(4)歓送迎会
いつも相葉さんは忙しそうだった。
それに私も、初めのうちはたびたび社員教育と称して、電話応対講習会だの、パソコンスキル講習会だの、出なきゃいけないからほとんど課にいなくて、そして課に戻っても相葉さんは席を外してることが多かった。
『ごめんね。今忙しくてなかなか教えられないけど、ヒマみていろいろ教えるから』
そう言ってくれるけど、見ていて食事する時間があるんだろうかと心配になるくらいに毎日忙しそうだ。
『水野さんは素直で仕事の覚えも速いから楽しみだよ』
そう言って笑ってくれた。
もう、その笑顔はとてもあったかくて胸がほこっとするから、それだけで、よし仕事頑張ろう! ってガッツが入ったんだから我ながら単純だ。
同室の女性社員は全部で4人いたけど、そのなかの派遣の濱崎さんは飛びぬけてきれいだった。
すっごくきれいな髪のおねえさんで、とぅるっとぅるんのしっとりした長い髪の、毛先がヘアサロンの広告みたいにきれいにくるんと巻いててそれが肩先でふわんと揺れていて、にっこり笑ってくれるのを見てるだけでも癒されるほどの美人さんだ。
課の並みいる男性社員たちが彼女が出社してくると我さきに彼女に挨拶しようとしてるのが見えてなんだか笑ってしまったとけど、わかる気がする。
そんななかで、相葉さんと櫻井さんはその争奪戦に参加するでもなく、淡々としていた。
それがなんとなく嬉しくて。
でもそれが顔に出ないように、毎日顔を引き締めた。
入社して10日ほどたったころに、歓送迎会が開かれた。
歓送迎会は、私が新入社員として入った他に、異動で入ってきた年配の男性が一人。あとはその人と入れ代わりに出て行く人が一人いて、それに合わせて行われた。
場所は会社近くのスペインバル。
いかにも若い人受けが良さそうなお店だけど座敷もあって、歓送迎会のシーズンだしお店はかなり繁盛してるみたいだった。
うちの課の忙しい時期にしては珍しく全員出席とのことで、それでも総勢10数人くらい。
鈴木課長の音頭でなごやかに会は始まって、部屋の人たちともみんな顔見知りになっていたから会はスムーズだった。
「水野さん。どう? 仕事慣れた?」
始まってからしばらくして、みんな席を移動し始めたころ、鈴木課長がやってきて隣に座った。
そのさらに隣に相葉さんが座って。
「はい。あ、いえ、まだまだです」
「どう? 相葉くんはちゃんと教えてくれてる?」
「はい。すごく良くしていただいてます。早くみなさんのお役に立てるように、頑張ります」
「お。やる気十分だね。期待してるよ」
「ありがとうございます」
鈴木課長の差し出すビールを受けて、グラスは黄色い液体で満たされた。
『水野さんはすごく優秀だよ。いい子付けてくれて、鈴木さんには感謝してる』
相葉さんは言いながら、鈴木課長の手にあったビールの瓶を取り、空のグラスを課長に渡すとそれにビールをなみなみと注いだ。
いい子付けてくれて。
リップサービスと分かってるのに一気に心が浮き立った。
「おぉっと」
泡が溢れそうになったのを鈴木課長が慌てて口で迎えにいく様子がおかしくて、それを見て相葉さんが楽しそうに笑うから私も笑った。
『水野さん…』
相葉さんが私のほうを見て、何かを言いかけて言葉を飲み込んだような気がした。
それが何なのか考える前に、相葉さんはにこっと笑って、『頑張ろうね。僕も優秀な新人さんに追い越されないように頑張るからね』と言った。
それからは話題は鈴木課長の趣味の海釣りに移り、さっき相葉さんが言いかけたことがなんだったのか、確かめることはできなくなった。
いちおう新入社員だから、お酒を注いで回ったりしなきゃいけないのかな、と思ってはいたけど、実際はそんなことをしているヒマはなかった。
むしろ会の主役のひとりとして部屋のほぼ全員の方からお酒を注いでいただいたから、一次会の終わりにはかなり酔いが回っていた。
もともとお酒は強い方でも弱い方でもないと思う。
でもこういう場では自分のペースだけで飲むわけじゃないから、いつもよりは飲むペースが早くなってしまう。
それでも相葉さんが近くに座ってくれていて、あまり飲まされないよう声をかけてくれたり、さりげなく話題にはいったりして気をつけてくれていたから、悪酔いすることもなく二次会に参加することができた。
やっぱり、相葉さん優しいんだ。
そして、女の子だからと途中で抜けられるように、幹事の岡田さんにそれとなく言って配慮もしてくれて、相葉さんのほうから時間を見計らって声をかけてくれたり、本当に気を使ってくれた。
そんなふうに至れり尽くせりで二次会を終えたあと、相葉さんは駅までを一緒に帰ろうと言ってくれた。
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