なんかさよく言われてるじゃん。

歳をとると涙腺がゆるくなるって。

あれ実際のところどうなのよ?

と思っていたんです。

 

この間すき家に行った時にね、

卓上に置いてある紅生姜を見て泣きそうになった。

そう、紅生姜を見て、泣きそうになったの。

 

普通に牛丼と味噌汁を頼んで、運ばれてくる数分の出来ことだった。

牛丼屋のチェーン店とかって注文してから商品くるの早いのに、

その数分で涙しそうになったのよ。

 

なんでだと思う?

その紅生姜に唐突に愛を感じたのだよ。

無料だぜ?ラーメンのネギだってお金を払うのに。

こんなの愛じゃん。企業から送られる愛じゃん。

この卓上に並ぶまでに関わった人たちの愛じゃん。

いや、ネギ無料のラーメン屋もあるよって?

そんなこと言ってるじゃんないんだよ。

その時感じた愛を素直に受け取ろうぜ。

こんな世の中でよー、また諦めずに愛を送ってくれるんだぜ?

素敵じゃないか。泣けるじゃないか。

 

俺はな、あなたに会っても癒えないほどの傷は抱えたくないし、

漠然とした不安で眠れない夜よりも

楽しみすぎて眠れない夜のほうが多くあってくれと思うよ。

だから、ヤマタツが雨を夜更け過ぎに雪へと変えるのなら、

俺は涙を楽しいダンスへと変えてやるよ。

何はともあれみんな笑顔でいてほしいんだ。

 

おやすみ。

 

 

 

眠れない夜に何をするかと言ったら、

特にないのである。
ただ、寝返りの回数が増えていくのだ。

 

そんな夜。
最近開いていなかったラジオアプリを

起動してみたりする。
深夜にリアルの世界で会ったこともない
誰かが話している。

 

一目惚れ主義の私であるが、
初めてのパターンで惹かれた瞬間でもある。
眠気が飛んでいく代わりに、
電波越しに恋心が生まれました。

 

東京のキーステーションとは
もはや距離など存在しないのだ。
しかし冷静になれば物理的な距離はあるわけで。

ただ物理的な距離が縮まるわけではないが、
確かに私は受け取っているという意思表示はできるのだ。
届けたい思いがあれば、こちらから送り返せるのだ。
そう、番組宛にメールを送り続ければいいのだ。
急に小っ恥ずかしくなるタイミングもあるが、
そんな時はアドレスを変えて送るのだ。

 

読まれることもなければ、
本人に気づかれることもないかもしれない。
それでも粛々と綴るのだ。


拝啓

 

時候の挨拶も浮かばないほど、
頭のスペースは埋め尽くされています。
もう前略使えよって感じなんですが、
しっかりと綴ろうとした結果のせめてもの思いです。

 

さて、ある夜長の日にそれは訪れました。
眠れない中、

安心安全の蛍火をわずかでもとの思いで、

ラジオをつけました。
眠ることを諦めなかった自分を褒めてあげたいです。
イヤホンから聞こえてきた声は

蛍火どころではなく、
もうあれはミラーボールほどに

ギランギランしていました。
本来であれば我先と集まり踊り狂ってましたよ。
良かったですね、僕が布団の中にいて。

 

クイズの問が読まれる前に

ボタンを押してしまうほどの速さで
自分の中でピンポーンと鳴り響きましたよ。
それはもうテンション天上げの爆上がり。
鼓動がスピーディーになる感覚。
その時の胸の高鳴りにイヤホンをぶっ刺して
あなたに聞かせてあげたいほどです。
僕はその日、違う意味で眠ることを諦めました。

 

サンボマスターも言っていました。
”昨日のあなたが嘘だとう言うなら、昨日の景色を捨てちまうだけだ”
素敵ですよね。

それほどまでにあなたを全身全霊で肯定する。
声しか聞いたことないのに、
背中からあなたをみたことないのに、
何よりも会ったこともないのに、
そんなあなたにこんなことを思っているんです。
かんたん酢ぅーーーよりも簡単というか単純と言うか。

 

なんなんでしょうかね。

電波を介しているはずなのに、
テーブルを挟んで雑談している、
ソファーに並んで笑点を見て笑っている。

そんな安心感を感じるんですよ。

 

サンボマスターはこんなことも言ってました。
”心の声をつなぐのが これほど怖いものだとは”
怖いはずなんですよ、本来であれば。
でもこうしてメールを送れているのは、
作り出してくれている空気感の

おかげなのかもしれません。

 

最近、昔見た映画をよく見返しています。
同じ作品であっても過去と
現在の自分では

感じ取るものや視点にも変化があり

「あーこれが時の流れか」と成長か衰退かもわからない感情を抱いています。
ただ、時が経ってもこのラジオに向ける感情はきっと変わらないでしょう。

満開の桜が涙の如く散ろうとも、
その先には筏となり得る未来もあります。
一つの花びらも見逃さないように見守っています。

 

いささかおこがましいかもしれませんが、
せめても、削れる心が風で飛んでいかないよう
私は包み込んであげたいと思っています。

 

敬具

 

最近出社の日は毎朝キレートレモンMUKUMIを

必ず買うようにしています。

なぜかと言ったら、

あれを飲んだ後のおしっこって

悪い物全部流してくれてる感覚になるんですね。

身体がスッキリ、顔もスッキリ、加藤浩次はスッキリってな具合に。

 

あの番組終わってちゃってるらしいですね。

加藤浩次は今何やってるんだろうと思って、

「加藤浩次 現在」でググったら

どうやらロン毛になってるらしい。

わいも伸ばそうかな。

小栗旬とかになるかな。

 

クローズの小栗の旬くんかっこいいよな。

クローズ自体はみたことないけど、

かっこいいという噂だけはしっかりキャッチしてるから安心して。

 

憧れられる人は、どれほどの重圧を背負わされるのだろうか。

 

空虚な妄想を膨らませた人からの視線に

何を感じるのだろうか。

君のいない世界などに興味がないという声を

どう受け止め続けるのだろうか。

 

自分で望み、焦がれ、歩み寄ったはずの場所が、

一歩踏み入れた瞬間、

自分のためにしてきた努力が、

誰かのためにへと変わってしまう。

 

憧れの視線を送っていたのに、

向けられる側にまわる瞬間、

それは、ある種の恐怖体験かもしれない。

 

守らなければいけいない物の

大きさに気付き、慄きながらも、

憧れとして立ち続ける彼女たちは何を思う。

 

人が人に向ける純粋な憧れや期待は、

愛でもあるが、時に大きな重荷へと姿を変えるんだなと。

 

 

 

彼は言った。

世界は最初にどんな音が鳴ったのだろうか。

 

彼女は言った。

言葉は口から出る前から腐っているのか、

それとも出てから腐るのか。

 

隣の人は言った。

苦しみや悲しみを吐き出すことは

案外簡単なことだ。

楽しみを発するほうが余程難しい。

 

すれ違った人が言った。

固く結んだ靴紐が緩くなっている気がするが、

気のせいかもしれない。

 

老人は言った。

何を忘れたかは覚えてないが、

忘れたことは覚えている。

 

子供は言った。

最初の一歩は前進か後退か、

あるいは横だったのか。

 

群衆の中の人は言った。

現実味のない現実こそ求めるべきかもしれない。

 

 

 

 

走る走る、師走に乗って走る。

駆ける駆ける、ベルの街頭を駆け抜ける。

まわるまわる、魔法の箒で聖夜の夜を飛びまわる。

 

 

最近、初めてまともに

乃木坂46の曲を聴きました。

久しぶりにアイドルグループの曲に

触れた気がします。

いつぶりにアイドルの曲を聞くやろ?と思い

記憶を遡ってみると

中学生まで時代は戻り、

当時AKBにどハマりしてたことを思い出す。

随分と長い間離れていたものだ。

 

まあ、あの時代を席巻してたし

大多数の人が認知してたから

時代の波に飲まれたせいでハマって

たのかなと思いつつも、いや、

今でもアイドルの需要はあるよなとも思う。

 

自分も歳を重ねて趣味嗜好が変わったのだろうと、

ありきたりなことを考えていたが、

どうやら事態はそんなに甘くなかったらしい。

 

乃木坂の曲を初めて聞いたついでに

MVも見に行ったんやけれども、

オススメで乃木坂のやってる

番組とかも出てくるわけよ。

それをポチッポチッとクリックしながら、

見ていきよったら、もうポチポチが止まらないのよ。

梱包するときに使うプチプチ並みに、

自然に次!次!と新しい動画に向けて指が動くのよ。

つまりはハマってしまったわけです。

 

最初はただ単純に楽しんでみとったけど

ふと我に帰ったの。

その時まっさきに、なんか虚しさというか

限りなく気持ちが落ち込む方に引っ張られたのね。

この画面の向こう側で活躍してる子たちって

もうほとんどが年下なわけですよ。

そんな10代や20歳過ぎたばっかの子達が

何万人もの前でライブしたり、

演技したりラジオ番組やったり

頑張る姿を見てるともう耐えられない。

 

自分のやってることに何か意味があるのか、

世間に干渉できてるのか、

嫌でも考えさせられるのです。

 

歳を取るにつれてアイドルから

離れて行ったのは、趣味嗜好が

変化したとそれっぽい理由をつけて

みたけれど、本当のところは

他人の頑張る姿を見ることに

疲れてしまったせいかもしれない。

 

中学時代はまだアイドルの子達も

同年代や少し上の子たちが

多かった。

そんな彼女らをみて自分も頑張れる、

何かしたいと行動の源に火をつけてもらったり

励まされてたりしていたのかもしれない。

でも、荒んでねじ曲がった今の現状では

もう希望として他人の頑張りや努力を

直視できるほど余裕はなくなってしまった。

 

あぁ、やっぱ真面目に頑張るだけって辛いね。

そこにはタネがないと、続かないよ。

本当に真面目に頑張るだけって、辛いね。

 

晩夏の海に虚しさが漂う。

満ちるが引いてはいかないと思っていた。

波打ち際の波はどこえ帰っていくのだろうか。

水面に反射する月は砕かれて、

青白く染まる広大さに飲みこまれる。

 

大抵の幸福な時間は映画のように切り取られ、

削られてしまうはずだと思っていた。

しかしそこに感じている時は、

どこか流れが緩やかに遅くなる。

不可思議で心地よい日向を浴びているかのような感覚。

科学や理屈では語れない存在だった。

 

良いハンガーのほうに服をかけてあげたい。

3つ入りのプリンの2つはあなたにあげたい。

卵焼きはいつも真ん中を。

些細な気遣いをしたくなる相手。

自分よりもあなたを大事に思う。

 

行きたい場所、食べたいもの、やってみたいこと、

叶えられるかどうかも分からないことを

ここで語り合った時も。

 

まだ暑さは残っている。

潮のベタつきを感じながら、

足跡を辿ってもどる。信じてもどる。

 

 

どうしても泣きたくなる夜があるし、

もうだめだ。と思う夜だってある。

何かに手を伸ばしてみても身が入らず、

どうやっても前向きになれないこともある。

こんなのは誰しもが抱えるものだと思っているし、

明日になればケロッとしているものだ。

 

しかし何ヶ月かに一度、もしかしたら数年に一度かもしれないが、

抱え続けながら過ごす日々がある。

 

これはどうしたものか。

そんな思いを抱えながら、

タバコに火をつける、夜。

月が立つ夜空に息を吹きかけ、

さよならを絞り出してみる。