先日、久しぶりにプリンを買ったんです。

コンビニにあるごく普通のプラスチックに入っているやつ。

そんで家に帰ってスプーンを片手にふと思ったんですよ。

 

プリンのカラメルが付いている方、

あれって「頭」ですか?それとも「ケツ」ですか?

 

世間の人はね、「頭」だと思っている人のほうが多いはず。

お皿にプッチンと出したとき、一番上で黒光しているあの誇らしげな姿。王冠ですよ。あれは。

ショートケーキのいちごと同じポジンション。

つまりトップであり、頭頂部であると。

 

でもね、よく考えてみましょうよ。

 

プリンがスーパーやコンビニの棚に並んでいる姿はどうなんですかと。

カラメルはどこにありますかと。一番下、底ですよ?

 

もしカラメルが「頭」だとするならば、

彼らは工場を出荷されてから食べられるまで、

ずーーーっと逆立ちしていることになりません?

24時間、全員で逆立ち。過酷な環境すぎません?ホラーですよ、そんなもん。

可哀想すぎるでしょ。彼らだって卵と牛乳から生まれた尊い命です。

 

つまり、容器に入っているあの状態こそが、彼らの自然体なんですよ。

リラックスしたスタンディングポーズ。

黄色いふくよかなボディが上で、底にあるカラメルは重心をささえる下半身。

強いて言えば「ケツ」なのです。

 

でも、だとするとプリンをお皿の上にひっくり返して

「わあ、美味しそう」なんて言っているあの瞬間。

あれはプリンにとってどういう状況か。

お尻を天井に向けて丸出しにされている状況なわけですよ。

 

カラメルがついている方をケツとすると

「みて!わたしの黒くて甘いをお尻を見て!」

って強制的にさせているんですよ。

しかもその無防備な状態のケツに容赦なくスプーンを

ぶっ刺すんです。なんか申し訳なくなってくる。

そう思うと右手に持ってるスプーンも微かに震えてくるんですよ。

 

カラメルのほろ苦さは背負った罪の重さなのか。

 

あなたはカラメルが付いているほうは「頭」か「ケツ」か。

どっちだと認識してプリンに向き合います?

 

 

 

諸君。聞いて欲しいことがある。

 

全くもって納得がいかないのだが、

「夏じまい」しようとしてないか?

なにを急いでいるわけ?どこへ行きたいわけ?

なんかの陰謀論ですか?

まだ夏はこびり付いています。

太陽は狂乱のダンスを踊り狂っています。

勝手に終わったことにするなよ。

 

 

なあ、まさかとは思うけど

「そろそろセプテンバーさんをきこうかなぁ。」

とか思ってる?

 

”夏ってだけでキラキラしてた”

???????

待て待て。飛ばし過ぎ。一時停止。なんならバックしろ。

なんで過去のものにしようとしている。

 

”もう少しだけここにいさせて”

???????

ほらみろ未練あるじゃねえか。

全然未練がましいじゃねえか。

 

俺は断固として抗議したい。

まだ夏は終わっていない。

我々はもっと夏を謳歌せねばならぬのだ。

 

祭りへ行け。プールで遊べ。海に飛び込め。花火を見ろ。

夕立を浴びろ。ペトリコールを吸え。ゲオスミンを感じろ。

かき氷を食え。スイカを食え。素麺を食え。

ちなみに唇で麺を食うな。

 

 

そもそも秋ってやつはさ、

あるようでないような、ないようであるような、

実に捉え所が難しい、輪郭がぼやけた季節。

諸君はそれを歓迎しようしている。

 

俺は知っているぞ。諸君の怠惰な日常を。

朝は目覚まし時計を叩き壊さんばかりにして二度寝をかまし、

夜になれば風呂へ行くのを面倒くさがって万年うだうだしているではないか。

それなのに、なぜ秋の到来に対しては、準備万端と言わんばかりに待ち構えるのか。

甚だ不思議である。

 

 

つい先日、ある乙女と遊んだ。

乙女のお目々はぱちくりで、まつ毛はごっつい長かった。

あまりにも長すぎて、まつ毛だけもう秋の入り口に立ってた。

ああ、ダメだよ。行かないでよ。

主人を置いてっちゃってるじゃん。毛だけ抜け駆けしてるじゃん。

剪定して無理やり夏まで引き戻してやろうかと本気で悩んだよ。

 

 

あー8月よ、俺の魂の咆哮を聞いてくれ。

あー8月よ、灼熱の胸にて受け止めてくれ。

 

 

昼間の暑さを吐き出せないでいるアスファルト。

そんな季節に散歩をしていたのです。

へばりつく暑さを乗りこなすように虫が鳴き、

心ばかりの街頭に照らされる道路。

僕の頭の中は一つの輪郭だけで埋め尽くされていました。

 

歌詞に出てくる「君」という言葉が

全て固有名詞に変わり出したとか、

口癖がいつのまにか「君の名前」になるとか、

そんなポエミーなことは言い出さないけれど。

素でそんなこと言えてたら、

この暑さ気にもならないでしょう。

ただ、今の状態からして言えるのは、

俺が米津玄師だったら頸動脈からアイラブユー吹き出してる。

ア、ア、ア、アーイリスアウト!


鼓膜から沁みてくるリズムが僕の心臓まで届きました。思わずステップを踏みそうになっちゃった。

失敬失敬。

 

でもね確かに心は踊っているんですよ。

ただただ送る日常の中で、

なんか少しでもいいなと思ってもらえるように仕草を丁寧にしたり、

言葉の語尾を柔らかくしてみたり、

その程度のことはしてもいいんじゃないのかい?と考えてしまうほどに。

 

移りゆく季節の中で変わらないことがあるとすれば、今の僕にとっては恋なのでしょう。


アスファルトよ冷めないで。

 

 

 

なんかさよく言われてるじゃん。

歳をとると涙腺がゆるくなるって。

あれ実際のところどうなのよ?

と思っていたんです。

 

この間すき家に行った時にね、

卓上に置いてある紅生姜を見て泣きそうになった。

そう、紅生姜を見て、泣きそうになったの。

 

普通に牛丼と味噌汁を頼んで、運ばれてくる数分の出来ことだった。

牛丼屋のチェーン店とかって注文してから商品くるの早いのに、

その数分で涙しそうになったのよ。

 

なんでだと思う?

その紅生姜に唐突に愛を感じたのだよ。

無料だぜ?ラーメンのネギだってお金を払うのに。

こんなの愛じゃん。企業から送られる愛じゃん。

この卓上に並ぶまでに関わった人たちの愛じゃん。

いや、ネギ無料のラーメン屋もあるよって?

そんなこと言ってるじゃんないんだよ。

その時感じた愛を素直に受け取ろうぜ。

こんな世の中でよー、また諦めずに愛を送ってくれるんだぜ?

素敵じゃないか。泣けるじゃないか。

 

俺はな、あなたに会っても癒えないほどの傷は抱えたくないし、

漠然とした不安で眠れない夜よりも

楽しみすぎて眠れない夜のほうが多くあってくれと思うよ。

だから、ヤマタツが雨を夜更け過ぎに雪へと変えるのなら、

俺は涙を楽しいダンスへと変えてやるよ。

何はともあれみんな笑顔でいてほしいんだ。

 

おやすみ。

 

 

 

眠れない夜に何をするかと言ったら、

特にないのである。
ただ、寝返りの回数が増えていくのだ。

 

そんな夜。
最近開いていなかったラジオアプリを

起動してみたりする。
深夜にリアルの世界で会ったこともない
誰かが話している。

 

一目惚れ主義の私であるが、
初めてのパターンで惹かれた瞬間でもある。
眠気が飛んでいく代わりに、
電波越しに恋心が生まれました。

 

東京のキーステーションとは
もはや距離など存在しないのだ。
しかし冷静になれば物理的な距離はあるわけで。

ただ物理的な距離が縮まるわけではないが、
確かに私は受け取っているという意思表示はできるのだ。
届けたい思いがあれば、こちらから送り返せるのだ。
そう、番組宛にメールを送り続ければいいのだ。
急に小っ恥ずかしくなるタイミングもあるが、
そんな時はアドレスを変えて送るのだ。

 

読まれることもなければ、
本人に気づかれることもないかもしれない。
それでも粛々と綴るのだ。


拝啓

 

時候の挨拶も浮かばないほど、
頭のスペースは埋め尽くされています。
もう前略使えよって感じなんですが、
しっかりと綴ろうとした結果のせめてもの思いです。

 

さて、ある夜長の日にそれは訪れました。
眠れない中、

安心安全の蛍火をわずかでもとの思いで、

ラジオをつけました。
眠ることを諦めなかった自分を褒めてあげたいです。
イヤホンから聞こえてきた声は

蛍火どころではなく、
もうあれはミラーボールほどに

ギランギランしていました。
本来であれば我先と集まり踊り狂ってましたよ。
良かったですね、僕が布団の中にいて。

 

クイズの問が読まれる前に

ボタンを押してしまうほどの速さで
自分の中でピンポーンと鳴り響きましたよ。
それはもうテンション天上げの爆上がり。
鼓動がスピーディーになる感覚。
その時の胸の高鳴りにイヤホンをぶっ刺して
あなたに聞かせてあげたいほどです。
僕はその日、違う意味で眠ることを諦めました。

 

サンボマスターも言っていました。
”昨日のあなたが嘘だとう言うなら、昨日の景色を捨てちまうだけだ”
素敵ですよね。

それほどまでにあなたを全身全霊で肯定する。
声しか聞いたことないのに、
背中からあなたをみたことないのに、
何よりも会ったこともないのに、
そんなあなたにこんなことを思っているんです。
かんたん酢ぅーーーよりも簡単というか単純と言うか。

 

なんなんでしょうかね。

電波を介しているはずなのに、
テーブルを挟んで雑談している、
ソファーに並んで笑点を見て笑っている。

そんな安心感を感じるんですよ。

 

サンボマスターはこんなことも言ってました。
”心の声をつなぐのが これほど怖いものだとは”
怖いはずなんですよ、本来であれば。
でもこうしてメールを送れているのは、
作り出してくれている空気感の

おかげなのかもしれません。

 

最近、昔見た映画をよく見返しています。
同じ作品であっても過去と
現在の自分では

感じ取るものや視点にも変化があり

「あーこれが時の流れか」と成長か衰退かもわからない感情を抱いています。
ただ、時が経ってもこのラジオに向ける感情はきっと変わらないでしょう。

満開の桜が涙の如く散ろうとも、
その先には筏となり得る未来もあります。
一つの花びらも見逃さないように見守っています。

 

いささかおこがましいかもしれませんが、
せめても、削れる心が風で飛んでいかないよう
私は包み込んであげたいと思っています。

 

敬具

 

最近出社の日は毎朝キレートレモンMUKUMIを

必ず買うようにしています。

なぜかと言ったら、

あれを飲んだ後のおしっこって

悪い物全部流してくれてる感覚になるんですね。

身体がスッキリ、顔もスッキリ、加藤浩次はスッキリってな具合に。

 

あの番組終わってちゃってるらしいですね。

加藤浩次は今何やってるんだろうと思って、

「加藤浩次 現在」でググったら

どうやらロン毛になってるらしい。

わいも伸ばそうかな。

小栗旬とかになるかな。

 

クローズの小栗の旬くんかっこいいよな。

クローズ自体はみたことないけど、

かっこいいという噂だけはしっかりキャッチしてるから安心して。

 

憧れられる人は、どれほどの重圧を背負わされるのだろうか。

 

空虚な妄想を膨らませた人からの視線に

何を感じるのだろうか。

君のいない世界などに興味がないという声を

どう受け止め続けるのだろうか。

 

自分で望み、焦がれ、歩み寄ったはずの場所が、

一歩踏み入れた瞬間、

自分のためにしてきた努力が、

誰かのためにへと変わってしまう。

 

憧れの視線を送っていたのに、

向けられる側にまわる瞬間、

それは、ある種の恐怖体験かもしれない。

 

守らなければいけいない物の

大きさに気付き、慄きながらも、

憧れとして立ち続ける彼女たちは何を思う。

 

人が人に向ける純粋な憧れや期待は、

愛でもあるが、時に大きな重荷へと姿を変えるんだなと。

 

 

 

彼は言った。

世界は最初にどんな音が鳴ったのだろうか。

 

彼女は言った。

言葉は口から出る前から腐っているのか、

それとも出てから腐るのか。

 

隣の人は言った。

苦しみや悲しみを吐き出すことは

案外簡単なことだ。

楽しみを発するほうが余程難しい。

 

すれ違った人が言った。

固く結んだ靴紐が緩くなっている気がするが、

気のせいかもしれない。

 

老人は言った。

何を忘れたかは覚えてないが、

忘れたことは覚えている。

 

子供は言った。

最初の一歩は前進か後退か、

あるいは横だったのか。

 

群衆の中の人は言った。

現実味のない現実こそ求めるべきかもしれない。

 

 

 

 

走る走る、師走に乗って走る。

駆ける駆ける、ベルの街頭を駆け抜ける。

まわるまわる、魔法の箒で聖夜の夜を飛びまわる。