旦那さんとの出会いシリーズ第5話です。
出会う前の出会いと 30代で離婚寸前・崖っぷちだった私たち。
縁は時空を超える。10歳のわたしとTV画面のなかの旦那さん(暫定)
いままでのおはなし
茨城がつくば科学万博に沸いていた1985年。
すでに大人とか家庭とか
色んなものに絶望して
たぶん自分は16くらいで死ぬんだろうと思っていた頃。
朝食後、登校する前のわずかな時間に
あまりテレビの話などしない暴君・父から珍しく
「テレビで万博やってるぞ!」と声がかかった。
正直、面倒くさかったけど
見ないと朝から機嫌が悪くなるので見る。
学校で話すネタくらいにはなるかもしれない。
てっきりパビリオンとかコンパニオンが出てるのかと思っていたら
会場清掃のバイト兄ちゃんが
インタビューされているところだった。
使ってる機械が珍しかったか何かでの取材?
内容はよく覚えていないものの
緊張しながらインタビューに答えている兄ちゃんに
大人になっても夢も希望もいっぱいな顔するひとっているのね。
大学生?ふーん、道理で。苦労知らずなお坊ちゃんの顔。
どっかで会えるなら生きてて何がそんなに楽しいのか
アタシにも教えてほしいわ。
ま、それまでアタシが生きてればの話だけど。と頭の中で、しかも超・上から目線で問いかけて
すぐに忘れた。
今思うとひどいなー(´-`;)忘れたまま時間は過ぎていったけれど
10年後、この記憶の引き出しをあける男性とお付き合いすることになる。
確証は ない( ̄‐ ̄)ただ、私の記憶と彼が取材対象になったという
話の内容に符合することが多いだけ。
「記録」は正しく残るものだが
「記憶」は時に都合よく歪曲されてゆく。
わたしたちの間に当時の記録はないのだ。
だだ。
仮にふたりが同一人物だったとして。
シラセはそのことを言っていたのか…⇒
第1話と思ったときにはもう
すんなり腹におさまってしまった。
難解だったパズルのピースがはまったときの静かな満足感を味わったのを覚えている。
そして結婚後。
夫両親との同居ストレスから鬱になり別居をし
全てにおいて煮え切らない夫に勝手に絶望し尽くして
離婚の話し合いをしていたとき。
夫側の兄弟に離婚後の夫と義両親のフォローを頼もうと
話し合う席を用意していたその日の朝に
10年ほど会っていなかった実父が死んだ、との知らせがはいった。
事が事だけに知らせない訳にもいかないだろう。
来るとか来ないとかは私が決めることではない,と
迷いつつ夫にも連絡を入れると
仕事が終わり次第、駆けつけてくれるという。
正直、困惑した。
夫からしてみれば離婚したいと言い続けている妻の父。
その父との初対面が遺体ということになる。
とんでもない事をさせようとしている事だけはよくわかった。
夫はわたしの義兄・実姉と共に
初めて会う親戚のなかで葬儀に臨み
初めて会った妻の父の棺を担ぎ
骨を拾い
死後の後始末に奔走し、墓穴まで掘ってくれた。
そこまでしてもらったことが有り難く
さすがに人として居たたまれない気持ちになり
離婚への強い意志はしおれた。
喪が明けるまで、という区切りをつけて
私たちはもういちど関係修復に力をそそぐ事になり
今も一緒に生きている。
どの点が どの点と
いつ、どう繋がるのかはわからないし
繋がったところでどんな転がりかたをするのかは
出来てからのお楽しみ、ということになるのだろうけど
※算命学のおはなしを聞いていると
ある程度は予測がつくのかな、と思ったりするあんなに嫌だった父が私の人生を左右する点を
少なくともふたつ残していることに気づいて脱力した。
愛されたという記憶はないが
「人間は存在自体が愛」と言われれば思わず納得せざるを得ない。
どんな影響でも与えるために人は生きているのか。
夫にたどり着く道と
夫に留まる道を示したのは父だった。
「どっかで会えるなら生きてて何がそんなに楽しいのか
アタシにも教えてほしいわ。」今まさに夫は人生をかけてわたしにそれを伝えつづけている。
今でもたまに迷ったり疑わしくなったり
わからなくなったりすることもあるけれど
夫の匂いと温度を感じながら生きている今日
わたしは間違いなく楽しくて幸せなのだ。
うっちーの内訳:いままでのおはなし