天上界の「道元」11号
2024年6月14日
人類の歴史は戦争の歴史!
前号でも述べたが、日本には美しい四季がある。春が来て、夏になり、秋が来て、冬となる。
春の桜が咲き、夏のほととぎすが鳴き、秋の中秋の名月、そして、冬の雪に身がひきしまる。
それぞれの四季に「味わい」があり、「感動」があり、「美しさ」がある。
人間の「作為」が一切入らない自然界の姿には、なぜか「美」がある。さらに不思議なのが、その「自然の美」を感じる「詩的感覚」が、人間に与えられていることだ。
しかし、残念なことに、人類の歴史は戦争の歴史でもある。20世紀においては、第1次、第2次の世界大戦があった。
第2次世界大戦の死者の数は、5000万人以上と言われている。日本も310万人もの死者を出した。
第2次世界大戦後も、アメリカによるベトナム戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争などがあった。
21世紀なっても、ロシアによるウクライナ侵略戦争、イスラエル政府によるガザ地区への武力攻撃が、2024年の6月現在も続いている。
国連の「拒否権」が世界平和を阻んでいる!
人類は第2次世界大戦後に、国際連合機関を作り、世界平和の実現へ歩き出した。
しかし、5大国による「拒否権」という特権が、その平和を阻んでいる。5大国とは、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国という「常任理事国」である。
その5大国の特権(拒否権)が、戦後79年経った現代でも、大手を振ってまかり通っているのだ。
ただ、国連総会(193ヵ国)は、2022年に、5大国が「拒否権」を行使した時は、国連の場において、その「説明責任」を負うことを決議した。
その点は「1歩前進」と言える。
だが、その説明責任に対し、強制力はない。あくまで任意であるし、1回かぎりで済む可能性が高い。前途多難だ。
なぜ戦争は、なくならないのか。
賢いはずの人間が、人類史上2000年以上も、いまだに人間同士の「殺し合い」を続けているのだ。
なぜ戦争は、なくならないのか。
なぜ戦争はなくならないのか。
難しい問題であり、いろいろな考えがあると思うが、思うに、その理由は、「生命の本質」に関係していることが1因だ。
それでは「生命の本質」とは何か。次に考えてみよう。
生命の本質1――死にたくない
「生命の本質」とは、「死にたくない」という本能である。「生き延びていきたい」という本能だ。
この本能は、生命の「遺伝子」に刻まれた「根源的」なものだ。その本能があったからこそ、生命40億年という長い長い歴史を刻んできたとも言える。
生命は、生き延びていくために、さまざまな武器と才能を開発してきたのだ。進化だな。
しかし、人間の場合は、トップの野望と、権力の「拡大欲望」がある。この両者が結びつくところに、争い、戦争の要因が生まれる。
さて生命は、生き延びていくために、自己の「身の危険」に対し「敏感」となる。
脊髄の「条件反射」としてそのシステムが、生まれながらに「具備」されているほどだ。
熱いものに手を触れたときに、瞬間的に手を引っ込める「条件反射」がその1例だ。
生命の本質2――危険回避本能
このような生命の「危険回避本能」は、国家の権力者ほど強く持っている。
そして人間は、多くを持てば持つほど、その「既得権」を手放したくないと考える生き物でもある。
「国家権力」というものは、多く持てば持つほど、もっと「拡大」したくなる。まさしく魔物だ。
生命の本質3――不信感と危機感
だから、敵国の存在・行動に対し、疑いの目を強く持つ。攻めてくるのでないか、という不安感、危機感である。
すると相手側も、疑いの目を強く持つ。攻めてくるのでないか、という危機感である。
その結果、お互いの不信感と危機感が増大していく。
そのお互いの不信感と危機感が、何かのはずみで爆発する。それが戦争の始まりとなる訳だ。
では、どうすればいいのか。
次号で、それを考えてみよう。