気まぐれな日記ですけど、どうぞ見てやってくださいなー♪
9月です
彼が倒れてからあっという間に5か月が過ぎた
本当に5か月も話をしてないの?ハグしてないの?
本当に、いないの???
とまだ受け入れていないようで、気持ちはどん底。
大きさに波はあるけど
辛くてどうしようもない気持ちになるのは突然で
何してたわけでもなく
床のゴミ拾っているときとか
シャワー中とか。
深い闇に襲われてしにたくなる
今回も夜中に辛くなって
だけどこんな時間、ネットのお医者さんもつながらず
ネットでいろいろ検索してたら
グリーフを経験した人たちが集う会 みたいなものを見つけた。
ちょうど、2日後に開催とのことでタイミングよく参加できた
みなさん、何年、何十年経っても辛いよ、まだ受け入れてないよ、
などとおっしゃっていて、わたしはいったいいつまでこうなんだ
と絶望も感じました。
だけど、泣いてもいいんだよ、無理しなくていいんだよ
と、当事者の方から声をかけてもらうと
そうだよね、と思うことができた。
今までは同じことを言ってくれても、わたしの心には届いてなかったと思う
わかんないでしょ、とかは思わないんだけど…
逆に何も感じてなかったかも。心がしんでるから。
だからその会に行ってよかったなと思った。
そしてその数日後、知人からのお誘いで、しにたいバーに行ってきた
その名の通りだと思う。
最近日本の未来に希望なんてないから
しにたい人はたくさんいることでしょう。
でも本気で思ってる人はどれくらいいるんだろう。
もしかしたら事件とか起こってくれないかな、
とか思いながら行きました。
一見普通のバーで、スタッフや客たちが飲みながらおしゃべりする。
だけど話の内容がヘビー。そこが普通のバーとは違うところなのかな。
逆に爽快で、この気持ちをこんなにオープンに話せる場所があっていいんだ、と思いました。
仲間意識じゃないけど、こんなに辛いのは自分ひとりじゃないんだって。
誰も産んでくれなんて頼んでない。未来もなにもない。できるなら、いなくなりたい。
だけど怖いよ、そりゃ。じさつなんて。
しにたいけどしねない葛藤の中で日々、生きている。仕方なく生きている。しねないから、生きている。
人に話して気づく
今はお仕事を休んでいます。
もうあっという間に1か月が過ぎた…
仕事を休んでから、狭いアパートに引っ越しをして
しばらくは段ボールの山の中で生活をしてた
スペースができて少しだけ広くなった。
毎晩寝る前に、写真を見ながら彼に話をかける。
最近はそれがなんだかむなしく感じるようになった。
なぜなんだろう。少し前までは彼の顔を見ると穏やかな気持ちになれていたのに…
もう居ないんだ
ということを受け入れ始めているということなのか…
今日は先生に紹介してもらったカウンセリングに行ってきた。
資格を持っている人なのかどうなのかは知らないけど
誰かに吐き出して、聞いてもらうって、とっても大事。。。
溜まっていた寂しさ、辛さ、虚しさを
また解放することができた。
泣きすぎて疲れたけど、行ってよかった。
仕事のことについても一緒に考えよう、と言ってくれた。
一度、復帰する と言って予定立てていたけど、先生から許可おりなくて復帰できなかった
けど、自分が無理をしていたことに気づけた。
受け入れられないけど、人工呼吸器管理になってからはもう3か月が経つ
周りの人は、いつまで泣いてんだよ とか 充分考える時間あっただろ って思ってそう
仕事も休んで、かなり迷惑をかけている
だけど、人生のパートナーが突然いなくなったんだ…
すごく尊敬していて、信頼していた人
わたしのすべてを捧げようと思っていた人
これから支えていきたいと思っていた人
…なんでいなくなっちゃうんだよ。。。
とやっぱりまた辛くなってくる…
今は復活できなくて当たり前だよって言ってくれた。
分かってくれる人がいて、なんだか安心?してものすごく泣いた
四十九日法要
無事に四十九日の法要を終えた。
恥ずかしながら、これまでは、四十九日の意味なんて深く考えたこともなかった。
なぜ四十九日目なのか。
初七日とは何なのか。
人生で一番大切な人が旅立ち
その意味を調べるようになった。
人は亡くなったら、初七日から七日ごとに生前の行いを裁く審判を受け、
最後の四十九日目の裁判で行き先が決まるとされているそう。
遺族は故人の苦しみが取り除かれ
極楽に行けるように祈りますが
善い行いをして功徳を積むことでも供養を行えるそう。(追善供養)
遺影の彼は、わたしのお気に入りの写真。
みんな、いい笑顔だねって褒めてくれた一枚。
とても天気のいい日、お出かけしたときに、オブジェと並ぶ彼をパチリと撮った。
あの日、わたしがカメラを向けて、彼はわたしを見て笑っていた。
その瞬間が、そのまま写っている。
あの日の彼が、今日、目の前にいるわたしに笑い掛けている。
この笑顔はわたしを見て笑ってくれているんだ、と思い出した瞬間に
会いたい気持ちや寂しさが一気にあふれてきた。
最近、泣くことをしていなかったから涙が貯まっていたのだろう。
めちゃくちゃ泣いてしまった。
まだ泣いてんのかよって思われそうで、我慢した
でも、我慢すればするほど涙が止まらなかった。
鼻水もボーちゃんくらい垂れてしまった。
しゃくりあげも止まらなかった。
少し落ち着いたと思って顔を上げる
そしたらまた彼が笑い掛けてきて、また泣く…
ずっとこの繰り返しだった。。。
お焼香のときも記憶がない。。。
この数週間、いろいろなことを考えた。
仕事に復帰したり、休職を決めたり、慣れない法要のマナーを調べて悩んだり
ご家族のことを考えたり、、、
気を遣う場面もたくさんあった。
気を張っていたかもしれない。
わたしの中で溜まっていた寂しさが、「今日は出てもいいよね」と
一気に出てきたのかもしれない。。。
その後の、納骨のときにはちゃんと落ち着いて供養することができました。
そんなこんなで法要は終わった。
わたしは生前から彼のことを尊敬していて、いつかお手伝いできたらなと思っていた
無意識に追善供養の意味を込めていたのか、彼の意思も尊重してゴミ拾いのボランティアへ参加していた
けっこうやっているので予定が合い近隣ならば参加するようにしている
彼が代表のボランティアは予定したけどあいにくの空模様で行えなかったけど、
今月リベンジする予定。
まだまだ辛い日は続くと思うけど
彼のことを大切に想いながら
少しずつ前を向いていけたらいいな。