海外に旅行する場合には、いわゆるパックツアー(「募集型企画商品」、以下「パック旅行」)と、個人で手配する個人旅行とがあり、それぞれいい点と悪い点があります。
パック旅行は旅行会社にすべてお任せをするわけで、きわめて簡便安全であります。
したがって、言葉の問題など、何かトラブルがあった時は、旅行会社の添乗員にすぐに相談できます。
一方、個人旅行においては、自分ですべて調べ、ホテルの予約、飛行機の予約…等をすべて行わなければいけませんから、非常に大変なものになります。
また、パック旅行でなければ行くことが難しい地域や国というのも存在するわけです。
たとえば、ロシアにおいては、予めクーポンでホテルを予約することが入国の条件になっています。
旅行代理店をとおしてホテルを抑えることが、入国の条件になるので、個人旅行は難しいものとなります。
また、私が以前ミャンマーに行ったときには、個人旅行がほとんど不可能で、さらに、国際携帯電話も通じませんでした。
さて問題は、パック旅行しか体験していない人が、その経験だけをもとに、行った先の国や地域の文化を判断してしまうことです。
私の友人で、添乗員をされている方が、自嘲的に、こんなことをおっしゃっていました。
「日本人の国際理解を阻害するものは、パック旅行である」と。
なかなか意味の深い言葉であると思われます。
まず、日本人がグループ(10人でも20人でも)で海外旅行に行った場合、それはどこまで行っても日本人社会の縮図であり、そこで、日本人的サービスを要求し、さらにその要求が通ってしまうことです。
ひとつの例としては、
「朝食 バイキング形式」
などとパンフレットに書かれている場合があります。
けれども、この「バイキング」という言葉は、完全な和製英語であり、外国では通用しません。
正確には、「smorgasbord」と呼ばなければならないわけです。
とはいえ、朝食はバイキングと一部の旅行パンフレットには書いていますし、お客さんが添乗員に「朝食はバイキングですか?」と聞いてきた場合に、添乗員が「それは通用しない言葉だから使わないようにしてください」などと注意をすることは、絶対にありえないわけです。
海外においてパック旅行のお客様で一番多い苦情というのは、ホテルで風呂のお湯が出ないとかぬるい、ということだそうです。
しかしながら、もともとヨーロッパでは、熱いお風呂に入る習慣というのはあまりなく、たいていの人はシャワーで済ませますから、バスタブに入ってゆっくりするという習慣はあまりないようです。そんなわけで、少なくともヨーロッパのエコノミー・ホテルにはバスタブはついていません。
しかしこれも、風呂のお湯がぬるいと言われたら、日本人のお客さまに謝るわけです。
こんなこともありました。
ある国で、グループ客がビールを注文しました。
その際、日本人のある男性が、「ビールグラスが出ていない」という苦情を言いました。
私は英語がわかりますから、レストランのスタッフが添乗員に話すのを聞いていると、
「いや、ビールグラスは出てるよ。ガラスコップは2つある。1つはミネラルウォーター用、もう一つがビールグラスだ」と言っていました。
日本人は、ビールグラスというと、
このようなグラスのことを言うと勘違いしているようですが、それは観光客が喜ぶからであって、ドイツやベルギー、オーストリアであっても、普通のグラス・コップでビールを飲んでいる人はいくらでもいます。
ところで問題は、その後の添乗員の対応です。
「申し訳ありません。すぐにビールグラスを用意します」
と言って、上の写真のようなビールグラスが出てきたというわけです。
2番目に、パック旅行というのは、きわめて特殊な日本人向けの旅行をしているということです。
極端なことを言えば、日本人用ホテルに泊まり、日本人用レストランで食べ、日本人向けの観光地を案内されているわけです。
ところで、パック旅行においては、現地の旅行会社が身元引受人となって旅行をしていることが多いのです。
たとえばアルバニアとかアゼルバイジャンにおいては、日本から来たお客様というのは、とても大切な外貨獲得のためのお客様です。
一般に東欧諸国においては、勤労者の平均月収が2万円とか3万円と言われております(*)。そういった国において、一人数万円ものお土産を買ってくれる日本人のお客様が毎日毎日、何十人、何百人とくるわけです。
それはもう、大変ありがたいお客様であって、反日的な言動や、差別的な言動をすることはありません。満面の笑顔で大歓迎してくれるのは当然です。
しかも現地では、同じ旅行代理店が引き受けていますから、日本国内のどの旅行会社をとおしても、大体同じような行程になるわけです。
そして、現地旅行会社は、その国の認可を受けていたり、許可制であったりします。
ガイドというのも、政府公認の、あるいは資格のあるガイドだったりします。
中には、日本から来た添乗員がガイドをできないという規定をしている国もあるぐらいです。
ですから、どの国に行っても、自国の文化を強調し、自国はいかに他国などにひどい目に遭わされたかを強調するわけです。
たとえばベトナムに行けば、ベトナム戦争の遺跡であるとか、いかにベトナム戦争で苦労したかを延々と語られ、そういう記念館に連れて行かれます。
アゼルバイジャンにおいても、旧ソ連によっていかにひどい目にあわされたか、という展示にあふれた追悼施設に連れて行かれます。
ナチスのホロコーストについても、ポーランドのオシフィエンチム(ドイツ語名「アウシュヴィッツ」)国立博物館に行くツアーが多くあります。なお、以前にも書いたことですが、アウシュヴィッツというのはドイツ語名ですから、歴史的呼称としてはともかく、現地では使わないことをお勧めするが、やはり、注意する添乗員は一人もいません。
一方、ドイツ国内にも、ナチスドイツが行ったユダヤ人の強制収容所というのがあります。
たとえばミュンヘン郊外のダッハウというところに、有名な収容所がありますが、ドイツに行くパック旅行で、ダッハウに行くツアーというのを、私は聞いたことがありません。
(Konzentrationslager Dachau)
上はアメリカ合衆国にあった戦前の黄禍論にもとづく日系人強制収容所に連れて行かれる日系人。ここで亡くなられた日本人の追悼施設に案内するツァーも聞いたことがない。
次に、どうしてもその国の名勝や観光地に連れて行きます。
ドイツのフランクフルト中央駅の地下を夜に通ってみると、ジャンキー(麻薬中毒者)が注射器をもって、ひっくり返っている。そういうところを私は何度も見たことがあります。ロンドンでもパリでも、スラムはあります。
しかしながら、そういったところには、どのパック旅行でも連れて行くことはありません。
パリに行って、ここがパリのスラム街ですと、パリで最も汚い場所です、と言ったことは、考えられませんね。
また、ドナウ川というと、大変きれいな、美しい川のように思っていらっしゃる方もいましょうが、それは、最もきれいな、例えば、川沿いにちょっと小高い丘の上に古いお城が並んでいるような、そういう場所を観光用にピックアップしているわけです。
実際には、ドナウ川の沿岸の一部工業地帯近辺では、ドナウ川というのは本当に「ドブ川」で、両岸はコンクリートで覆われているわけです。
(*)アルバニアの国民の平均月収が2万円であると説明されたから「それは、おかしい。今、街でたばこやビールの値段を確認したが2万円で生活できるはずがない」と反論したら、農村部では自給自足の生活の方がいくらでもいるので、それは収入は0と計算されるからだとの事であった。
