小説「天界(てんかい)地界(ちかい)(1)

 

          2018年5月27日

 

 

 

青年の試練(しれん)

 

その男は熊野(くまの)古道(こどう)を歩いていた。体格はかなりがっちりしているほうで、180センチはあろうか。

 

一見(いっけん)すると、元気な若者が熊野古道をハイキングしているとも思えたが、実はそうではなかった。汗ばんでいる顔には、何かを思いつめた苦渋(くじゅう)があった。

その若者は、大きな煩悶(はんもん)を抱えていたのだ。

 

その煩悶(はんもん)を解決するために、この熊野(くまの)古道(こどう)を歩いている。

自分のミスで部下が死んだ。自分がもう少し用心をしておれば、もう少し慎重(しんちょう)を期しておれば、防げたかもしれないのだ。

 

あの時、最悪(さいあく)事態(じたい)想定(そうてい)、「いのち(づな)を使っておれば、

最悪事態を回避(かいひ)できていたはずなのだ。

 

大丈夫(だいじょうぶ)だ」という安易(あんい)判断(はんだん)、ああいう事態を招いた。

()やんでも悔やみきれない。自分の判断の甘さが、ミスを呼び込んだのだ。ミスというものではない。22歳の前途(ぜんと)ある若者の人生を、奪ってしまったのだ。

 

熊野(くまの)古道(こどう)を歩いているその男の名は天宮(あまみや)(じん)(仮名)といった。沖縄の陸上自衛隊に勤務している。

 

生まれは三重県(みえけん)伊勢(いせ)(わん)に浮かぶ神島(かみしま)という小さな島である。神島(かみしま)は、三島由紀夫の小説『潮騒(しおさい)』の舞台となった島だ。三島の小説では、「(うた)(じま)と書かれている。

 

天宮(あまみや)(じん)は、三重県(みえけん)鳥羽市(とばし)高校を卒業し、沖縄(おきなわ)の陸上自衛隊に入隊した。その恵まれた体格と運動神経が、彼をしてめきめき頭角を現していった。

 

体を鍛えることと、日本を守るという、単純な大義(たいぎ)名分(めいぶん)も好きであった。チームリーダーとなり、部下も配属された。

 

次回へ。