「生きたい」とも「死にたい」とも思えない。
ずっと、そんな感情の空白の中にいました。
暴力が日常だった頃、「死にたくない」と言った長男。
対照的に「死にたい」と言った次男。
彼らの言葉を、当時の私は理解することができませんでした。
私自身は
「死にたくても死ねない」
しか知らないのです。
極限状態の中で、条件反射のように体が勝手に動いてしまい、
長男に一度だけしてしまった幼稚な虐避。
その罪悪感は今も消えません。
母性が脳にインプットされてからは身を挺して彼らを守り抜きましたが、
私自身の「生」への実感は、息子たちが自立するまで「死ぬわけにはいかない」という義務感だけで生きてきました。
多くの友を失いました。
生きたくて堪らなかった友。
女である自分を失い絶望した友。
「命を交換できるならいいのに」と本気で何度も願いました。
なぜ、神様は私を連れて行ってくれないのか。なぜ、私にだけ悪夢を見続けさせるのか。
今まだ感情が欠落したままですが、
まだ私が「何かしないと連れて行ってはくれないんだ」と。
唯一の感情、諦められなかった捨てられなかった歌を唄うこと、創作を再開し始めました。
小説家になろう 投稿している小説の曲を数日後にyoutubeへ出す予定です。
https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/3004170/
ボイトレで大分鍛えておりますが、中々昔のようにはいかないけれど、
今の自分を出していこうとしております。
管理が煩雑になってしまったため、アメブロでの更新はお休みとさせていただきます。
これからは、過去の重みを抱えたまま、新しい音を紡ぐ場所として「note」へ移ります。
もしよろしければ、新しい私を聴きに来ていただけたら幸いです。
では、また。

