2020年8月



天理教には宗教学的に関心がある。 学問的に関心があるというのは価値判断を含まないわけであって私は信者ではありませんし、天理教の信者になれとか言ってるわけではない。

宗教学というのは宗教を客観的に研究する学問で特定の宗教を賛美してはならない。

政治学というのは政治を客観的に研究する学問ですから特定の政治思想に肩入れしてはならない。

いいですか、 特定の政党を批判し続ける 政治学者山口二郎くん。 オウム真理教を賛美して日本女子大を解雇された 宗教学者島田裕巳さん。

さて天理教に関心があるのは二つ理由がある。

一つは私の同年代の友人で大変優秀な方がおられまして京都大学医学部を卒業後天理教の付属の病院に入りました。

最初は変わった病院かなと思ったんですけれど第二京大病院と言われるぐらい立派な病院です。






2番目は母が天理図書館に、さまざまな古文書を調べに行ってお世話になったからです。


天理教というのは天理市にあるから天理教というのではなくてその逆です。

宗教の名前が天理市についているのです。


大体新興宗教というのは病院を作りません。

創価学会さんでも病院を作らないでしょう。 あれだけの資金力がある団体は日本で他にないはずです。創価大学もあれだけの資金力があっても医学部や病院を作らないでしょ。昔から信者と書いて儲かると言われるように宗教というのは資金力が豊富なのですね。

信じれば病気は治るという教義に反するからです。

というわけで実際に行ってみました。

ひどくオープンな宗教です。びっくりしましたけど 皆がお祈りをしてる本殿に自由に入れます。お隣でお祈りをしているその傍で見学してみました。





図書館も信者でなくても誰でも利用できます。( ただし、もちろん国宝とか自由に見せてくれるわけではありませんし中学生以下は利用できないとか制限はあります。)

天理教というのは死後の世界を仮定していません。 死んだら天国に行くとか地獄に行くとかといった教えがないんですね。

 だから生きてるうちに楽しもうこれを陽気暮らしと言うそうです。

しかも天理教は珍しく宗教団体としては財務を基本的に公表していますし各種ボランティアにも協力しています。

https://ichiretsukai.tenrikyo.or.jp/?page_id=130




災害支援にも駆けつけています。

 そこで天理教の本部に入って聞いてきました。ネットで調べたり Wikipedia を見るんじゃなくて直接聞いてくるのが一番ですというのが私の方針です。

人は死んだらどうなるのですか?

死後の世界はありません。 もう一度やり直すだけとのことでした。

死後の世界がない以上は今生きてるこの世を楽しむべきであるとのこと。

結局宗教だろうが哲学にせよ死んだらどうなるかというのが最大のテーマである。

我々はどこに行くのか?そして我々はどこから来たのか?これだけ覚えとけばいっぱしの哲学者気取りになれます。

人間はどっちつかずの不安定が一番恐ろしいわけです。

だから必ず天国に行けるとか断定的に宗教は常に言うのです。

これが8割の可能性で天国に行けるとかひょっとすると地獄かもしれないねと言うと宗教は成立しません。

そして問題はその解釈になるわけです。

天国に行ったらどうなるのか?どうやっていけるのか?この解釈をめぐって同じ宗教同士が争っているわけです。

本当に天国が絶対にあって素晴らしいところであると考え込んでしまいば極端な解釈も成り立ちかねません。

地獄で炎の苦しみを味わうならこの世で少々何をしても許されると考える人も出てくるからです。

どんな宗教でもそうですが後の人間が誰を正当な後継者とするのか?書いてることをどう解釈するのか?で争っていているわけです。


なお以上の考えは私が個人的に聞いた話であっての天理教の公式解釈を伺ったわけではありません。

せっかくですから天理に行ったら天理ラーメンを食べなきゃ。




ごちそうさまでした。

2022年1月26日追加

奈良に行きますととっても気持ちが落ち着きますね。 街並みがとっても日本の原風景として 綺麗なんですね。 でもそれだけではないということに気がつきました。
奈良を旅行してみると パチンコ屋と ラブホテルの看板がないです。

どうりで落ち着くはずですね奈良には条例として規制があるんですね。

パチンコ屋を規制することはできたんですね。