2014夏 トルコ・ドバイ駆け足周遊33 ヒエラポリス アンティークプール なぜニワトリ | kuromakuのブログ

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毎日の足跡を、ここに残しています。

前回のつづき

パムッカレ1日現地ツアーの続き。
続いて訪れたのは、ヒエラポリスという遺跡。
紀元前190年に建設されたこの都市は、大部分が地震や風化などで破壊されて
今では廃墟が残るのみですが、それでも古代の雰囲気が残る遺跡として多くの
観光客がここを訪れています。

ヒエラポリス
入口に、かつてのヒエラポリスの全景(想像図)が掲示されていました。
この図を見ると相当な規模の都市であったことがわかります。
ちなみにこの都市が建設された紀元前2世紀は、日本だとまだ弥生時代で
卑弥呼すら生まれていません。・・・と考えると、当時としては相当進んだ
建築技術や文化を持っていたと想像できます。

ヒエラポリス
本当であれば、この中央に見える道の両側にはたくさんの建物が
連なっていたはずなのですが、今となっては痕跡しか見当たりません。

ヒエラポリス
このへんは死者の街「ネクロポリス」。
ところどころ見られる四角い石の箱は、棺桶だったとのことです。

ヒエラポリス
ネクロポリスを抜けて目につく大きな建物が、北大浴場の遺跡です。
もっとも浴場といっても、どこが風呂だったかなんて遠目からではわかりません。
誰の目にも明らかなように崩落寸前、間違っても内部には入れませんし・・・。

ヒエラポリス
つづいて、ドミティアン門。西暦85年に建設。
3連のアーチが美しい形を保っています。
こうしてみると、やはりアーチ形は丈夫な構造なのですよね。


ヒエラポリス
門をくぐって左手に見える建物は、トイレの跡らしいです。
水の流れるところが残っていて、水洗トイレであったことがわかっています。

ヒエラポリス
左手に見えるのが、アゴラ(集会所)の跡です。
柱が若干残っていますが、ほとんど痕跡だけ、といった感じです。
両サイドに立派な建築物が並ぶこの石畳の道は、メインストリートとして
相当に栄えていたことでしょう。

おちゃめなガイドさんと
おちゃめなガイドさんが写りこんでいます(笑)。

続いて、少しだけワゴンで移動し、遺跡プールへ。

遺跡プール
入口のニワトリ像と一緒に写真を撮っている人多数。
でも、なぜ、ニワトリなのか?
説明があったけど忘れてしまった・・・
帰国後ネットで調べたのですが、それらしい理由は判明せず・・・
(誰か知っている人がいたら教えてください)

遺跡プール
遺跡プールは、こんな感じ。
確かに遺跡に水を張ったところをプールにして泳いでいる!

遺跡プール
ちなみに、入場料は35トルコリラ(当時)、日本円にすると1500円くらい。
話のタネに入ってみようかとも思ったのですが、この日が肌寒かったこと、
タオルを持ってくるのを忘れたこと、そして、周りから見るだけならタダ!
だったことから、結局入りませんでした・・・。

遺跡プール
それと、結構混んでます。
なんか、池の鯉が水面でパクパクえさを食べようとしている姿っぽく
見えなくもないな・・・。

遺跡プール
結局、ツアーの参加者はだれも遺跡プールには入らず、
ガイドと一緒に円形劇場に向かったのでした・・・。
(つづく)