つくづくロマンティストには
居心地の悪い恥ずかしさを覚える。

女の子は恋をしたら可愛いくなる。
男は守るものが出来たら強くなる。

なんじゃいそりゃ。誰がこんなキザな
セリフ考えたんじゃ。
出てきて俺の前に仁王立ちしろ。
股の間めがけて右脚振り抜いてやりゃあ。

いっぺん頭の中覗いてみたいよな。
ヒマワリ畑じゃなくて、薔薇が
咲き乱れてそう。

ど偏見ですけど卒業式の日にスーツ着て
恋人に花束を渡すサプライズしてそう。
そーゆう動画見て感動するより笑いで
涙出てくる。

でも、その行動力と相手を輝かせる能力に
長けてるとこには感心してまう。

そう思いながらも、いざ目の前にしたら
右脚振り抜いてそうじゃけど。

 
だるまさんが転んだ。
 
一歩、また一歩と近づいてきた。
 
日が暮れはじめ、青色にオレンジが
溶けだす時。
日中の暑さを冷ますかのように少し冷えた風が
窓から吹き込んでくる。
 
柔らかな空間に寒色の気配が混じり
僕の胸を締め付けるが、
何か不安に駆られるでもなく、恐怖に
おののいている訳でもない。
 
只々、その肌寒いアンバランスな感覚が
少し気持ちよくて横になる。
 
あとどのくらいで君と僕との距離は
なくなるのか。もしかしたら、右肩に
触れられそうなとこまで来ているのだろうか。
すぐ後ろにいるかもしれない。
 
 
だるまさんが転んだ。
振り向けばそこに、春。
 
 



あの日もぬるい風と共に電車がやってきた。
唇で麺を食べるやつと同じくらい嫌な感覚。

しかし、その日は空気がソワソワしていて
受け流すことが出来た。

2/7をもって、僕は自分を愛し続けて23年が
たった。こんなにも愛を持続できるなんて
素晴らしい。そんな自分大好き。

だって雨が降っていたら傘をさしてくれるし、
空腹を感じたら食事もしてくれる。
やりたいことがあったらすぐに察して
連れてってもくれるし、ましてや一緒に
楽しんでもくれる。
ちょっぴり恥ずかしがり屋さんで
神経質なとこもあるけどそんなとこも可愛い。
こんなに出来た人そんなに居ないと思うん
だよね。
そりゃ、惚れてしまうよ。

たまに厳しい時もあるけど、ストイックな
部分もあるんだと感心する。
そして何より優しいんだよね。
他責にすることもなく、常に柔らかくて
暖かい雰囲気で包んでくれる。

愛は世界を救う、笑顔は世界を救うとか
言うけれど、本当に世界を救うのは僕だと
思っている。

ありがとう僕、おめでとう僕。
ハッピーバースデー。




2020年。
年が明けました。
まずは新年のご挨拶から始めます。

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。


新年一発目のブログなので、今年の意気込みを
綴ります。

今年は、日常に目を向けることを意識して
いこうと思います。ファイティン俺。

日々の変容に敏感になると日常は面白く、
些細な変化だとしても世界は大きく、楽しく
なる。

土曜日の午後に立ち寄る本屋で
アルバイトしとるあの子、
髪の毛2センチ短くなったなとか。

あの子の小指のネイル少しはげてきたなとか。

ここの街灯、電球交換してもらえたんじゃ
とか。

色んな変化に気付けるようになりたい。

惰性の毎日にせずに、
自分で世界をリニューアルし続けるっチュウ。




2019年も役目を終えて過ぎ去ろうとしている。
それと共に年末年始の休暇が訪れた。
地元に帰り、同級生達と会えることは
嬉しい限りである。

しかしながら、僕は始まりを感じると
どうしても終わりを考えてしまう癖がある。
だから僕はいつも楽しい時間が訪れる時、
その幸せな未来へ踏みだすのに
ちょっぴり躊躇してしまうことも少なくない。

長期の休暇中に
期間限定となってしまった"また明日"が
流れ込んでくる。

その心地よさを感じがたいめに
恐怖に目を塞ぎ、休暇の元へ歩みを
進める。

辿り着いた場所には、

考えてないようで考えて楽しく過ごす者。
喉を犠牲にしながらも笑いを運ぶ者。
とりあえずクソビッチな者。
自分が地元で1番可愛いと自負している者。
シャワーってワードしか浮かんでこない者。
同級生のアイドルな者。
将来の嫁になる者。
メンヘラ女子かと思うやつ。
恋に悩みながらも前に進む者。
色白のお掃除屋の者。
たまにあらわれる綺麗な君も。

この人達に出会うために
始まりの恐怖に臆すのではなく、
終わりまでの過程の中に作る
出会いや経験を体中に収めて
笑顔として溢れ出させる。

終わりがあれば、またスタートされば
良い。そこに時間の障壁があろうとも。

恐怖を包むぐらいの優しい記憶を
抱いて来年へ向かおう。

良いお年を。





星をさっぱり見なくなった。
僕が上を見あげて歩く事を忘れて
しまったのかもしれないし、はたまた
地上が常に輝き続けていて見上げることが無くなったのかもしれない。
まあ、なんとか流星群だったり天の川とか
夜空をみて楽しむことをしない僕には
元から興味がなかったのだろう。

でも、星がよく見える環境ってのは少し
惹かれる。
僕の定説によると満天の星と静けさは常に
セットであることになっている。
そして、星空を見上げるのは副産物的なもので
あり、主は静けさに身を置くことにある。

静寂よりも美しい空間はない。

そう思い始めたのは僕が這い這いから卒業し、言語を扱い始めてから14年後、高校に入学する
タイミングだ。

魅了する物は静けさの中で輝く。
夕焼けも、眠りにつく時も常に森閑が伴う
ことでより美しくなる。
夕日の橙色に浮かぶカラスの鳴き声なんて
ものは情緒を膨大化させるための一手に
過ぎない。
眠りにつく時の鈴虫や通りすがりの風音も、
安易な空間作りの手段である。
本当に向き合うべきなのは、そこを引き立てている静だ。

それに気付くことで、稚拙な感覚から
脱し、静寂は平穏を招きいれることを知る。

ジングルベルの音に釣られている
場合ではないのだ。
 



ポリッポリッ、ボリッボリッ。
小刻みな音を立てて咀嚼されるそれは
半径30センチ以内の鼓膜を惹きつける。

僕は、漬物によってスタッカートを
覚えたと言っても過言ではない。

塩を丁寧にすり込まれた胡瓜、白菜、大根諸々。

酸いも甘いも噛み分ける前にしょっぱさを
教えてもらった。

僕の人生は漬物のおかけで深みを知ったのだ。

君たちの人生に深みを持たせてくれるものは
何だ?家族か?友か?恋人か?仕事か?趣味か?

人生は何処に辿り着くかも分からないまま
大海を泳いで進むようなものだ。

ボーッと流れに身を任せるの者。
がむしゃらに進む者。
まだ見ぬ深みに潜っていく者。

大海への挑みかたは人それぞれだが、
僕は漬物によって、深く光の届かない
場所に勇気を持って邁進する凄さを知った。

深く突き進むにつれ闇は濃くなり、
圧迫される。

未開に挑戦する物は㷀然として独り恐怖に耐えながら、道を切り開いていかなければならない。

それらに打ち勝ち進むことをやめなければ
やがて煌々たる光を放つ者が現れてくる。

それは同じ意思を持った者だ。
類は友を呼ぶとでも言うのだろうか。

前進し続けた結果、目的や感覚を共有出来る
者に巡り会える。

その光に出会えたのは同じ深さまで
潜ってきた者同士、其の者が持つ底光りに
惹きつけられ、共鳴し合ったからだろう。


自分が暗闇の中で光を放つ者と認識して
いる人はいない。
光芒さえもが差し込まない深さまで達した時、
その輝きを知らされるのだ。

ただ海上を照らす光を前にしては、自分どころか他人の輝きにさえ気付けていないだけだ。
それゆえ光を持たない者など存在しない。

一つ一つが小さな光だとしても、集まればどこからでも見える大きな燦爛を生む。

浮かんでいる人は深く潜っている者を見れないが、その中でも光に惹きつけられた者が深く潜り一点の光に出会い、新たな場所でまた大きな光を生む。

そしてまたひとり、炯然を感じた者が潜ることを決意する。

そうやって漬物は味わい深く、種類を
増やしていったそうだ。

どの分野で僕は曙光になりえるのか。
潜れる深みを探すためにまずは、大海を彷徨うことにしよう。


 



"少年は恋を知って初めて胸の痛みを知った。"

この少年は恵まれている。

多くの人は抱えきれぬ嫌な思いをした時
初めて胸の痛みを知る。

しかし、少年は
なんとも煌びやかに、他の事に目もくれず
紳士淑女の駆け引きに迷い、悩みながらも
桃色の春にふけ、夜を明かす。

それ故、嫉妬されても良いほどの存在に
成長し、もてはやされる。

こんなにも美しく胸の痛みに
蝕まれていくことなんてないのだから。


良質な痛みに憧れた者たちは、夢の中で
もっと神秘的なものを渇望し、創造するのだ。

僕が私が、恋の他にもかけがえのない
時間を胸に刻み、思い出の中に詰め込むことができたならと。
そして夢見たのが青い春である。

後悔と羨望から生まれた
青い春は未来へと向けられることはない。
常に過ぎ去った時間の中で、描かれ表現
され続ける。

過去の中で生産され続け膨大な
スペースを埋め尽くすと、やがて現在の時間にも侵食してくる。
すると、人は今の自分に対してとても
悲観的になる。夢見た世界を作る努力を
怠り、限りある時間を無下に、疎かにして
いく。

この現実に気付き、青い春の悪夢から
覚めなければ、ヨダレを垂らしながら
寝続け、夜が明けることはない。






メロンソーダが好きです。

カフェとか喫茶店に行って、コーヒー以外の
飲みたいなぁと思ったら、必ずと言っても良い
ほどメロンソーダを頼むぐらいには。

ほんで昨日無性にメロンソーダ
飲みたくなって、せっかくなら
コンビニじゃなくて、お店で飲みたい
と思いお店に向かったのよ。

でも、よく考えたら、あっ俺一人で
カフェとか入れるタイプじゃねえじゃん。
って気づいたんじゃけど、そんなに小洒落て
なかったら入れるわってことにも同時に
気付いて、止まった足を動かそうと思ったら
もう既に動いとったことにも気付いて、
そもそもどこのお店に向かうか、もう決まっとったけえ入れるか入れんかを迷う必要ないこと
にも気付いてしまった。

届いたばかりのアウターの
ポケットに手を突っ込みながらお店に向かう。
そしたら、今、もし躓いたら瞬時に手を出す
反射神経が俺にはまだ残っているのかを
考え出して、自分に躓け!躓け!と
唱えよったら、周りの目を人一倍気にする
俺がそんなこと出来る訳ないことに気付いて、
唱えることをやめた瞬間、躓いた。みたいな
展開を期待したけど、そんなことも起こるはず
なくお店に到着して、席につきました。

2人がけの席を案内されて、それと同時に
お水が運ばれてきた。

「ご注文がお決まりになりましたら、
    お呼び下さい。」

メロンソーダを頼むことなんか家出る時から
決まっとったのに、その場で注文することが
出来なかった。
店内に他のお客さんおるのに、大きい声出して
店員さんを呼ぶという行為を自らの意思の弱さ
が招いてしまった。

店員さんがこっち向いてくれたタイミングを
見計らって、小さく手を挙げ、小さな声で
すいませーんと呼ぶ。
これを一回で成功出来た時はラッキーで
何回か繰り返す時は辛い。
今回は一回で成功したので一安心。

メロンソーダを頼み、ついでにホットドッグ
も頼んだ。
メロンソーダだけしか頼まんのかよと
思われたら気不味いので、別に要らない物も
一緒に頼む。

商品がくるまでの間に、お水を一口。
Bluetoothのイヤホンを切るために、
携帯をつつく。ついでに、SNSものぞく。
一通り見終わり、顔を上げて店内を見渡す。
うわーだる。女子高生か女子大生か知らんけど、よー似た顔と格好した2人組がおるじゃん。

一気に身体に緊張がはしり、さっき見た
ばかりの携帯に目を落とす。手汗がひどい。
女子という生き物に過剰に反応してしまう
僕は、いつもあらぬ方向に考えを巡らせる。
「あいつ1人なのに、なんで2人がけに堂々と
    座っとん?」
気にしたらダメ。気にしたら負け。店員さんに
案内されただけ。
そうやって女子からの視線を気にしてしまう
僕をなんとか抑える。

でも、脳裏に焼き付いてしまったそれは
自制をぶち壊し、俯いた顔を上に引っ張り
あげた。

あーもうこれリラックスしておれんじゃん。
見終わったはずのSNSをもう一度みる。
さっきと同じ内容でなんの更新もされてない
のですぐに飽きて、溜息をつく。

そんな僕をみかねたかのように、はいどーぞと
注文した物が運ばれてきた。
ありがたやー。

メロンソーダのいくつもの泡が上へ上へと
這い上がりながら弾けていく。

人は新鮮なものに魅了されたがる。
店内にいる2人組の女子も、新しい物、
流行っているものに敏感ですぐに飛びつく
のだろうか。

似たような格好とメイクなので、そうなのだろうと偏見で自分を納得させた。

えっ?なんでまたあの子たちのことを
考えてるの??



そう思っている内に、メロンソーダには
弾けていく新鮮な泡はもう存在しなかった。

しかし、爽やかな感覚もなく、
少し水っぽくなってしまったそれでも
僕を十分に満足させた。

新しくなくても人を惹きつけ愛されるほうが
僕は好きだ。






















もうすっかり寒くなってしまった。
寒さのせいで起きてから外出するまでの
流れが日に日に遅くなっている。
流れが所々寒さで凍ってしまっているので、
これをいちいち溶かさないといけないから
冬は苦手だ。
やっぱり、寒いよりも暑い派なんだと
毎年思う。


ところで、この前ふと
四季ってなかなか強引なやつらだなと
思ったわけですよ。

春、夏、秋、冬とそれぞれあるけど、
僕のようにこの季節あんまりじゃけど、
こっちの季節は好きみたいなやつでも
結局は季節の変わり目になったら、
好きじゃない季節にも名残惜しさを
感じるのよ。

僕の場合
春は花筏、夏は淡い感情、秋は月光、冬は人肌。
これらをまた来年も待ってるねと言わんばかり
に押し付けてくるので、好まない季節でも
その時ばかりは待ち遠しくなってしまう。

どーせ今年も人肌が恋しいって
後ろ髪引っ張られるんだろうな。

そうならないよう、早いとこ相手みつけよ。

てなわけで、

グッナイ。おっぱい。おやすみ世界。