(5)帰り道
同じ沿線を使う、ということで成り行き上、相葉さんが私を送っていってくれる。
相葉さんは優しい。すごく優しい。
社会人の男性ってみんなこんなに紳士なのかな。
その時、櫻井さんが声をかけてきた。
相葉さんより三年先輩で、普段あまり仕事では関わらないのだけど、仕事では厳しいと評判で、なのに笑うと眉が下がって一気に可愛らしくなる。
「雅紀、もう帰んのか? 鈴木課長がまだ話ありそうな顔してるぞ。線は違うけど俺もそっちの駅を使うから、水野さんを送ってくなら俺が行くよ」
「ありがと翔ちゃん。でも僕も明日は朝早いから、今日はこれで帰るからちょうどいいんだよ。…大丈夫だよ」
「わかった。じゃ、水野さん、また明日ね」
「はい。お先に失礼します。おやすみなさい櫻井さん」
「おやすみ」
櫻井さんは私を見たけれど、それ以上は言わなかった。
相葉さんと櫻井さんはいつも仲がいい。
何か気になる気がしたけど、なにも問題ないよね。
酔ってるからかな。
「おい相葉。送ってくなんて親切なこと言っといて、アブない人になるなよー」
三次会に参加する人の人数を確認していた幹事の岡田さんが、二次会で帰る人たちの中に相葉さんがいるのを見つけて酔っぱらってからんできた。
『そんなのしないよ岡田さんじゃあるまいし、失礼な。水野さんが怖がるから変な冗談やめて』
相葉さんが笑ってかわした。
怖がるわけないよ。
目の前の爽やかな好青年さんはひまわりみたいに笑うんだから。
「そーゆーことをな、自分で言うやつがぁじつはいっちばんアブないんだよねぇえ水野さん、気をつけてねえ」
岡田さんは幹事なのに酔っぱらってへらへらと私に話を振ってくるから、「相葉さんは理想が高いんですから、心配ご無用ですよ」と返しておいた。
そうだよ、相葉さんみたいに優しくてかっこいいひとが、私なんか相手にするわけないもん。
…それに、彼女さん、いると思うんだよね。
だってこんなにかっこよくて優しい人に彼女さんいないわけないよね。
ただただ駅までを一緒に歩いただけだったけど、それだってとても楽しくて、酔いも手伝って私はかなりの幸せ気分だった。
駅まで二人で歩いていく道すがら、特にどうという会話はしなかった。
今日のお礼とか、鈴木課長の海釣りに相葉さんも一緒に行った時のことや、意外にも相葉さんが船の上で魚をさばいたという話も。
櫻井さんとは高校が同じで、でも三年離れているから在学期間はかぶっていないのに、成績優秀だった櫻井さんが残した伝説の生徒会長の噂を耳にしていたから、入社して本人に出会ってみたら噂はホンモノだったと知ってびっくりした、とか。
そんななんでもない話をするのはとても楽しかったけど。
ひとつだけ、相葉さんに聞いてみたいことがあった。
彼女さん…いるのかな。
お酒が入っているときにしか聞けそうもなかった話題。思い切って聞いてみることにした。
もしかしたら明日にはこんな質問されたこと、相葉さんは忘れてくれているかもしれないし、こんなチャンスはめったとない。
だから言った。
「岡田さんはあんなこと言ってましたけど、相葉さんにも選ぶ権利ありますよねえ。私なんかと歩いていただいてすみません。相葉さん、今日は送っていただいちゃいますけど、彼女さんには彼氏さん借りちゃってごめんなさいって謝っておいてくださいね」
我ながらちょっと卑屈な言い方だと思ったけど、どうしても聞いてみたいことだったから、笑って言って冗談に聞こえるように、相葉さんに彼女さんがいる前提で話をした。
なのにその時、笑いながら言った私がそのまま笑い続けるのをやめてしまうくらい、相葉さんの表情が変わった。
彼の歩く速度が急にゆっくりになって、そうすると私が前を歩く形になる。
背中のほうから聞こえてきた声は、今まで相葉さんに抱いていた太陽みたいにあったかく笑う優しい人というイメージとは、全く違っていた。
『…僕、そんなひと、いないよ?』
初めて聞いた、声音。
その声の酷く寂しそうな響きに思わず顔を見て、びっくりした。
酔っているのでなければ相葉さんはきっとそんな顔を見せなかったに違いない。
いつも優しくて大人で落ち着いていて、感情をむき出しにするところなんて想像もつかない人だったから、ふいをつかれた。
とても、とても寂しそうな、まるで泣き出しそうな顔。
『もう、女の子はいいかな』
かすかにそう聞こえた気がした。
え、と思うまもなく、すぐにいつもの笑顔を見せて、それよりさっき翔ちゃんが言ってた去年の忘年会の話ね…と足を速めて私の隣に並び、別の話題を話しだした。
さっきのやり取りはまったくなかったみたいに、隣の課で相葉さんと同期の二宮さんと、櫻井さんが去年の忘年会で合流した時の面白ネタを楽しそうにしゃべりだした。
聞かれたくないんだ。
ズキッとした。骨が痛むくらい心臓が打って、自分の気持ちを自覚した。
私、相葉さんが好きみたい。
そして、相葉さんにも好きなひとがいるみたい。それも想いの届かない誰かが。
そのことに、思っていたよりもずっとダメージを受けた自分にも、びっくりした。
駅でお礼を言っておやすみなさいの挨拶をして電車に乗ってから、真っ暗な窓の外を眺めていたら、ちょっとだけ涙がにじんで、慌てて鼻をすすった。
たった一週間と少しでこんなに好きになっていたなんて、知らなかった。
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