昔、ubqでまとまりの良い学年があった。ぜひ温泉旅行でも行きましょうてなことになった。未成年者がいないことを確認の上、ちょっとした宴会をした.

男子は全員東大生・女子は全員医学生というとんでもない会合になった。

 

元・教え子とはいえ、50代の塾屋のおっさんとどこに好き好んで飲む女子大生がいるはずがないから、合コンのスポンサーにされただけ。真っ先に・・・・医科歯科大の女子が浴衣姿で東大理科3類(初対面:理3生は2人いた)のそばに座って酌を始めた。この合コンの陣取り方はただものではないと思っていたら後に本当に東大医学部の医師と結婚した。

 

私の指導の賜物だ。いまどきねぇ。白馬に乗った王子様が、ある日突然、迎えにくるような女子教育はしてねーよ。

 

 

そんなことは百も承知だから。ドンペリが飲んでみたいというから、それも含めて。すべての費用は私が立て替えたのだが、「おごりじゃねーぞ。貸しだ。十年たったら…倍にして返せ。(利息制限法によりセンサード)これを東大生・医大生ファンドと呼んでいる。

 

もう十年もたったら、社会的地位は向こうの方がはるかに上。貧乏老人が。(たぶん)・・・医大付属病院…部長にお貰(もらい)いしてどこが悪い。ちゃんと、温泉・飲み代を貸しているんだよ。

 

次の日ビタミン剤(医師から処方していただいたもの、勝手に飲んでいるわけじゃない)を飲んでいると理科三類の生徒が馬鹿にして言う。「そんなのは気休めですよ。」

 

小学五年から教えているのだが、知識がありすぎて知識におぼれるタイプ。まだまだ、人生経験が足りないね。だから、最後の教え:それから会っていない。

 

世の中に(特に病人に)気休めほど大切なものがありますか?

はっきり言っておくど。

 

気の休まらない健康な人間と完全に気の休まった病人とどちらが幸せなのか?

 

もう、すべてを受け入れて何の恐れもない体の不自由な老人と、元気だが心に毎日、不安を抱えている若者とどちらが幸せなのか?「今までの人生は、谷あり崖ありだったけど、本当に幸せだった。」と全てを受け入れられる人はもはや患者さんか?病人か?

医師は必要ないだろう。

 

それとも医師の仕事は人間を不老不死にすることか?

 

いずれ死ぬに決まっているのだから、世の中に気休めほど大切なものがありますか?