アンセレブな新嘉坡日記

ご来訪ありがとうございます

Amebaでブログを始めよう!

東京は陽のあたる場所では桜も満開なのだそうで

暖かい日差しにほっとできる瞬間も多くなって来ました。


余震も体感する数がぐっと減り

揺れているような"気がする"、いわゆる地震酔いも

だんだん改善されつつあります。




しばらく

このまま日本での日記として継続しようかどうしようかと考えていたのですが

やはりこの日記は新嘉坡日記としてここで一旦終了することにしました。


更新をしなくなってしまってからも

頻繁に訪れて下さっている方々に申し訳無く思っておりまして

ちゃんと終了日記を書かなくちゃと気になっていたのです。

ごめんなさい汗




思えばまだ知らないことばかりで行動範囲が狭かった頃

私の情報源は先に精力的に探検をされている方たちのブログでした。


帰国しても短い外国暮らしを忘れてしまいたくないなぁという気持ちから

私もちびちびと書き始めたブログでしたが

大事な友人との出会いに大変な貢献をしてくれることになり

続けて書いて来て本当に良かったと思っています。





アンセレブな新嘉坡日記


ずっとプロフィール画像に使用していた写真のボードも

今では新しいものに掛け替えられてしまっているし

ほんの数年でこれだけ変貌したシンガポールですから

きっと

ちょっと経つと懐かしい場所もみんな無くなってしまうのかも知れない。


でも

自分の記録して来た小さな場所の一つひとつが

私の中の"シンガポール"であり続けるのだと思います。




お気に入りや読者登録をして読んで下さっていた皆さま

今まで本当にどうもありがとうございました。

皆さまが来て下さった足跡が、大きな大きな励みでした。


またどこか別のところで

新たに記録を始めたいと思っています。

その時はお知らせをさせていただきますね。



また、いつか お会いしましょう!

心からの感謝をこめて。



2011年4月 うちな でした。




少なくなったとは言うもののまだ余震は続いていますが

それでもいろんなことに慣れて来ました。


携帯電話で緊急地震速報を受けるようにしたら

ピロピロ鳴った後ほぼ確実に揺れます。

これだけ続くと

揺れそのものよりもぎしぎしミシミシ音を立てる

建物の方が気になって来ます。。。



物不足も一部は収まって来たかなぁ。

先週は朝一番で並ばなければ入手できないらしいという感じで

出遅れて人の列にげんなりして入らずに来ることもあったのですが

そういうことにカリカリすることも無くなって来ました。

欲しい物が無いことに慣れたのもあるのかな。


慣れたと言えば節電にも。

マンションは気密性が高いので暖房はそれほど要らないけど

冷え込む日は昼間でもさすがにブランケットにくるまっていたりして

地震の日から何とか一度もエアコンを点けずにしのいでいます。

思えば昔はもっと家の中って寒いものだったから

もっともっと厚着してたんだものね。


最寄りの地下鉄駅も広告は消灯、構内の蛍光灯は三分の一、

エスカレーターが全て止まっています。

これは駅によって対応が違うみたいだけど

それにもだんだん慣れて来ました。

テレビのインタビューで

「今は無駄に点いている広告を見ると『消せ!』って思う」なんて

話に頷いたり。



そう言えば、テレビCMが「AC」続きになっているのですが

「AC」のジングルがうるさいという苦情があって

現在は止めているのだとか。



今一番出来ることって

一番目はやっぱり募金だと思うのですがその他に

いろいろな不便や変化にいらいらしないで

溢れる情報も見極めて過敏になり過ぎないようにすることも

大事かなと思ったりしながら過ごしています。




とてつもなく大きな地震。


当日は自身の感じた恐ろしさでいっぱいだった。


夜になり 翌日になり 翌々日になり

災害の全貌を報道で知るにつれ

それが現実であるにも関わらず

恐らく自分の理解できる範囲を大きく超えた災害に

本当に現実なのだろうかというような感覚を覚えたり

ふともやもやと恐怖を感じたり

そんな3日を過ごしていた。



先週はシンガポールから持ち帰った風邪がなかなか抜けず

月曜から木曜まで

買い物も仕事帰りの夫に頼んだりして

一歩も家から出ていなかった。


来週は動き出さないと、と考えていた金曜日の午後

足もとから揺れがわき上がって来て

いつものようにじっとやり過ごそうと思っていたのに

横揺れはどんどん激しくなり

家具がばたばと動き始めた。


隣の部屋でばさばさと何かが落下している音を聞きながら

目の前でぐるぐる動きまわるキャスターの付いた家具を押さえながら

キッチンでレールに乗った家電が大きく出たり入ったりするのを

恐怖の中で眺めていた。



震度が4に達する比較的大きな地震も何度か経験があるし

揺れることに冷静でいられなくなる質では無いと思っていた。

けれど今回はそれらとは全く異なるもので

一人で家にいる時だったせいもあるとは思うけれど

初めてどう行動すれば良いのか判断できないほどの恐怖を感じ

そして初めて

もしかしたらこのまま死ぬってこともある・・・?

と思った。


小刻みに発生する余震に続いて

30分後に再び、匹敵するような揺れがあったこともあって

昨日になっても少し大きめの揺れが来るととにかく怖かった。


ありがたかったのは

夫が仕事先から歩ける範囲だったので

それほど遅くならずに帰宅してくれたこと。


それでもメールも電話もなかなか通じなかったので

何時間かかかって母や夫の声が聞けた時には心底ほっとした。

遠くから心配してSMSを送ってくれた友人にも感謝。

人と繋がることでどれほど安心することか・・・。

夫の両親とは結局翌日になるまで連絡が取れなかった。




私は小学校の一時期を仙台で過ごした。

ちょうど社会科で自分の町や県のことを学ぶ年齢だったし

遠足は美しい松島だった。


懐かしい地名が変わり果てた姿でニュースに登場し

その頃の同級生たちと連絡は取っていないものの

誰も大きな被害に遭っていませんように

どうか無事でいてくれますようにと願わずにはいられない。



地震の翌日、街は閑散としていた。

自分自身も、そして街そのものの

何となく重たい雰囲気が漂っていて苦しい感じ。


3日目の日曜になって活気は戻って来たものの

物流は滞り、停電などへの備えもあって

スーパーには物が無い。

様子はパニックに近い。


週明けの昨日からは停電情報と交通機関が大混乱なので

元の仕事先の人々も

大変な苦労の中で出勤しているのだと思う。

・・・こうして記録をしている最中にも

緊急地震速報が流れ

ぎしぎしと建物がきしみ、ゆっくりと大きく揺れている。


余震は固めてやって来ているのだそうで

揺れる時は頻繁に何度も揺れる。

夜中に揺れることもあって時々目が覚める。


テレビのニュースを付けっぱなしにしているのだけれど

画面に現れる震源や震度から想像する大きさとは

全く違う揺れを感じたりする。

推測より随分大きく恐ろしく感じることもあるし

揺れた?と思うほど小さいこともある。

これまでの経験に基づく推測は何の役にも立っていない。


余震なのだから

あれほど大きな揺れにははならないはずだと思いつつ

誘発されて別の大きな地震が起きている可能性は?など

不安に思いながら過ごしている。



でも、こんなのは小さな不安だ。小さな恐怖だ。

どうか一人でも多くの方が救助されますように・・・・。

まずは自分にできることを考えなくちゃ。



あっという間でした。


予定していたとあるイベント前に本帰国することになり

これだけは参加したいという私のわがままを

すんなりと許してくれた夫には

不便で長い10日間だったかも知れないのだけれど

私にはまだまだ足りない感でいっぱいだったりするんですね。

でも、これは何日居たって同じなのだと解ってはいるのです。


その貴重な日々の半分を風邪に取られてしまって損した気分。

人との約束以外は全てホテルの部屋で寝て過ごしたので

結局チャイナタウンにすら出掛けることもできず

残念なことになってしまいました。


でも最後の最後は

これまたシンガポールを去る予定の友人に無理を言って

大好きな中国茶のお茶会を開いて頂いちゃいました。



   アンセレブな新嘉坡日記

いつものように季節感あふれるセッティングのテーブルに

次々と登場するお茶と茶器。


こんなに中国茶を飲むことを楽しいと思うようになったのは

すべて彼女のおかげです。



実生活での趣味の仲間として

更にブログを通じたブログ友として

ふたつのルートで始まった交友が一つに繋がった時の

驚きと嬉しさと感動は今でも忘れられません。


中国茶のお手前は初級をかじっただけで

そのままになりそうになっていたし

二胡もその時に弾けたレベルで何となく満足しちゃってたのが

彼女のおかげで一変し

学ぶことばっかりの日々でした。



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お茶のお手前も、二胡を奏でる手の動きも

どちらもとても柔らかで美しいのに憧れ


それからどちらもいつもとても楽しそうで

二胡にも茶器にも愛しさいっぱいという表情で向き合う姿が素敵で


私もどちらものめり込んでしまいました。


うちにはこの1年で茶器と茶葉がやたらと増えました。




美味しいお茶を何杯もいただいて

みんなで二胡を合奏して

(騒音は大丈夫だったかなぁ・・・・??)


最後の最後の日は忘れられない一日になりました。



どうもありがとうーーーーーー。


日に日に悪化する風邪と闘っています。

何しろ咳がひどいので

せっかく広々一人ベッドなのだけど

眠りが浅くしょっちゅう起きて咳き込んでの繰り返し。


わりといつも元気なのだけど

さすがに体力も尽きかけ滅入って来ています。



そんな状態でお邪魔するのは申し訳無かったのだけど

老師が美味しいご飯を食べにいらっしゃいとおっしゃって下さり

緑深いコンドミニアムにお邪魔しました。


老師は上海人。

その老師のママが作って下さる目にも美しい上海料理の数々は

品数がすごーーく多いのです。


しかもそのどれもが何時間とか何日とかかけて

発酵させたり煮込んだりしたとっても手の込んだお料理。


アンセレブな新嘉坡日記

一つひとつご紹介したいくらいの素晴らしさでした。

ナマコみたいなちょっとそれほど好みじゃない食材も

あれーーこんなに美味しく頂けるのね、と目からウロコだったり。



アンセレブな新嘉坡日記

この写真、なーんにもいじっていません。

お野菜の鮮やかな色が食欲をそそります。


中国のお料理はワイワイ大人数で食べるのが良いんですよね。

元気な時ならもりもりおかわりするところだったのですけど・・・・


残念ながら私、ここまででした。

バルコニーの椅子をお借りして気持ちの良い風に当たりつつ

皆さまの楽しげな会話を聞いていたのですが

後ろ髪をひかれつつ先に失礼することに。

一緒にお邪魔した友人にもごめんなさいです。



それにしても老師には本当に感謝でいっぱいです。

シンガポールに到着したのは深夜だったのですが

空港まで迎えに来て下さりホテルまで送って下さり

日本に帰る日にも心配いらないからね、と言って下さいます。


日本人的感覚としては

そんな、申し訳ないですから、という気持ちでいっぱいで

固辞したのですが

中国に住んでいた友人が

「中国の人って本当にそういう風にすごく良くしてくれるんだよねー」

と言う通り

そこまでして下さるんですか???って思うほどの親切を

惜しげも無く示してくれるんですね。


どこかで恩返しがしたいものです。