ビジネスの本来の目的とは何か | 我が学習の変遷の記録(旧・宇宙わくわく共創局)

ビジネスの本来の目的とは何か



みなさん。こんにちは。野中恒宏です。今日も私自身が学んだことや、経験したことをシェアさせていただきたいと思います。そのことによって、あなたの人生が少しでも充実したものになる手助けができれば幸いです。

ところで、あなたは現在どんな痛みを持っていらっしゃいますか。人間である以上、痛みを経験する事は避けられないことです。それは身体的な痛みであったり、心の痛みであったり、様々な形をとるでしょう。

しかし、痛みを感じたときには、私が大切だなぁと実感している事は、そこに希望の光を見出すことです。

実は、ここ数ヶ月ほど、私の左肩がかなり痛くなってきています。年齢的なことを言えば、五十肩と言うことなのかもしれません。ネットで調べてみても、50歳以降になると、肩が痛くなり、肩がなかなか上に上がらないと言う情報が、至る所で見ることができます。

私は、その情報を見たときは、「あーそうなのか」と捉え、これからはこうした痛みと一生付き合っていかなければならないなと思っていたのです。

しかし、私のワイフの勧めで、どうしても行って欲しいと言うことで、私はある整体師のところに行きました。そこでは正直言って何も期待していなかったのですが、治療とエクササイズを続けていれば、状況が改善し、痛みが取れると言うことを確信を持っていっていただいたのです。

これは、正直言って嬉しかったです。半ば諦めていて、降参していたことに関して、実はそこに希望の光があったと言うことがわかっただけでも、私はその一瞬、痛みが消えたような感覚すら味わいました。

私は、この体験から、これはひょっとしたら、ビジネスの基本ではないかと思いました。

つまり、ビジネスと言うのは、お客さんが1人では解決したくても解決できない問題を解決することが軸にあるのではないかと思ったのです。

例えば、

私たちが電気を使うのも、1人では夜暗い中、明かりをともす事は焚き火でもしない限りかなり難しいでしょう。

私たちがスマホを使うのも、スマホなしの生活ではいろいろな不便な問題があるので、それを解決したりできるわけです。

私たちがスーパーマーケットに買い物に行くのも、1人では商品を調達するのが難しく、スーパーに行けば簡単にそれが手に入ります。

なかなか、普段は意識できないことですが、ビジネスと言うのは、このように、一人一人が解決したい問題を、手助けしてくれる働きが根底にあるのではないかと思ったのです。

そこにセールスとマーケッティングの違いもあると思いました。セールスと言うのは、直接その商品の価値や便利さを強調することを特徴としています。一方で、マーケティングと言うのは、お客さんの抱える問題にいかにアプローチできるかと言う価値を提供するものです。

私は教師として、毎日子供たちに接していますが、子供たちが1人では解決したくてもできない問題を解決する手助けを果たして意識的にやってきたでしょうか。

今日では、子供たちはインターネットにアクセスすれば、簡単に自分が得たい知識を得ることができます。それは教師なしでも自分1人でできることです。もしそれだけが教育であるとしたら、学校教師は必要ないでしょうし、教師の存在意義が問われるでしょう。

しかし、教師の役割はそれだけではないと思います。子供たちが1人で解決してしたくてもできない問題を手助けすることが、教師の 役割だと最近思っています。

例えば、集団で問題解決に取り組んで、そこからディスカッションによって創造的な解決策を作り出したり、物事を分析して、それに対してフィードバックを与える活動したり、何か共同でプロジェクトを作成したり、様々な活動は、子供は1人だけではできないことです。また、子供たちは一人一人固有の問題の理解の仕方をしますが、それが必ずしも、正しいとは限らないことがあります。それに対して、個別に適切なフィードバックを与え、正しい方向へと進む手伝いをするのも、子供たち1人ではできないことです。また、これは学校教育の盲点でもありますが、子供たちは何を学ぶかに焦点を当てすぎていて、どうやって学ぶかと言う点を教えられていないので、そこを助けるのも教師の役目ではないかと思っています。

子供たちは、私たち教師が見えないところで、様々な痛みを抱えています。教師がその痛みを全て背負うことができませんが、少なくとも、教室中での問題を解くときに感じている痛みを和らげるお手伝いはできると思います。

そして、子供が教室の中での問題解決の痛みを感じた時こそ、そこに、集団の理解が深まる希望の光が含まれているのです。1人がつまずいているときは、大抵多くの生徒がつまずいているからです。

最後は、教育の話になりましたが、今回強調したかった事は、どんな問題の中にも希望の光があり、その希望の光を再発見できれば、実は、問題が問題でなくなり、問題と思っていたことが、実は自分たちを成長させるためのきっかけに過ぎないということです。

何かの参考になれば幸いです。

オーストラリアより愛と感謝を込めて。
Tsunehiro Nonaka