サゴちゃが席を立つと、
ハチやん は 身を乗り出し、
僕に 尋ねた。
ヒデさん は
ホモ でっしゃろ?
決して 大きくはないが
よく通る声だった。
周囲の 客の
何人かが、こちらを見た。
隣のテーブルのカップルが
目で 笑い合い、
うつむいた。
肩が プルプル震えている。
えっ!?
ホ、ホモ???
ぼ、僕がですか?
僕は 突然、
身の危険を感じ、
反射的に、
丹田に力を込め
肛門 を堅く締め、
中村天風師 おすすめの
クンバハカ の体勢を取っていた。
あ、ちゃう!
ちゃうねん、ちゃうねん!
そっちの ホモ やのーて、
「種(しゅ)」の話やねん。
「スピーシーズ」の事ですねん。
ヒデさんは
ヒト族の中の
ホモ・サピエンス
ちゅう「種」に属しとる
現生人類やんねー?
ちゅー意味やねん。
かんにんな、
言い方悪かったわ。
僕は、ホッとして
恐る恐る
肛門を 緩めた。
あ、そっちですか?
ジブンではそう思ってますが。
せやな、
それならそれでええねん。
いや、最初に
言うといた方が
ええと思うてな。
ヒデさんとワテらは、
「種」が違うチュー事やねん。
種が違うと、どうしても
コミュニケーションが
行き違いがちやからな。
あと、生きとる次元も、
ちょっとちゃうねん。
さっき言うた通り、
ワイは 8次元、
八次元の意識で生きてんねん。
相方の サゴちゃんは
3次元から5次元をいったり来たりしとる。
ほんで、
ヒデさんが生きとんのは
四次元時空や。
せやから、
お互い、
ちょっと感覚がちゃうと思うねん。
ま、そのへん頭に入れて
つきおーて欲しいなと思うねん。
ま、それだけやねん。
かんにんな。
変なことゆーて。
サゴちゃんが、
両手にトレーを軽々と持って帰って来た。
小さめのテーブルに
乗り切れないほどの量だった。
ビッグマックセット三人分、
ナゲット、
あと、
なぜか
トールサイズのコーラが 3つ。
笑いながら ハチやんがツッコむ。
どんだけ飲むねん!
サゴちゃん、ほんま
コーラ 好っきゃなー!!
当たり前やろ!
コーラ(甲羅) は手放されへんねん!
・・・カッパ だけに。
サゴちゃんは 立てた親指で
自分の背中を指差しながら答えた。
サゴちゃんの声を
ぼくは、
この時、初めて聞いた。
サゴちゃんの
少しハスキーで
色気のある声は、
なかなか
チャーミングだった。
RCサクセションの
チャボ、
仲井戸麗市の声 を思い出した。
こんなもん、豚が食うもんちゃう!
カッパが食うもんや。
ビッグマックから
器用に引き抜いた ピクルスを
サゴちゃんのビッグマックの上に
ペタペタと貼り付けながら、
ハチやんが また話始める。
ところで、
ヒデさん、苗字は何さん?
あ、僕ですか?
松井 です。
松の木の松 に
井戸の 井。
うぐっ!
ビッグマックにかぶりついていた
ハチやん の動きが急に止まった。
肩の筋肉が硬直しているのが
Tシャツの上からでもよくわかる。
サゴちゃんの右肘が、
ハチやんの左脇腹を
軽く突っついた。
ま、まつい
やて!?
お、おまえ、まさか・・・
人とは、
いや、
豚とは、
こうも、突然
豹変できるものなのだろうか?
先程までの 和やかさは
微塵もなかった。
変わって、
殺気 と言ってもいい
強烈な闘気 が
テーブル越しに
僕の方に押し寄せて来た。
松井って、ほな おまえ、
松井の ヒデ ちゅーことか!!
ハチやんの声は 険しく、
少し震えていた。
ヤバいな・・・
そら、あかんわ。
サゴちゃんが つぶやく。
そ、そ、その次はなんやねん?
ま、つ、い、ひ、で、
の次は何や?
ゆーて聞いとんねん!
はよ、言えや!
この語調の関西弁は
かなりの迫力と
威圧感がある。
僕は、訳も分からず
答えた。
ヤ です。
はっ?
ヤ かいな?
ホンマやろな?
ウソはあかんで。
まさか、ホンマは
キ
ちゃうやろうな!?
はい、
ヤ です。
松井ヒデヤ が本名です。
ぷはぁ〜〜。
ハチやんは
全身の力が抜けたのか
背もたれに くたぁーっと
もたれかかったまま、
焦点の定まらない目を
中空に向けていた。
しばらくして、
気を取り戻したのか、
やっと口を開いた。
めっちゃビビったわ〜
たのむでー
ヤ かいな
ホンマ、脅かさんといてやー
キ やったら、
えらい事やったでー
友達になれへんとこやったわ。
ジブンの名前、
飛び道具 やな。
ギリ セーフったわ。
ハチやんは
アイスコーヒーに saiちゃんを
ドボドボ 入れて、
一気に飲み干した。
ホンマ、ギリや ギリ!
ギリ、セーフや
せやけど、まあ
安心したわ、
松井 ヒデ ヤ でええねんな。
うなずく僕に、
無口なサゴちゃんも話しかけた。
ハチやんのリアクション
ちょっと大袈裟過ぎやったな。
びっくりしたやろ?
せやけど、ヒデさん
こらえたってな、
コイツ 豚のクセに
めっちゃ虎キチで、
ゴジラ松井には
トラウマありまくりやねん。
解ったってな。
サゴちゃんは
優しく説明してくれた。
ま、大事にいたらんでよかったわ。
名前聞いて、
こんなにビビッたん初めてやったわ。
紙ナプキンで額の汗を拭う
ハチやんにも、
元の和やかさが戻っていた。
そっか、
で、歳はいくつやのん?
今年、還暦を迎えました。
か、還暦!?
還暦いうたら、60やんか!
ジブン、まだ 2桁なんか?
僕が答える度に
ハチやんは いちいち
大袈裟に驚く。
その様子が、逆に
僕は
面白くなっていた。
これも、芸人特有の
トークなんだろうか?
60才 言うたら、
まだ 首も座ってないんちゃうか?
それに、こんなとこで
大人が飲むコーヒーなんか
飲んどったらあかんがな。
いや、
ヒデさん ちゅうのは
「若作りしたジジイ」 言うて
三蔵姐さんが言うてはったから、
てっきり
三桁 は行ってんのかな思うてたわ。
そうかいな、
ジブン、まだ 60才かいな。
病的に若いな。
ナウなヤングやんけ。
若すぎやわ。
年齢低すぎ
ワカスギくんや!
そしたら、呼び名も
変えな あかんがな。
ヒデ坊 や。
これから ジブンの事、
ヒデ坊 言うて
呼ばしてもらうわ。
先程、ハチやんが釘を刺していたのは、
こういう事だったんだ。
彼らとは、種 が違うのだ。
当然、年齢に対する感覚も
違うのは無理もない。
彼らはいったい、
いくつなんだろう?
好奇心のままに
ハチやんに聞いてみた。
ハチやんはいくつなんですか?
ジブンなー
豚に 歳聞いたらあかんわ。
そら、失礼やわ。
自分から人に歳を聞いておいて、
自分は語らない。
ますます
オモロい豚だ。
僕は質問を変えた。
芸人仲間で
同期はどのあたりですか?
せやなー、
今は皆んな 芸人やめたり、
死んでもーてるから、
ヒデ坊知らんと思うけどな。
師匠は、
チャイナ漫才の
コーシローシ師匠 や。
コーシ師匠から ツッコミ、
ローシ師匠から 大ボケ
教えてもろたな。
それと、
同期ちゃうけど、
若手の
MIKKYO ちゅうコンビがおったな。
よー 舞台で一緒やったわ。
青空スカイシー と
天台モストクリア
の若手コンビや。
ええコンビやったけど、
しょうもない事でケンカしよって、
コンビ解散したんは残念やったな。
なんとなく、
彼らの年齢がわかるような気がした。
彼らの年齢は、
四桁 いっているかもしれない。
それにしても、
二人に会って、
まだ 30分足らずだが、
これまでの会話の流れの中で、
ハチやんは、
巧妙に僕との力関係を
コントロールしている。
初めは 低姿勢で
敬語だったが、
話す内に、ごく自然に
僕に対して
マウントを取りに来ている。
彼らの優位は
先ほどの
年齢の話で決定的となり、
僕の呼び名は、
ジブン とか
ヒデ坊
で落ち着きそうだった。
僕にとっても、
その方が
居心地がよかった。
それは それとして、
三蔵姐さんは
いったい なぜ
彼らを僕に
会わせてようとしたんだろう?
あらためて
ハチやん を見た。
いまさらながら
派手な いでたちだった。
ふと
Tシャツの文字が
目に入った。
す、そ、い、お、ん
確かにそう読める。
今まで気づかなかったが
極彩色のプリント柄に、
すそいおん の 五文字が
さりげなく かくされていた。
ヒデ坊、
ワイのTシャツ、
めっちゃ見てくるやん。
ハチやんが
僕の視線に気づいた。
ヤバい思ーてんやろ。
オシャレすぎる
思ーてんのとちゃうか?
「この人、
芸人ゆーてはるけど
パリコレのモデルさんちゃう?」
ゆうて 疑ごーてるんちゃうか?
な、それぐらい
カッコええやろ?
ハヤタ画伯 作や。
かんまま塗り やねん。
一点物やねん。
字ぃーのとこに
プラチナ入ってんねん。
ハヤタ画伯の
かんまま塗り は
鮮やかな 色彩の光を
放っていた。
色彩は 光に乗って
僕らの
思考の防衛網 を
なんの苦もなく
すり抜ける。
何か分からないものが
何か分からないままに
僕らの意識の奥深くにある
何か分からないものを
ダイレクトに揺さぶるのだ。
そんな事を考えながら、
僕は
先ほどの疑問を
投げかけてみた。
ねぇ、ハチやん、
三蔵姐さんは
なぜ、
何を考えて、
僕に会うように言ったのかな?
会わせようとした理由は
何なん?
で、出たぁ~~~っ!!
ホモサピエンスあるある!
ハチやん と サゴちゃん は
手を叩き、顔を見合わせて
笑い転げた。
ヒデ坊、
ホモ中のホモ やな~~~
キング オブ サピエンスや!
もしかしたら、ジブン
ホモー1 (ワン) グランプリ、
優勝 イけるんちゃう?!
今度の ハチやんの声は
かなり 大きかった。
周囲の目は、
一斉に 僕に注がれた。
なあ、ヒデ坊、
人に会わせるのに
理由はいらんやろ。
人に会うのにも
理由はいらん。
どうしても
理由いるんやったら
会わせた後や
会うた後に
考えたらええのとちゃうか?
ヒデ坊の 今の質問、
ホモ・サピエンスのクセ やねん。
ホモ癖(へき) やねん。
ホモ・サピエンスあるある やねん。
豚 と 河童 は
まだ笑っている。
三蔵姐さんは
なんか分からへんけど
「ヒデ坊に会うてみ」言うたんや。
ワイらは、
何か分からへんけど
ほな、会うてみよか。
思うたんや。
ほいで、さっき 車の中で、
何か分からへんけど
ヒデ坊に電話してみよか。
思うたんや。
そしたら
何か分からへんけど、
こうして会うて
話しとるんや。
ええやん。
パーフェクトやん。
何も問題ないやろ?
いや、むしろ
めっちゃスムーズ やろ?
僕は、なんとなく
腑に落ちた様な気がした。
そうか、
彼らは、
賢きアホ
なのだ。
なーんにも
考えていないのだ。
僕らホモサピエンスとは違うのだ。
思考ではなく、
彼らは、
何か分からへんモノ によって
行動しているのだ。
エサを得るために
何処へ行くべきか?
を考えるのではなく、
きっと、
彼らが 行ったところに
ちゃんと エサ があるのだ。
彼らとは
たぶん、
そう言う「種」なのだ。
この、ヘンテコな「種」と
話していると、
今まで 当たり前に
考えていた
ホモサピエンスという「種」も
なんだか
ヘンテコ に
思えてくるのだった。
笑
第14章 「次元の壁」へ続く
最後まで読んでくださって、ありがとうございます💗



