2021年8月2日


今だから言える畏れ多い話がございます。

元々2014年11月に記事を書きましたけれども公開は差し控えさせていただいておりました。



昭和天皇実録の誤りが2021年7月になって報道されていますが元々は2014年11月の話になります。


以下日付を気をつけてお読みいただければと思います。


下の記事で誤りが新たに2000箇所発見されたと書かれています。








その時に一旦記事を書いたんですけれども下書きにさせていただきました。

下の部分が今まで公表できなかった当時の記事です。








2014年 11月


≫ 宮内庁の風岡典之長官は23日の定例記者会見で、今年8月に天皇、皇后両陛下に奉呈(提出)した昭和天皇実録の本文に誤りがあり、訂正すると発表した。天皇陛下の指摘で判明したという。宮内庁は正誤表を作って対応するとともに、来年3月から順次発行する公刊本では修正した文章を掲載する。

 誤っていたのは、昭和天皇が徳仁(なるひと)親王(皇太子さま)の誕生を喜び、「はじめての皇孫」と題する御製(和歌)で詠んだ場面。実録では昭和35(1960)年7月1日に東宮御所としたが、正しくは同年8月6日に那須御用邸(栃木県)の場面だった。

 誤った部分を引用した新聞記事を読んだ陛下から、「那須御用邸における情景を詠んだものではないか」と指摘があった。御製には「山百合の花咲く庭に」とあるが、陛下は山百合の情景が那須御用邸を指すのではないかなどと思ったという。宮内庁が当時の記録を調べるなどして誤りと判明した。実録の編修担当者の思い込みが原因という。

 風岡長官は「十分な検討を行わずに誤った記載をしたことを、私から両陛下におわびした。他には大きな間違いはないと信じている」と話している。(毎日新聞より)


太字は引用者による。



これをご指摘されたのは毎日新聞によると天皇陛下でございます。


陛下のご下問に恐懼。


これは失礼なことだとなりました。


この時点では他に大きな間違いはないと信じていると宮内庁長官がおっしゃっていますがそれから新たに間違いが発見された訳です。



そこで私がなぜ公開を控えておったか申し上げます。臣籍(文学的表現でございます)にあるものとして恐悦至極でございます。


上皇陛下がお読みになっている新聞がわかりました。