→盛岡 厨川の柵→ 盛岡城→ じゃじゃ麺→ 旧岩手銀行→ 南昌荘  | Ashlyが歩けば Ⅱ

Ashlyが歩けば Ⅱ

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宿を出て盛岡に向かいます。
途中、白煙を上げている施設がありました。
温泉ではなく、地熱発電所でした。
火山国日本ならどこでも地熱発電できそうですが、既に温泉施設になっていたり、国立公園になっていて発電所は難しいらしいです。
話し合って自前のエネルギーを作って欲しいです。

平安時代、奥州を支配していた豪族安倍氏の最後の砦(柵)となった厨川の柵跡あたりに立つ天昌寺。

見ごたえのある彫り物が沢山あるお寺でした。

日本庭園がとてもきれいでした。

盛岡城

天守閣はありませんが石垣がすごい。

私的ランキングは熊本城に次ぐNo.2です。

 

南部家42代(!)当主 大正天皇の御学友にも抜擢された南部利祥氏の騎馬像があったのですが、戦時中に供出されたままだそうです。

そういう歴史として、このままで良いのではないかと思います。

お腹がすきました。

ふけの湯で同宿だったTさんにおすすめされた盛岡のソウルフード じゃじゃ麺のお店を探しました。

コシのあるきしめんのような麺に胡麻が入った味噌は灰色っぽい。

少しづつ混ぜて食べ始めたら、元レスラーみたいな親父さんに「全部混ぜて。」って言われました。

ニンニク・すりショウガ・酢・ラー油があるので味変出来ます。

広島の肉辛みそのジャージャー麺とは別物でした。

+90円でチータンタンに出来ます。

少し残したうどんに生卵を混ぜてぐちゃぐちゃにすると、親父さんが熱々のスープと追い味噌してくれます。

するとかきたま汁のようになりました。

旧盛岡銀行 岩手銀行赤レンガ館

設計は東京駅と同じ辰野金吾氏の設計で、同じ年に建築スタートしてますから兄弟みたいなものです。

内部は古い写真から復元されたようですが、織物の壁紙が漆喰になっていたり、カーペット敷きの床がリノリウムなどダウングレードしています。

金庫室の上の小さな扉は、閉じ込められた時の脱出用なのだそうです。

私の長年の疑問が溶けました。

鉄製の柵も戦時中、供出されたそうです。

 

 

南昌荘に、門から入ったら般若に威嚇されたぁ。

両替商の家に生まれ生糸で莫大な財産を瀬川安五郎が明治18年に建てた屋敷です。

その後、商売が傾いたりで持ち主は変わり、今はいわて生協が管理しています。

水の中にいるみたい。
雨に滴る緑の庭園を眺めながら、抹茶と絞り羊羹をいただきました。
あまり手入れされていない庭ですが、国登録記念物です。
男は財を成すと、まず凝ったお屋敷と庭を作るのだね、、。