今朝はいつもより5分か10分、早く起床してしまったらしい。
起きてからしばらく経ってもあまりにも暗いので、今日もまた朝から雨かぁ、、と勘違いしてしまったほどですが、今日も今のところ、こんなまぁまぁな空が広がっております。
シンガポールの日の出は、だいたい7時。
東京の、最も日の短い季節と同じくらいです。
シンガポールとマレーシアは、ベトナムやタイなどの経度の近い国々より1時間早い標準時を使っていて、この事実を知った時、一度は「何故だろう?」って思いませんでしたか?
今より1時間遅いタイムゾーンを使用すると、金融市場のライバルである香港よりも市場が遅く開くことになってしまうので、これを避けるために香港と同じ時間を使用していると聞きます。
国土が小さく資源も無いシンガポールが、アジアで金融・物流のハブとして香港より劣らないためには必要な措置です。
でも、実は1981年までは更に30分遅いタイムゾーンが使われていたことをご存知でしたでしょうか。
私も、とあるコラムでごく最近知りました。
1981年以前、マレーシアのマレー半島部分(西マレーシア)とシンガポールはUTC(協定世界時)+7:30、北ボルネオの東マレーシアではUTC+7:00を使用していたのだそうです。
マレーシアが国内の時間を統一して東部マレーシア時間を使用することになり、経済的社会的に結び付きの強いシンガポールでも不便を伴わないように追随したのです。
マレーシアがなぜ首都のある半島側では無く、東マレーシアの時刻に合わせたかと言うと、歴史的な背景があるようですね。
マレーシアの「ブミプトラ」政策。
マレー人および北部ボルネオなどに暮らすマレー先住民族を、華僑や華人・インド系の国民より優遇する政策のことですが、
シンガポールを含めてマレーシアが独立する際も、半島側で優位に立つ華僑華人の比率を下げるために北部ボルネオ地域の合併は必要不可欠で、そのために北ボルネオ側の出す条件をかなり認めたそうです。この時の取り決めで、標準時は北ボルネオ地域に合わせることになったようです。
こんな経緯があって、今でも半島側からボルネオ側コタキナバルなどへ渡ろうとすると、同じマレーシア国内であるにも関わらず国際線扱いで、入国審査ならぬ入州審査というものがあるのだそうです。
(以上、にわか勉強ですので、誤りがありましたらご指摘くださいませ)
それにしても、1982年1月1日0時0分をもって時間が30分早くなったわけです。
1981年大晦日の23時30分に、国内の時計がぐる~っと30分進められたのだそうですよ。
体験してみたかったですね~。
・・・・なんて暢気なことを書いていたら、突然大嵐になってしまいました!
今日のは普通じゃありません。突風を伴っております。写真では分りませんが、早送りの映像のように、雲と雨が真横に、しかもものすごい速さで去って行きます。
建物は揺れ、目の前の工事現場の大型クレーンもグラ~グラ~っと大きく振られています。
さすがにちょっとコワイですよ~!!