(17)サポート
季節の移りめ。
蒸し暑くじめじめとした雨が多くなってきた。
そんなスッキリしない天気とは裏腹に、毎日会社に来るのは楽しいし、仕事ももっと頑張りたい。
まだまだ新人だから、残業とかしなきゃいけない日なんてないし、仕事がたくさんある日でも相葉さんが気をつけてくれているから、帰宅が遅くなることはない。
相葉さんは私が帰る時間になってもいつでも仕事をしていて、いったい何時まで残っているんだろうと思う。なのにそんなことをまるで感じさせないくらい、毎朝爽やかだ。
でもその日、朝から入った連絡で、取引先の担当者に手違いがあったそうで、再度連絡が来るまで相葉さんが今日中に仕上げなくてはならない業務が止まってしまうことになった。
『参ったな…』
電話を切った相葉さんが、少しため息混じりにつぶやくのが聞こえた。
困ったことになったけど、連絡がこない以上待つしかない。
このあと連絡が来しだい、早急にその業務に専念しなくては今日中に間に合わない。他の業務はできる限り早めに終わらせておいたほうがいいだろう。
少しでも相葉さんの負担を減らしたくて、私の面倒を見ることで煩わせることのないよう、注意してできるだけ早く自分の作業を終わらせた。
いつでもサポートに入れるよう、できるだけ時間を空けられるように。
相葉さんも、先方の連絡を待ちながら後で出来る業務を先に片付けていて、連絡が入りしだいそちらに掛かり切りになれるよう時間を作っている様子なのはよく分かった。
午後になってようやく取引先から連絡が入り、相葉さんの本来の仕事が始動した。
朝から動きたかった件なのに、だいぶ出遅れている。
普段あまり焦った様子を見せることのない相葉さんだけど、今日はだいぶ緊張感のある顔で作業に取り掛かっていた。
「相葉さん。私も今日しなくてはならない分は終わっていますので、なんでも言ってください。できることはお手伝いします」
そう言うと、相葉さんは驚いて、すぐに、ありがとう、と言った。
『ありがとう。助かるよ。今日は波奈ちゃんは佐藤さんの件で塞がってたでしょ? 頼めないと思ってたんだ。もう終わったの?』
「はい。さきほどファックスして、OKをいただきました」
『良かった! じゃ、早速だけどこれ頼める?』
書類を渡されて、すぐに入力し始めた。
良かった。
相葉さんの抱えていた業務は私にはまだ難しい件だったから、自分からはなかなかお手伝いしましょうかなんて言い出せる仕事ではなかった。でも、今回は時間もないし、相葉さんに指示をもらいながらなんとか必死でついていった。
定時をだいぶ回ったころ。
当初の予定よりだいぶ遅れたものの、なんとか今日中にと言われた業務を終わらせることができた。
終わった!
目まぐるしかったけど、力いっぱい仕事した! って感じがして、思わず椅子にもたれてハァッと息をついた。
そこにポケットでスマホが鳴った。
家からだ。なんだろ。
定時後とはいえ机のところで電話を受けるのは憚られたので、席を立って廊下に出たところで電話に出る。
もしもし、お母さん?
「波奈。ちょっと連絡が遅くなって悪いんだけど、今日ね、おばあちゃんちに来てるの」
「え、そうなの? 何かあったの?」
車で二時間のところに住んでいるおばあちゃん。
「転んだっていうからびっくりして飛んできたんだけど」
「ええ! 大丈夫なの?」
大好きなおばあちゃん、今はお盆とお正月くらいしか会えてない。畑もやっててとっても元気なんだけど、年が年だし、転んだなんて何かあったらどうしよう。
「大丈夫よ。こっちはびっくりして慌てて飛んできたのに、あら何慌ててるの? なんて呑気にテレビ見てるんだから」
「なんだ」
もう。びっくりした。
「でもまあ、ちょっと痛むって言うし、動かさない方がいいでしょ。今晩はこっちに泊まってくわ。急だったから夕飯とか何も用意してないの。父さんは朝から今日は遅くなるって言ってたし、波奈、自分でなんとかしといて。で、明日の父さんの分もお願い。明日様子見てから帰るから」
「わかった。それでおばあちゃん、病院は行ったの?」
「自分でタクシーで行ったんだって。骨とか元々丈夫なひとだから、お医者さんもびっくりしてたって。骨はなんともないから、安静にしてれば治るって」
「へえ、さすがおばあちゃん。でも良かったよなんともなくて」
「だからね、あとは波奈お願いね」
「了解。おばあちゃん大事にしてねって伝えといて」
骨に別状はなかったと聞いて少し安心した。
丈夫で元気なおばあちゃんだけど、やっぱり年齢のことはあるから心配だ。
今日はお母さんがついててくれるし、また明日にでも電話してみよう。
でもということは、今日は帰っても夕飯はないということだ。
帰りにコンビニでも寄っていこうかな。
そう考えながら席に戻った時、相葉さんが言った。
『波奈ちゃん、今日の仕事、もうこれで終わり?』
「はい。案件は先に全部終わらせておきましたから、あとは片付けだけです」
『良かったら、今日一緒にご飯食べて帰らない? 今日のお礼』
「え?」
優しい顔でにこにこ笑って私を見つめている。
嘘。ほんとに?
『疲れたでしょ? すごく助かったから、お礼に晩飯ごちそうするよ』
「え…いいんですか?」
『いいから言ってるの。むしろ奢らせて。…もちろん波奈ちゃんの都合が良ければだけど』
「いいです都合、いいです全然。ありがとうございます」
嬉しい。
タイムリーってこのこと。
おばあちゃんには悪いけど、このタイミング、有難すぎる。
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