こんにちはでございます。
内田真朝ことまーさでございます
本日も曇天…まあまあの天気です。
今日の件名も、結構よく聞かれる質問のひとつ。
ちょいと興味が出てきたぞ
でも、…具体的に言うとどんなかんじなの?占いって…。
よくわかんないですよね。
あーなるほど
と私も思います。
そうか、そもそも占いってどういうことをするものなのか、知らないのですよね。
縁がないとね~~~ふむふむ。
なので、今回はそれを書いてみます。

非常によくある誤解。
「座っていきなり、期待をこめた目のまま、黙る…
」
…ん?
座るだけでこれまた、ぴたりとあたる
多分そういう、過去の何がしかの刷り込みからきていると思うんですけど
(しかしそれにしても、古いだろう
)
「座っているだけで、何もかも言い当ててくれるんじゃないんですか」
本当にそう思われている方も、結構いるようです。
うーむ
占いに携わる方は本当に無数にいますので、そういう人も確かにいらっしゃると思うのですが。
私はそういうタイプではありませんですねえ。
アトラクションとしてはものすごくおもしろいと思うんだけど
(やってもほしいけど)
個人的には、
「その人が求めることについて、導きをくれる」
っていうのが、占いのあるべき姿だと思うのです。
だから、
相手の求めに応じて、必要な分のヒントを導き出す。
無駄なことはいわない。
そうでもありたいです。
そこには、占い師自身の思いとかエゴとかは出来る限りいれないようにしたいし。
具体的に言えば、
仕事の相談できているのに、相手の恋愛関係とか、立ち入る必要はないと思う。
私個人が、興味を持つ必要もない。
そう感じます。
また、私個人がそう思っていても、占いをしていると、
「この仕事の問題を解決するには、まずは私生活からですね
(だから、そうご本人に伝えてくれる?)」
的なメッセージも、必ず必要に応じて出てくるので(非常によくできている)
それがでてきた段階ではじめて、
「ところで、プライベートは大丈夫ですか?」
と聞いてもいいと思います。間に合います。
さらにいえば、
「占いにいらした当人の言葉や認識で、状況を説明してもらう」
って部分にもすごく意味があるのです。
(もし、多分に誤解があっても、そういう風に見えているのだから、そこも知る必要があるし
。
かなり、ゆがんでみているにしても、
そのゆがんでみている、同じ目線で一回一緒に見てみないと
ご本人の気持ちや立場を正確に理解することって、やっぱりできないのですね)
一回口に出してみることで、ご本人も自分で自分をよく理解できて、
さらにその後に来るアドバイスみたいなものにも、すんなり入っていける…
そういう効果もあるわけですね。

このような感じに考えているので。
事前にお誕生日などお聞きして、ホロスコープこそ作成していきますが。
ご本人に会うまでは、私はそれを積極的に見ないし、当然、どうアドバイスしよう…とかもまったく考えません
で、お会いして、ごあいさつしたら。
「で、今日はどうしました?」
とお尋ねします。
お医者さんと同じですね。基本ね。
お医者さんも、とりあえず話聞いてくれるし、逆にこっちが言わないと積極的には治療しないもんね。
(逆に風邪でいったのに、「この顔は…ちょっと直したほうがいいですね」とか言われたら、みんな暴れるだろう
)
悩みとか苦しみって、本当にひとそれぞれだし。
同じものを持っていても、本人さえ問題だと思っていなければ、ソレでいいんだと思います。
(ブサイクでも、悩んでいなければいいのである…
個性である…)
一応かいておきますが、
別段、ここでうまくまとまった言い方が出来ないとだめだ…
とか、
そういう風に思う方もおいでみたいですが、大丈夫です。
事前に紙に書いていらっしゃる方もおいでですが、それでもいいし。
思いついたことをなんでも言おう!でもいいしね。
で、戻りますが。
順に、ホロスコープないし、カードを使いながら、
「その人の苦しさの原因はどこにあるのか」
「解決策はどこにあるのか」
などを、いっこいっこ照らし出していくわけですね。
(まあ、すごく親しい友人に、ぶっちゃけた人生相談
をしてるケースの、もうすこし理路整然としたやつだ…
と思ってもらえると、大体正しい。笑)
だから、大体おわると
「さっぱりしました
」 といわれます。
そう、さっぱりしにくるところなんです、占いは。
のろいはかからないんだよ~~~~(笑)。
「あれだけ言おうと思っていたのに、…なんか別によくなっちゃいました」
という言葉もよく聞くし(本当は焦点はそこじゃなかったか、話しているうちに消化されちゃったんだね)
「…これがこんなに気になっていたとは…。今日知りました」
というのも、よく出てきます。
最近しみじみまた思いますが
占いにくることで、本当に物事が解決するのかといわれると
「その人それぞれなんじゃないですかね」
というのが正直なところです。
でも。
「何か乗り越えられそうな気がしてきました」
「自分というものを取り戻せました」
「何か楽になってきました」
なんかその段階でもう解決しているといえばしてますしね。
人間というのはそれぞれ、本当にそれぞれ。
だからこそ、世界っていいんじゃないかな。
それが私の現状の感想です
占いによって導き出せるアドバイスって、本当に無数ですが。
大事なのは、何を知るか、何を出すかっていうところより、
むしろ、
「何を知らないでおくべきかを、適切に判断する」
ってところなんじゃないか、と感じつつあります。
ご本人にも、今必要なことを話すべきであり、
聞かれてもいないことをばんばんいっちゃうのは、やっぱり微妙に不親切な気がする
(その辺が、場合によってはのろい的に聞こえる部分だと思うの
)。
だって人間には、理解するべき順番や、受け取りたい順番ってのも、絶対あると思いますから。
あくまで、その人が知るべき順に、その適切なタイミングで、メッセージは得たほうがいい。
そう思います。
それに私だって、本題以外のことをいろいろ聞いたら、やっぱり多少なりとも先入観というのが出てくると思うんですわ
それはとにかくいやなので。
(そこで社会的な概念にとらわれて相手を判断してしまうようじゃ、占いみたいな自由な媒体を扱う意味がないもんね)
自分自身のものさしで、ひとを計ってしまいたくなかったら、
「ムダに立ち入らない」
のが最大の得策だ、いえ、お互いのためだ。
そうも思うのです。
私も占いなんか好きなくらいだから、そもそも人生全体において知りたがり~なんですけど。
やればやるほど、本当に
「世界のことはなんでもかんでも知る必要はない」
と思えてきています。
何事にも適切な量があり、
それを超えてほしがるのは、不安だから、怖いから、コントロールしようとしているからなんじゃないかと。
情報もそうです。
何かをなすために必要なだけのものを、きちんと受け取る。
余分なものに、無駄な関心やエネルギーを払わない。
それこそが、うまく、私という生きるエネルギーをまわすコツなんじゃないかな…と。
そういうことに気がついてからのほうが、
より占いも精度が上がったり、物事の進むスピードも上がってたりしている気がするしね
「余分なものをきちんと“持たない”でいると、
持っているほうの情報や道具や気持ちが、光輝くような気がする」
多分勘違いではないと思うんですけど
「何か占いっておもしろそうですね
」
そういう風に思っていただけたら幸いです…
まーさ