古書店の集まりで古書市というイベントが岡山市内でも、定期的に開催されます。


魅力は、今では手に入らないような本が手に入ることです。


例えば、今では社会のタブーとなって公には出せない本や、昔は発行できたが今ではさすがにそのまま発行できないような本などが、手に入る可能性がある。


一例をあげてみましょう。



かつて中央公論社の出版した「世界の名著 コーラン」という本があります。

しかしながら、このシリーズはおそらく、現在では入手できないと思われます。

ただし、中央公論社クラシックとして、現在では復刻判の「コーラン」が手に入ります。

さて、これらを読み比べてみると、多少改ざんされているところがあります。

これ以上詳しいことを述べるのは差し控えますが、現在においてはやはり削除すべき記述なのでしょうね。


岡山で古書展が開かれると、郷土の歴史の本が手に入ります。

古い岡山の地図、戦前の岡山の年鑑・・・・・




あるとき、宇垣纒と宇垣一成の間に親戚関係があるのかということを調べようと思い、ある本を買いました。


これはしかし、調べようとした私がバカでした。

1936年時点において、軍人の住所が載っているわけがありません。


もっとも、内田百閒の本に出てくるいろいろな人物が当時どこに住んでいたのか、そういったことは全部書いているわけです。


また、主体(チェチェ)思想研究会の古いバックナンバーを見ていると、当時この学者はこんな無茶なことを言っていたのだ、ということもわかります。


岡山というところは、どうしてもそれほど規模の大きくない街ですから、ある一定方向の特殊な本が並んでいると、どうも、岡山県の有名な方がお亡くなりになったのではないかと思われるケースもあります。


例えば、岡大医学部の記念誌とか、**教授退官記念論文集などが10冊以上あると、岡山大学医学部関係者の医師が亡くなられたのではないかと思われます。

それはともかく、こんなもの売ってもいいのかと思えるものが売っていることさえあります。


**高校名簿(複数)、~~高校同窓会名簿(複数)・50周年記念誌・・・

こういったものがずらっと並んでいたりするのです。


さて、一体誰がなくなられたのか?


おそらく、岡山で長年高校教員をされていた方が亡くなられたのではないかと・・・・・。

目録をみますと、その隣に、「私の教員人生」という本が。(そのあとに実名と経歴が書かれています)・・・



なんとまあ、親不孝な息子だか娘だかがいたものでしょうか・・・。


おそらく御尊父が亡くなられた時、何もチェックしないまま、二束三文で売り払ったのでしょう。



せめてチェックするなり、売る古本屋をわけるなりして処分すればいいのに・・・・・


そう思った次第です。