■ここからは、話は変わる。

 

長野県政下において、財政は極めて危機的な状況に陥ったことは事実です。

 

 

 

それではなぜ、長野知事は在任中、県南を中心に、普通科(進学)高校ばかりを多く新設したのか?


 

一方的な非難はしたくありません。

 

長野士郎氏が在任時に書かれた「桃の咲くころ」(出版社・日本文教出版株式会社、昭和50年発行)という本を読んでみました。

その179ページから180ページにかけて、次のように書かれています。


 

 

『高等学校の新増設論がかまびかしい中で、実業課程の高校をという意見はまず皆無の状態で、高校の新増設といえば普通科高校に決まっている。理由は簡単明瞭で、普通科高校は大学進学に最も有利というか、実業科の学校に進む者は大学入試の受験科目について授業時間が普通科の場合より少ないので、受けにくいところにある。』 (以上、同書179ページより引用)


 


 

本来は多様な進路を確保するということで、実業科高校からの大学進学への道を開くべきであり、それによって新設普通科高校を抑制すべきではなかったのではないか、とも考えられます。

 

しかしながら、大学受験の制度は、地方自治の管轄ではありません。

 

 

地方自治の神様と言われたほどの、超エリート県知事だけのことはあります。

 

現在の岡山県の教育レベルの低下には、ここから始まったのです。例えば、長野氏は、私立高校の普通科は眼中になかったようです。県立の進学校を抑制して私立高校に、大学進学に役割を任せるという発想はなかったようです。

 

もちろん、岡山では「普通科=進学校=県立」

 

という土壌があったことは事実ですが、県民の希望を、そのまま実行するだけなら、知事は必要ありません。

 

 

 

今では芳泉高校も立派になったようです。マンションやビルも立ち並びました。文教地区だそうです。

 

ここである一期生のお話。卒業して県外の大学に進学、その後、海外勤務を経て、岡山に久々に戻ってきた。毎日車で通っている所に高校がある。こんなところに高校があったの?って思ったら・・・・しばらくしてカーナビをつけたら母校だった!