(54)呼び出し
いずれ言わなきゃいけないことだった。
本来なら私から、もう相葉さんとお付き合いすることになったからごめんなさい、と言いに行かなければいけなかった。
でも、言い出しにくくて、まだだった。
相葉さんには、潤くんに告白されてることは伝えてあった。
宙ぶらりんできちんと断れてなくて、くっつくまでは諦めないと言われてることも。
相葉さんは、『僕が言ってくるよ』と言ってくれたけど、そんなのまでお任せしたらいけないと思って、自分で言いますと言ってあったけど、なかなか言いづらくて、今まで先延ばしにしていた。
ちゃんと言わなきゃ。
呼び出されて会いに行く前に、相葉さんに一言、潤くんと会ってくることを言おうと思ったけど、あいにく仕事で連絡がつかなかった。
だからLINEだけ入れておいた。
既読はつかないけど、仕方ない。
あとでおうちに行ったときに謝ろう。
潤くんに指定されたのは、昼間は喫茶店をやっている大野さんのお店、「途中下車」。
足取りは重かったけど大野さんがいてくれると思うと少し勇気が湧いた。
着いてみると、もう潤くんは来て待っていた。
緊張しながら近づいていくと、彼はなんだか怒っているみたいに見えた。
普段から真顔をすると怒ってるみたいと言われる彼だけど、たぶん違う。
あのとき、`今は全然友達でいい。待ってるから' とせつない声で言ってくれた彼とは、別人のように厳しい顔をしていた。
怒られる、と思った。
別にこういうコトは悪いコトをしたわけじゃなくて、仕方なかったんだから、正論を言えば怒られるコトではないはずだけど、でもそんなの、杓子定規にいくわけはない。
開き直るには、潤くんはいい人過ぎる。
今、目の前にいる潤くんは明らかに怒っていた。
どうしてだろう。
どうして、なんて上から目線もいいとこだけど、でも最後に会った時に話したことと今の彼の表情がそぐわなさすぎる。
黙ったままきつい視線で私を見上げる彼に、「お待たせしてごめんね」と小さな声で言ってから向かい側の席についた。
「あの…すぐに言えなくて、ごめんなさい」
相葉さんと付き合うことになったことをなかなか伝えられなかったことを詫びた。
でも、潤くんはそれには答えず、不愛想な不機嫌な低い声で言った。
「波奈、お前らほんとにくっついたの?」
え?
あきらかに非難する響きを含む、潤くんの怒気すら孕んだ声。
「俺、お前たちが完全にくっつくまで諦めないって言ったよな」
そうだけど、覚えてるけど、どうして私達がちゃんと付き合ってないのが前提みたいな言い方をするんだろう。
いや、私達ちゃんと付き合ってるよ、と言おうとして、くっと喉が締まった。
そうとは言い切れない自分の不安が、喉に蓋をした。
潤くんの射るような視線に、どきどきして目を逸らしてしまった。
そう。
私達、完全に両想いって、言い切ったらいけなかったんじゃなかったっけ?
どんなに相葉さんが優しくしてくれても。
信じてねって言ってくれても。
もしかしたら、もうすぐ、やっぱりごめんって相葉さんに言われて終わる日が来る、そんな気がしてならない日々なんだって、毎日恐れながら過ごしてることを、潤くんは知ってて言ってる。
「波奈、俺諦めないよ」
私の毎日の不安を全部見透かされたような、潤くんの強い目に、急に現実感が襲ってきた。
そうだ。
私、相葉さんの優しさに浮かれてたけど、浮かれてる場合じゃないんだ。
私達はまだ始まったばかりで、相葉さんの中から完全にあの人の面影が消えたわけじゃ、ないんだから…。
「相葉さんがその気なら、俺は遠慮しないよ。いつだって波奈のこと迎えに来る。俺だったら波奈を不安にさせない。いつも波奈だけを見るよ」
「でも、私、あいばさんのこと好きだから…」
「その気持ち、相葉さんは利用してんだよ」
言い切られて、とっさに立ち上がった。
ガタン! と大きな音がして椅子が動いた。
大野さんがこちらを見た。
「ごめんなさい」
木の椅子が壊れなくて良かったと思いながら大野さんを見た。黙ってこっちを向いている大野さんは表情の読み取れない顔をしていたから、ぺこっと頭を下げて謝った。
きまり悪くもそもそと座り直す。
落ち着かなきゃ。
「なんでそんなこと…」
「ある人に聞いたんだ。波奈は、相葉さんの前の彼女に似てるって」
千秋先輩だ。
どこまであの人は。
嫌だ。
「それでもいいの」
下を向いて、唇を噛んで言った。それでもいいって決めたから。
「ほんとにいいのかよ。波奈、それでいいの? 相葉さんはお前のこと見てるわけじゃないんだぞ。後で傷つくの波奈で、そんなの俺見てられない…」
「止めて!」
聞いていられなくて大きな声で遮った。
もう止めて。
泣きそう。
「わかってるよ…そんなこと、全部わかってる! でも、好きなの。それでもいいの。一緒にいたいの。ごめん、潤くんの気持ちには答えられない。これきりにして」
一気に言い終えて、潤くんの顔は見ないようにして席を立った。
「波奈! 待てよ」
呼び止めるのも聞かず、走って逃げた。
いつもそう。
私は逃げてる。
相葉さんが私を彼女にしてくれた理由を目の前に示されると、いつも逃げてしまう。
相葉さんに確かめることから逃げて。
相葉さんに終わりだよって言われる未来を考えることからも逃げて。
今は潤くんの真実を突き付ける言葉から逃げた。
走って走って、途中でLINEの着信音が聞こえて、慌てて開いた。
相葉さん助けて。
`ごめん今LINE見た'
`迎えに行くよ'
`終わったら連絡ちょうだい'
LINEで返すのももどかしくて電話した。
涙が出て、相葉さんの声がスマホから聞こえてきても、喉が詰まってしゃべれない。
『波奈ちゃん? どうしたの? なにかあったの? すぐ迎えに行くから、場所教えて?』
耳元で聞こえる相葉さんの心配そうな声に、ほっとすると同時に、この声を失う恐怖に足が震えた。
→(55) ※注意場面すこしあります