(57)そうならなくて
ふと、目を覚ました。
少し頭痛がする。
『起きた?』
目の前に相葉さんがいて、え、朝? と慌てて身体を起こした。
横たわったままの相葉さんが起き上がった私の腕を引いて、自分の隣に引き戻すと黙ってぎゅ、とハグした。そのままじっとして動かない。
「あの、もう…朝?」
抱え込まれて顔が見えない。
『ううん。夜』
「え?」
『20分くらいかな、寝てたの』
「うそ。すみません」
『なんで謝るの?』
顔を覗き込んでくる、寂しい瞳。
「あの…」
『いいの。気にしないで。服、着て。送ってくよ』
言いながら、相葉さんは身体を起こした。
鍛えられた身体に目のやり場に困るけど、それを気にかけられないくらい相葉さんの顔は、何かが欠落したような虚ろな笑いを浮かべている。
「相葉さん」
『波奈ちゃん。好きだよ』
寂しそうに言って髪を撫でてくれる。
温かい腕の中にいるのに、さみしい。
『ねえ波奈ちゃん。お腹空かない?』
相葉さんが急に明るい声を出した。
「…そう言えば」
夕方潤くんに呼び出されてからこっち、それどころじゃなかったから。
『大野さんとこ行こう。きっと心配してるね』
そうだった。
お店を出てくる時、自分のコーヒー代を押し付けるように慌ただしく財布から出して、大野さんの顔も見ないで飛び出して来たんだ。
きっと心配してる。
「はい」
『さ。支度して。あんまり遅くなるといくら泊まらなくたってご両親に怒られちゃう』
いつもと変わらない笑顔。
いつもと変わらない優しい声。
さっきのことは、なかったみたいに。
大野さんのお店に着くまでも、私が拍子抜けするくらい、相葉さんはいつもと同じだった。
カウンターの中にいた大野さんは、入っていった私達を見てびっくりした顔をした。でもすぐににこっと笑って、「いらっしゃい相葉ちゃん波奈ちゃん」と言ってくれた。
『大野さん。さっきはお騒がせしちゃったみたいでごめんね。もう大丈夫だから。…ね、お腹空いちゃったんだけど、今日のおススメ何がある?』
いつもと変わらない様子を見せる相葉さんに、大野さんはほっとしたみたいに、白い犬歯を見せて笑ってくれた。
「今日はハンバーグ。最近釣りに行けてないんだ」
『ハンバーグ、いいね』
私は何かを間違えているとは思ったけど、それをどうしたらいいのかわからない。
さっき、二人の間にあったこと。
眠る寸前に耳にした相葉さんのほとんど聞こえないくらいのつぶやき。
私が相葉さんを信頼できないでいることが、この関係を壊すかもしれない。
これから私達はどうなるんだろう。
きっとさっき私達は、そうならなくてよかったんだ、と思った。
そうなったとしてもきっと、二人の気持ちを確かめることにも、絆を深めることにもならなかった。
ただ不安を埋めるだけの行為を求めた自分を、恥ずかしいと思った。
大野さんのお店を出たら、すぐに相葉さんは家まで送ってくれた。
『明日さ、どっか出掛けない? 波奈ちゃん、どこか行きたいとこある? せっかくの休みだし、いつも仕事モードでしか誘えなかったから、ちゃんとどこか遊びに行こうよ』
「はい」
『やっと笑ったね』
そういう相葉さんも、やっとほっとして笑ったように見えた。
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