(51)秘密
「相葉さんとお付き合いしてること、他の人に言わない方がいいですよね」
『なんで?』
「なんでって…」
すぐに相葉さんにやっぱり前の彼女のこと忘れられなかったと言われる可能性、絶対ある。
そうしたら当然、会社に居づらくなるし、千秋先輩がなんて言ってくるか想像に難くない。
ただの後輩に戻らなきゃいけないなら、誰にも知られてない方が絶対いいもの。
『波奈ちゃんが、秘密にしといて欲しいって言うなら…そうするけど』
相葉さんが無理につくったみたいな笑顔で言う。
じゃ、相葉さんは、みんなに知られてても、いいってこと?
「あの、そのほうが、いいのかなって」
どうしよう。
相葉さんがいいって言うなら、そうしてくれたほうが、もちろんすごく嬉しい。
明日からみんなに知れ渡ったことを想像してみた。
千秋先輩に無理やり見せられた花見の小さな写真に写った女の子を思い浮かべた。
相葉さんは、あの人の代わりを探してて、きっと見つかるまで探し続けるだろう。
私がその存在になれるとは、どうしても思えなかった。
じっと黙って迷っている私に、相葉さんはそっと手のひらを頭に乗せて言った。
『わかった。急がないよ。信じてもらえるまで待つって言ったものね。波奈ちゃんがそうしていいと言ってくれるまで、そうしよ?』
いつもの優しい、穏やかな声。
ひとまず問題を先送りしただけだけど、一応ほっとして…そうしたら急に寂しくなった。私、すごく勝手な人間だ。
『でも、まずは翔ちゃんには報告しないとね』
相葉さんはにこりと笑った。
ちゃんと、波奈ちゃんのこと代わりじゃないって話すから。
『大丈夫? 僕、先走りすぎてる?』
まだ不安な顔をしている私を覗き込み、心配そうに聞いた。
いいえ、と応えたいけど、ちょっと今の展開に気持ちが追いつけてない。
「あの、嬉しいんですけど、ちょっと、自信がなくて、まだ…」
似てるからでもいいと言ったのは私なのに。
その不安は絶対に消えることはなくて、自分では覚悟したつもりでも、その覚悟なんて全然出来てなかった。
『そうだよね、…ごめん。ゆっくり進んでいこう』
相葉さんは少し寂しそうに笑った。
ごめんなさい。
まだ百パーセント信じる、と言いきるには躊躇いがありすぎて。
相葉さんが信じてと言ってくれたんだから、あとは私がそれを信じるかどうかだけ。
なのに、せっかく信じてと言ってもらってるのに信じられずにいるのは、私の我がままでしかない。
そんな贅沢な私の不安をわかってもらって、ゆっくりいこう、と言ってもらって、やっと少しだけ笑うことができた。
「ありがとうございます」と我ながら頼りない声で小さくつぶやく私に、相葉さんは安心させるように微笑んで言った。
『このまま連れ去りたいけど、それはまた今度にするよ。おやすみ波奈ちゃん』
「おやすみなさい」
爽やかな顔してそんなこと言うの。倒れそう。
相葉さん。
本当に私でいいんですか?
どんな顔していいかわからず、まごまごしている私の頭に手を置いて、チュッと去り際にキスをくれた。
これ、現実かしら。
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