

野中恒宏

 

 

 

 

 

2019-02-17 22:08:28

”人を笑わせること、人に教えること” - 落語と教育の意外な共通点とは?

テーマ:┃- 人生・日常生活の中のメッセージ

私の教室では、よく笑いが起きる。

 

笑いが起きることで、子どもたちが退屈しなかったり、より授業に集中したり、心をオープンにしたり、自分から積極的に参加したりする姿勢を養ったりすることができるように思う。

 

そもそも、私は教えることと、笑いことにはいろいろと共通点があると思っている。

まさかその共通点を、本物の落語家さんから教えてもらうようになるとは。。。。


 

落語という営みも、教育という営みも、自分と目の前にいる人間(お客さんや生徒)とのやりとりがなくては、本来成立しないものなのだ。

 

お客さんや生徒を置いてきぼりにして、一人よがりの落語、一人よがりの教育をしても、目の前にいる人たちは退屈して楽しむことができないし、何も学ぶことができないのである。

 

目の前の人間のリアルな観察や生きたコミュニケーションの中で、はじめて、いまここで大切にしたいことが浮かび上がってきて、そこを軸に新しい空間をつくりあげていくのである。

 

もちろん、落語家も教師も、様々な持ちネタはあり、たたき台としてそれを使用するが、それをどう料理するかは、目の前の人間の観察や、彼ら彼女らとのやり取りにかかっているのである。

 

その結果、こちらからの内容に「受けてくれる」かどうかが決まってくるのだ。

 

さらに、最近私は教師も落語家も、大勢の人たちの前にはいるが、あくまでも「媒介」の装置として動くのが正解だと思えるようになってきた。

 

落語家は噺(はなし)をお客さんに伝える媒介であり、

 

教師は、教える内容を生徒たちに身に着けてもらうための媒介であるということだ。

 

いくら、自分が完璧なパフォーマンスをしたと思っても、それが自分の中で完結していては、何もならないということだ。あくまでも、自分が媒介となり、目の前の人達にある結果(落語家であれば笑い、教師であれば内容の理解やスキルの向上)を出すことが大切だということだ。

 

教師はさらに、教材やテクノロジーを媒介としてパフォーマンスを行うというさらに複雑な媒介の構造をもっているので、ちょっとややこしいが(笑)。

 

このことを肝に銘じて、さらに教師道を深めていきたいと思う。

 

オーストラリアより愛と感謝をこめて。

野中恒宏

2019-02-16 13:26:56

人は感動があれば、一歩踏み出せる!

テーマ:☆【目覚めのpodcast】


皆さん、こんにちは。NONAKA Tsunehiroです。今回もpodcastをお送りします。

今回は「人は感動があれば一方前に踏み出せる」をテーマにお話しさせていただきました。

私たちは気にいって躊躇したり飛び乗ったりすることがありますがこの中に感動がないからだということに気がついたのです。もし自分がこれからすることに対して、感動を持っていれば、私たちは1歩が踏み出せるはずなのです。しかし、心が乾ききっていると、自分のビジョンは狭まり、やる気も失せてくるわけです。

今回は、実際に私が体験した感動的な話をシェアさせていただくことによって、私がなぜそれまで躊躇していたことに対して踏み出すことが出来るようになったかをお話ししたいと思います。

それではお楽しみください。

下のリンクをクリックしてくだされば、聞くことができます。

http://www.himalaya.com/en/episode/462773/54234621?Share_from=App&Influencer_uid=394248&Share_to=Others

オーストラリアより、愛と感謝を込めて。
Tsunehiro Nonaka
2019-02-15 05:49:11

子育ての悩みは新しい形の幸せを創造するチャンス

テーマ:┃- 家庭・子育て


親と言うのは子供に対する悩みが尽きないものです。1つの悩みが解決したとしても、次の悩みが出てきたり、あるいは、1つの悩みをまだ抱えているのに、次から次へと新しい悩みの種が生まれてきたりするわけです。

その悩みの原因の1つに、知らず知らずのうちに、他人の価値観に自分の価値観を無理矢理合わせようとしているということが挙げられます。

例えば、

自分の子供に友達がいないと感じたら、それは、子供と言うのは必ず友達がいなければいけないと言う世間の考え方に合わせようとしている可能性があります。

自分はママ友とうまくやっているのに、そのママ友の子供とうちの子供は友達になってくれないと言う場合は、全ての人は仲良くなければならないと言う世間の価値観に合わせようとしている可能性があります。

自分の子供はクラスの中で仲良しの子供、仲良しではない子供がいて困ると言う場合は、子供はすべての子供と仲良しにならなければならないと言う価値観に自分を合わせようとしている可能性があります。

自分の子供が先生から優しくしてもらえない場合は、先生は常に子供たちに対して優しく接しなければいけないと言う考え方に染まっている可能性があります。

自分の子供がいじめを受けている場合は、子供と言うのは一切の試練やチャレンジを受けてはいけないと言う偏った考え方を持っている可能性があります。

自分の子供なのに、親の考えてることややってほしい事は全くやってくれないと悩んでいる場合は、親と子供が全く同じ価値観を持っていなければならないと言う価値観に染まっている可能性があります。

こうした具体例は、いずれも、一人一人が独自の価値観を持って生きている人もかかわらず、それを意識的にかあるいは無意識的にか、世間一般の価値観に合わせようとするプレッシャーの中から生じているといえます。

であるとすれば、方向性は明確です。それは自分らしい自分独自の生き方をすると言うことです。

そう言うと、「そんなことをしたら、社会から孤立してしまったらどうするんだ。」という声が聞こえてきそうです。この考え方には、人間は孤独になってはいけないと言う社会一般の考え方があると思います。しかし、人間がもし孤独になれなかったら、自分で自分を深く振り返る機会を持てないと言うことであり、人類が歴史の中で生み出してきた無数の価値ある芸術作品は生まれなかったことになります。芸術作品は、常に自分との深い対話がなければ成立しないからです。

もちろん、社会に生きているのですから、その社会で生きる上での最低限のルールは守ったほうが賢明ですが、だからといって、社会にある価値観に何から何まで、全て100%従う事は幻想と言えるのではないでしょうか。

以前ベストセラーになった「嫌われる勇気」にも書いてあったと思いますが、自分が自分らしく生きようとすればするほど、人から嫌われるわけです。逆に、人から嫌われずに、すべての人から好かれようとする生き方をすると、苦しくなり、自分らしさがますます消えていってしまうわけです。

自分らしく生きる方向に一歩踏み出してみませんか。それは勇気のある一歩かもしれませんが、それは同時にあなたにとっての最優先事項であり、他の人が何といっても変えることができないものです。

社会一般的に言われる典型的な1つの幸せの形に当てはめる必要なんて全くないんです。独自の幸せの形をつくりあげていいんです。

子どもについての悩みが発生したら、それは自分の子供にとっての独自の形の新しい幸せを創造するチャンスかもしれませんよ。

何かの参考になれば幸いです。

オーストラリアより愛と感謝を込めて。
Tsunehiro Nonaka



2019-02-14 20:54:57

”羽根がないのは飛んじゃいけないからなのか?”

テーマ:┃- 人生・日常生活の中のメッセージ

なぜ人間には羽根がないのか、疑問に思ったことはありませんか。

実はそこに人間の本質を知るヒントが隠されていたのです!

オーストラリアより愛と感謝を込めて。
野中恒宏
2019-02-13 05:08:03

天才はどこにいる? 今ここにいるよ。

テーマ:┃- 人生・日常生活の中のメッセージ


「天才とは魂のガイダンスに耳を傾けそれに従う人のことを言う。そして、世界の全ての人類は潜在的に天才なのだ」(ドクターディマティーニ)


このメッセージは実に深い意味を持っていると思います。普段の日常生活の中では、私たちは自分たちの中に、天才が眠っているなどと言う事は考えもしませんが、実は私たちの中には、天才が眠っているのです。

天才と言うと、何かノーベル賞を受賞したり、世界的に有名な科学者のことを思いつくかもしれませんが、実際は、天才と言うのは何かの賞を獲得するとか、何か雲の上の人に限定されたものではなく、私たち一人一人誰でも本来は持っているものなのです。

にもかかわらず、なぜ多くの人々が自分のなかの天才性を認識することが難しいのでしょうか。それは、今回のドクターディマティーニの言葉を借りれば、自分の中にある魂の声を聞こうとしないから、あるいは声が聞こえないからと言うことが言えるかもしれません。

私たちは日常生活の中で、周囲の人間や様々な人々の考え方や価値観の中で生きているため、そういった「騒音」で頭の中がいっぱいになり、自分の中の奥深くにある声が聞こえなくなったりする傾向があるのかもしれません。

しかし、たとえ外からの声がどんなにうるさくても、実はそれ以上に自分の中で大きく強く確信を持って出てくる声が心の奥底にあるはずなのです。

ドクターディマティーニは、外のオピニオンがどんなに強くても大きくても、自分の中に眠るそれ以上に強く大きな声を発見することの大切さを述べています。

それこそが、自分の中の魂の声を聞くと言うことなのだと思います。

しかし魂の声と言うのは、自分の心のバランスが崩れているときには聞こえてきません。自分の状態が極端にポジティブであっても、極端にネガティブであっても、自分の中にある魂の声が聞こえてこないのです。

魂の声は、自分の心がニュートラルな時、すなわちネガティブとポジティブが統合した愛と感謝の状態の時に聞こえて来やすくなるものです。

もしあなたの心の中の声がものすごくポジティブだったり、ものすごくネガティブだとしたら、それは魂の声とは言えないのだと思います。

では、なぜニュートラルなときに、魂の声にアクセスしやすくなるのでしょうか。

それは、私たち人間を含めた全ての生命体をはぐくみ、生み出した大元にある深遠な存在がニュートラルだからです。このニュートラルな存在は、すべての形の中に潜んでいます。それは、昆虫の中に見られる芸術的かつ複雑な模様の中かもしれませんし、数学の複雑な公式の中に見られるかもしれませんし、スポーツ選手の人間業を超えたパフォーマンスの中に見られるかもしれませんし、大宇宙の星々を構成する原子や分子の中に見られるかもしれませんし、また、人間の体内で日々繰り返される無数の細胞の新陳代謝、などの様々な生命活動の中で見られたりするわけです。

それらは、人間がコントロールする領域をはるかに超えています。そこには良いとか悪いとか、敵とか見方とか、正しいとか間違っているとか、創造とか破壊とか、どちらかとか言うものは全くありません。その深淵なる叡智とも言うべき存在は、淡々と、自らの知性を様々な形で表現しているのです。

したがって、人間がこれまでの歴史の中で、様々な形で発現させてきた天才と言うのは、起源をたどると、個人の脳から出てきたものではなく、脳がすべての存在の根本の叡智とも言うべき領域にアクセスした結果出てきたのではないかと言う結論に至るわけです。

そして、嬉しいことに、世界中の天才性を発現させてる人が、共通していうのは、こうした叡智はどこか遠くの場所に存在しているわけではなく、あるいはどこか遠くの未来に存在してるわけでもなく、今ここに存在していると言うことです。そもそもこの叡智は時空を超越して、常に今ここに存在しているので、私たちが、過去の後悔や未来の不安にコントロールされることなく、今ここにニュートラルに存在することによって、アクセスが可能になるわけです。

日々の授業においても、授業中に過去や未来に心を散らばらせて、今ここに集中できない子はなかなか勉強の内容も伸びませんが、今ここに100%意識を集中してること言うのは、こちらでもびっくりするような理解やパフォーマンスをすることがあります。今ここには、人間の想像を超えた姿勢にアクセスできる次元が広がっているんだと思います。

天才は今ここにいるわけです。

オーストラリアより愛と感謝を込めて。
tsunehiro Nonaka

2019-02-12 05:52:44

人生を生きるか? 人生の状況を生きるか?

テーマ:┃- エックハルト・トール


今この瞬間を私たちは、未来のための手段や目的にしていないだろうか。

例えば、今この瞬間自分が好きな映画を見るための待ち時間にしていないだろうか。

今この瞬間自分が好きなものを食べるのを待つための時間にしていないだろうか。

今この瞬間を自分が将来実現したいことを達成するための手段にしていないだろうか。

今この瞬間を将来実現したいことを達成するための我慢の時間にしていないだろうか。

今この瞬間を自分が会いたい人に会うための退屈な待ち時間にしていないだろうか。

今この瞬間将来自分が体験する楽しいことをするための、努力の時間にしていないだろうか。

エックハルトトールさんによると、私たちの本当のライフと言うのは今この瞬間にあると言う。それ以外の時と言うのは、ライフ(人生)そのものではなく、ライフシチュエーション(人生の状況)と呼んでいる。ライフシチュエーションは、過去の出来事であったり、未来の出来事であったりする。

現代人の多くは、このライフシチュエーションばかり焦点を当て、肝心の今ここにあるライフを見逃している傾向があると言う。

先ほど書いた将来映画を見ること、将来自分の好物を食べること、将来目標を達成することを、将来会いたい人に会うこと、将来楽しいことをすることなどは、今ここに集中していなかったら、すべてライフシチュエーションと言うことになるようだ。

だから、映画を見る前であっても、映画館の廊下でたたずんでいる時間を楽しむのだ。自分の好物を食べる前であっても、その時のいまここを楽しむのだ。目標達成する前であっても、そのプロセスの中で今ここを楽しむのだ。楽しいことが来る前に、楽しんでもいいのだ。

しかし、日ごろから今ここを生きる習慣がついていないと、肝心のその時がやってきたとしても、そのことを十分に楽しむ事は難しいだろう。例えば映画を見ていても他のことを考えてしまったり、自分の好物を食べてる時であっても他のことを考えてしまったり、目標達成しても様々な違うことを考えてしまってその目標達成したよ楽しむことが難しいかもしれない。

私たちにとっては今ここにあるライフこそが最も重要な次元である。そして、その周囲にあるライフシチュエーションはすべて重要であるが最も重要なことではない。

今ここにあるライフを楽しもうではないか。

過去が過ぎ去ってしまったし、未来はまだ来ていないし、私たちが体験できるのはこれまでもこれからも常に今ここだけなのだから。

オーストラリアより愛と感謝を込めて。
Tsunehiro Nonaka



2019-02-11 07:10:51

”Googleで徹底している「いまここ」仕事術!”

テーマ:┃- 人生・日常生活の中のメッセージ

今ここを生きると言うと、何かスピリチュアルの世界とか、精神世界の領域だけの言葉のように思われ、何か現実世界から切り離されているような感覚を持っていらっしゃる方がいらっしゃるのではないでしょうか。

しかし、今ここを生きるとは、何も別にスピリチュアルな世界を中心に生きたいと思っている人だけに限定されたものではありません。これはこの世のすべての人に当てはまる大切な生き方なのです。

私たちもよく知っているGoogleの会社でも、今ここを生きることの大切さを十分に社員に徹底しているようです。

今日は、Googleでどのように今ここを徹底しているかを見てみたいと思います。

オーストラリアより愛と感謝を込めて。
野中恒宏
2019-02-10 21:02:19

なぜ大人になればなるほど、様々な責任がのしかかってくるのか?

テーマ:┃- ちょっとしたヒント・提案

 

 

「私たちの人生はどんどん簡単になっていくようにはデザインされていない。もっと責任を持つようにデザインされている。それは、自分の中にある偉大な可能性を明らかにするためだ」(Drディマティーニ)

 

 

とかく、日常生活の中でめんどくさいことに巻き込まれてしまったとき、「なんで、こうなるんだ。人生がもっと単純になればいいのに」と思ったことはありませんか。

 

実は冒頭でDrディマティーニがいっているように、私たちは未来に向けて、今以上に責任を負うようにデザインされているようです。

 

子どものころ、毎日遊び惚けていましたが、もしそのままの責任レベルだったら、自分の能力や可能性を発見しても伸ばすことはできなかったでしょう。

 

大人になっていろいろな領域で責任をもつようになりました。学校において、家庭において、オンラインのコミュニティーにおいて、様々な形で、私の責任能力が問われているのです。しかし、その中で、それまで見えなかった私の能力をいくつ発見したことか。

 

責任をもつ人生は、忙しく重い人生ではなく、自分がより人生の主人公になるために、さらには、自分の中の能力を発見し、自分の可能性を拡大する人生なのだと思います。

 

様々な責任がふりかかってきたら、それまで見えなかった自分の能力を発見するチャンス!

 

オーストラリアより愛と感謝をこめて。

野中恒宏

2019-02-09 22:05:12

一度にひとつのこと - One thing at a time

テーマ:┃- 合氣道、禅

 

 

禅とは何か?

 

その問に、エックハルト・トールさんは、ある禅師の言葉を紹介しました。

 

「一度に一つのこと」

 

マルチタスキングに慣れ切った現代人の一人として、今一度、ここで、「一度にひとつのこと」をかみしめたいと思います。



 

オーストラリアより愛と感謝を込めて。

野中恒宏

 

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