なかなか高野山に辿り着かない高野山旅行記、その2
前回、慈尊院で180番目と179番目の町石を見たのと、おっぱい絵馬堪能、3億円寄付に驚愕したところで終わっていましたが。←改めて要約するとヒドイw
今回はその続き。
せっかく九度山に来たのだし、我が家も母も大河ドラマ「真田丸」を見ていた事から、真田庵に行かない手はないだろうという事で、寄り道を。
やっぱり、なかなか高野山にたどり着かない。苦笑
真田庵は真田昌幸、幸村(信繁)親子が高野山に蟄居を命じられた、不遇の時代に住んでいた屋敷後に建てられたお寺。
草刈正雄さん(?)は残念ながらこの地で息を引き取ったため、昌幸のお墓や死後大権現として祀った真田地主大権現がある事でも有名です。
慈尊院は郊外なのですが、真田庵は九度山の街中にあり、道も狭く入り組んだ住宅街にいきなりある、と言った感じ。
実は、私は九度山に来たのは今回2度目で、前回は、大河ドラマに「真田丸」が決まった!という直後で、まだ、真田ミュージアムもなく「これから大河に便乗して?街を盛り上げていくぞー!」という活気というか山っ気?(←失礼なw)に街全体が満ち溢れていた時だったのですが、おそらくその本拠地となるであろうこちらの庵があまり商売っ気が無い事に驚いた記憶があります。さて、大河後どうなった事か…。
結果としては…。
さらに寂れていました…。
前回はまがりなりにも、お守りコーナーに人がいらして、ちょっとしたものの販売をしていたのですが、今回は『御用の方は呼んでください』と、締め切り状態。
特に拝観料をとられることもなく、ガイドもなく、寂れた建物を見る、という状態に。
名所旧跡にはきっちり維持費のためのお金を落としたい派なのですが、お金を落とす場所が見当たらず。
いや、いいんですよ。
商売っ気ありすぎて、うんざり、という寺院は沢山ある中、ひっそりと清貧な佇まい、まさに真田が蟄居していた場所にふさわしいし、歴史好きの方なら、これを見つつ、真田親子の華々しい経歴との対比に思いを馳せたりとか、色々するでしょうから。
ただ、思いを馳せる部分がまだ発達していない3歳時には不向きな現場でした。
大人になって、もう少し、数々の真田エピソードを理解してからもう一度連れてこようと、思いました。
現在尼寺で、女性の庵主様一人で手がまわっていないご様子。
ボランティアでガイドをしてくれる方を募集する張り紙もあり…。
諸所の事情があるでしょうから、勝手な事は言えませんが、勝手な事を言うと(←)もったいない!
真田幸村という熱烈なファンを多数持つ戦国武将、もっと上手くプロデュースできるはず。もっと華やかにがっぼりと、、、(以下自粛)。笑
こんな俗っぽい事を考えていない、静かなワビサビの佇まいなのが、真田庵の良いところかと思います。はい。
途中、お昼をつまんだり、道路が混雑していたので、宿泊予定の宿坊についたのは16時。
やっと高野山に到着!
せっかくなので、晩御飯までの間に夜の壇上伽藍と紅葉のライトアップを見る事に。
↑夜の蛇腹道。
紅葉はまさにピーク。良さそうなカメラを構えた愛好家の方が沢山いらしていましたが、適当にとった私の写真はボケボケ。苦笑。
実際はとても美しくて、寒くて辛いんだけど、もっと見ていたい、という気持ちとのせめぎ合いに。
お山の空気は透明で美しいからこそ紅葉も美しいのでしょうが、北海道から来ていた母でさえ「寒い」と言い出すレベルでの冷え込みでした。
↑夜のライトアップされた根本大塔。
ライトアップされている時間に来たのは初めてだったのですが、かなりの迫力に圧倒されました。
その1で熱く語ったブラタモリの町石180基の0番地点、ゴールがこの塔になります。
麓の慈尊院から180基の町石をたどって根本大塔までは、たどり着く道そのものが、密教の「胎蔵界(物質世界)」を表していている、と、前回書きましたが、塔の中は、そのゴールにふさわしく、胎蔵界の立体曼荼羅の世界となっています。
中央に巨大な大日如来が座し、その周囲の柱に胎蔵界に御座す仏様が書かれているという、実際になかに入ってみると異空間ぷりが半端ないです。←頭悪い感想すみませぬ
拝観が17時までの所を、駆け足で5分前につくと、もう閉める準備中で、「少しの時間しかないので、拝観料は結構ですよ」と特別に入れていただきました。
先に書いた通り、普通に人がいる時に昼間入っても異空間ぷりの半端ないこちらの塔内なのに、すでに人はなく、私たち家族だけしかいない暗く神秘的な空間で拝する大日如来と、立体曼荼羅の世界が、ちょっと怖いくらいの異空間ぶりでした。(ポニ子は怖がって手をぎゅっと握っておりました。かわゆいのうー。)
こんな貸し切り状態で、静かな状態で大日如来様に向き合える事はもうないかもしれないな、と、思い、しっかりと貴重な時間を堪能してまいりました。
そのほか、前回来たときはまだ未完成だった中門が完成していたので、ライトアップされている中見学したり、「六角経蔵」というマニ車の様に下部が回るお堂があるのですが、それをポニ子と二人で、「重い!!お、重い!!」と言いながら回したりしました。(本来は6人とかもっと大人数で回す想定のものです)
ポニ子はかなり喜んでいたけれど、母の頭の中では「これ、どこかで見た事あるな、あ、あれだ!北斗の拳のジャコウの『天帝様は闇がお嫌いじゃーーー、もっと光を!』のやつだ!」とかバチ当たりな事を考えていました。笑
(言っている事がさっぱりわからない方は「ジャコウ 奴隷」のキーワードでグーグル画像検索してくだされ)
その後『三鈷の松』の下でお守り代わりに葉が三葉になっている松を探していると、掃除のおじさんが近寄ってきて、自身が集めた三葉の松をごっそりくれるというチート展開。
こちらの松、弘法大使が修行の場所を探して唐から日本へ向けて三鈷杵(さんこしょう)を投げたところ、この木にひっかかっているのを後に見つけて、それで高野山を密教の中心地とした、という遠投エピソードを持つ場所で、葉が三葉のものがある事から、お守り代わりに見つけて持ち帰るのが信者さんの中ではやっている場所です。
その三葉の松葉を翌日探している人がたくさんいて、申し訳ない気持ちになりました。
しかし、三葉の松って確か住吉大社にもあって、拾った記憶が。
日本各地にポツポツ点在しているのかな?
寒さに耐えかねて宿坊に戻って晩御飯。
通された部屋は泊まる部屋とは別の個室だったのですが、広い部屋にポツンとお膳が三つ用意されていて、思わず笑ってしまいました。
今回お世話になった宿坊は『福智院』さん。
高野山の中で唯一の温泉が沸いていて、宿坊は入浴できる時間も短く制限されている所も多い中、24時間入浴可能という寒い時期には本当にありがたいお宿でした。
この日は、翌日の早朝のお勤めに備えて、早めに就寝したのでした。
その前に般若湯とゴマ豆腐の夜食をぱくついた事を追記しておきます。笑
