国語力は数学に限らず、全ての教科の基本である、だから小学生の段階では全てを国語教育に費やすべきである。これは私のような塾講師に限らず多くの専門的な数学者も肯(がえ)んじている事だ。

 

ところが、これは説明しづらく誤解されやすい。

 

 

私がこのことを塾や小学校の現場で申し上げると、あわてて問題集をやらせる保護者がいて困る。

 

なかには(文章題も長いのがありますからねぇ文章題も)などと見当違いのことをいう教員もいる。

 

数学・算数には国語力が必要であるといってもそれは難しい漢字や言葉を知っているかではない。また国語の成績とも余り関係がない。

 

 

そこで言語操作能力と言い換えると今度は、じゃあ、小学生から英語を習わせたらいいのかしらといわれて、またまた辟易する。仕方がないから記号操作能力といったりもしてみた。やけでシニフィエ操作能力といったこともある。

 

 

ただ、塾講師も長く続けていると保護者への説明もうまくなる。

 

 

お母さん。いいですか。算数ってコトバなんですね。だから算数の基礎としてのコトバの勉強って凄く大切なんです。

 


 

ところで、数学というのは一見、論理的な学問だと思われている。低学年では論理性を養わないといけない。そのためには非論理的な文章を読ませなければならない。非論理的というのは支離滅裂な文章のことではない。私が昔から塾の数学で読み聞かせているのは漱石の夢十夜である。

 

文学作品を数学の教材といってとりあげている。これは多くの専門的な数学者は肯んじていないようだ。

 



 


 

(上ではカタカナで『コトバ』と書いていますね。漢字の『言葉』とカタカナの『コトバ』はどう違うのでしょうか?これが私の言う国語力の一例です)