「ごんぎつね」 は、児童文学家 新美南吉の代表作である。

両親のいない孤独な子狐 「ごん」 は、気まぐれに 村へ出て

来ては、イタズラばかりを繰り返して、村人たちを困らせ、淋しさを紛らわせていた。

そんな ある日、ごんは 兵十が 川で漁をしているのを見て、

その せっかく捕った魚やウナギを すべて逃してしまうという 

イタズラをした。

ところが その 10日ほど後、ごんは 兵十の母親の葬式を

目にした。
そして、あの時のウナギは、兵十が病気の母親のために 必死になって 捕っていたものだったことを知る。

罪の意識にかられた ごんは、せめてもの 罪滅ぼしにと
それから毎日、栗の実や松茸などを 兵十の元へ運び続けた。
しかし、兵十は その届け物を ありがたいとは思いつつも、

ごんからのものとは気づかずに…

ある日 家に入ってきた ごんを 火縄銃で 撃ち殺してしまう…ガーンDASH!

バタリと倒れた ごんに駆けよった兵十の目に 飛び込んで

きたものは、いつものように 土間に かためられた栗の実。

「ごん。お前だったのか…いつも栗をくれたのは…」
しだいに 薄れていく意識の中で かすかに その言葉を聞いた 

ごんは、ぐったりと 目をつぶったまま うなずくのだった。

そんな 「ごんぎつね」 は、
とにかく もう、かわいそうで かわいそうで…あせる
いつ読んでも 胸が痛くなる新美南吉の世界だ。
 

その点 「てぶくろをかいに」  は
子狐に対する 母狐の深い愛を 屈託なく楽しめる作品なので

大好きだ。


 

 

お星さまのように キラキラ光る街の灯りに憧れて
文字どおり 子狐が 「てぶくろをかいに」 行く 物語なのだが

ぼうし屋のおじさんは
子狐が 狐とわかっていた上で
受け取ったお金が本物かどうか、一瞬 いぶかしそうにはするが
やがて 子狐の希望通りに 毛糸の てぶくろを持たせてやる。

なぜ…?

なぜ、このぼうし屋の主人は 子狐を捕まえないのか?
彼は、お金さえもらえれば、どんな相手とも商売するような

男性なのだろうか?

というか、そもそも なぜ母狐は、見つかったら、殺されてしまうかもしれない怖ろしい 人間の住む世界へ
なぜ子狐を ひとりで 行かせたのだろう…?
わが子が 無事に帰ってくるのを 今か今かと 雪の中を 

ふるえながら 待ちながら…

そんな疑問が いくつも 頭の中に浮かぶのだが
読み終えた後は、動物と人間の胸一杯の愛情に 心が ほっこりと温かくなるので 嬉しくなる。

そんな 純粋な狐たちを こよなく愛した 新美南吉のギャラリーは

愛知県半田市にある。 
新美南吉記念館

前回 訪れたのは 2015年で
今と同じように 菜の花が満開の季節だった。
また 久しぶりに行ってみたいと思う。


それと てぶくろ といえば、エウゲーニー氏による 

ウクライナ民話の 「てぶくろ」
日本では、内田莉莎子さんの訳による ロングセラーの児童書だ。

おじいさんが 森の中に落とした 片方だけの てぶくろに、
最初は ねずみが、その次にはカエルが、その次には ウサギが…
と、いうふうに 私も入れて。僕も入れて。
と、どんどん 動物たちが入っていくという物語なのだが

このユーモラスな動物たちの絵本も
なぜか 今の時期に読むと 絵本特有の
ほのぼのとさせるものや ワクワクさせるものは
みじんも感じられなくて…ショボーンあせる

何だか、てぶくろが 隠れ家だったり、シェルターだったりを 

思わせるものがあって 胸が痛い。

作家のエウゲーニー氏が これを書いた時は
よもや 自分の国が ロシアに 攻め入られるなんて
考えもしなかったのではないかと思うが。。

ウクライナを応援するためにも
ぜひ 読んでみてほしいと思う。