※ 1月4日に我が家に戻りましたが、旅行記の意味も含め、ちょっと時間を戻して記録しています。お時間のある方お付き合いください。

 

旅行中のため、体重、体脂肪記録なし

 

29日

 

白湯

ルイボスティーか蕎麦茶

 

朝(8時ごろ)

パン、サラダ、プロシュート

プロシュートがしょっぱいのとパンに口の水分を持っていかれるので、試しにサラダを敷いてみました。

イタリアのサラダって、いわゆるレタスがほとんど入ってないんですよ!

ラディッキオとか、私の知らない他の自己主張の思いっきり強い葉野菜が入っているんですよ!

朝から結構濃いご飯をいただきました。

 

この日は少し日が出るらしいので、トルチェロに行くことにしました。

ここも、念願だった場所。

ヴェニスからは、ムラーノから船でさらに先に行く必要があります。

あと、船の乗り換えも必要です。

船って言ってますけど、水上バスです。

 

日が出ると言って、この程度。

もう少し明るくなりましたが、基本的に曇りが多いです。

おっ、もっと出てきたかも。

 

ここで見えるのは、対岸にある小島、ブラーノです。

 

トルチェロは、ヴェニスの前に隆盛だったとしで、隆盛時は人口が約2万人だったそうです。ヴェニス近辺の島々の中で最古のバジリカ、サンタ・マリア・サンタ・マリア・デル・アスンタがあります。

 

教会の中のモザイクが圧巻なのですが、

残念ながら写真は禁止でした。

(画質はそれほどよくありませんが)壁画の写真が載っているウェブサイトを見つけたので、興味のある方はどうぞ。

 

 

教会の内部を見学した後は、有名な塔に登りました。

 

サルなので、高いところからの眺めにうきゃうきゃと写真を撮りました。

 

トルチェロは、20年前にオットが訪れた時は何もない街だったそうです。

教会内も掃除などされていず、土だらけで誰も訪問していなかったそうです。

現在は博物館が併設されていて、観光客用のセッティングが充実しています。

今は冬でしまっていましたが、多くのレストランがあり、どれも巨大なテラス席を併設しているので、夏はかなりの観光客があるんでしょうね。

ヴェニスのハリーズ・バーのオーナーも、レストランを出しているそうです。

 

最後に、トルチェロに来たと言われる、フン族のアッティラ王が座ったと言われている椅子。

サルなので、もちろん座ってみました。

 

 

私たちは、ブラーノに戻り、

あらかじめオットが調べておいてくれたレストランで遅い昼食を食べました。

(写真ボケボケですみません)

私が食べたのは、2切れだけ。

ヴェニスに来てから、食べる量が減ったと思います。

胃様が怒っておられるせいか。

 

夕日を背負って水上バスでヴェニスに戻り、

 

夜は家でありあわせ。

家族がハム類が好きなので、たくさん量を変えない旅行時はダイエットがなかなか辛いです。

私はナスのトマトソース焼きを作りました。

家族には好評でしたが、私はちょっとしょっぱいと思った。

せめてもの抵抗で、トマトをあるだけ掻っ攫いました。

 

この日の夜撮った、滞在場所近所の写真