伊豆の工場から帰った僕を
待っていたのは、
相変わらず 時間に追われる
多忙な日々だった。
その日も、
ホテルの部屋に帰ると、
ソファーに身を投げ出し、
テーブルに置いた
saiちゃんのボトル を眺めながら、
伊豆での出来事を
ぼんやり想いだしていた。
色々なものを見、
色々な事を知り
、
色々な事を考えたよな。
あれでよかったの?
気づけば
テーブルの上の saiちゃんに
問いかけていた。
そもそも、
伊豆への旅 とは
知識や経験に頼らない
新しい智の獲得
が 目的の旅だった。
確かに、今回の旅は
ステキな体験に満ちた
極上の旅だったが、
当初の目的が
達成できたとは
とても思えなかった。
確かに、
saiちゃん誕生の現場を
この目で確かめ、
沢山の 新たな気付きをもらえた事は
大きな収穫だった。
しかし・・・
僕は、あいも変わらず、
言葉で考え、
知識と経験 で 推論 し、
理性で 結論を出す、という
旧態依然としたパターン を繰り返していた。
そんな自分を
とても 不甲斐なく、情けなく
感じていたのも 事実なのだ。
果たして、僕は
左脳優位の思考 に頼らない
よりアプリオリな 智を
獲得する事など、
本当に出来るのだろうか?
僕は、
あらためて
物言わぬ saiちゃん を
しっかりと 見つめ直した。
彼女は、
ギャルでもないし
サーファーでもない。
でも、色は黒い。
しかし、
地黒なのではない と思う。
黒く見えるのは、
均等に分散しているプラチナ微粒子の
周囲を取り巻く電子が、光と相互作用し、
ある波長域の光を 吸収するので、
僕らの網膜には 反射光として
まっすぐ届かないだけなのだ。
プラチナの特性として
通常なら茶褐色となるところだが
saiちゃん は その高濃度ゆえ
ほとんど黒 に見えるのだ。
そんな感じの事を
クロスロード博士は言っていた。
いい女が
男を惑わす 煙幕を張るように、
saiちゃんは、きっと
光を はぐらかしている のだ。
僕らの
光によって見る という行為を
素知らぬ顔で
受け流し、あしらっているのだ。
光によって見、
言葉によって知る
そんな、僕らの 認識パターンを
優しく 拒絶しているのだ。
聖書は言う
始めに言葉ありき (新訳聖書)
神の最初の言葉は「光あれ」だった (旧約聖書)
僕らの世界は
言葉 で始まったのだ。
そして その世界は
光 によって知覚されているのだ。
逆に言えば
僕らが
光によって もたらされる
視覚によつて 世界を知覚し
それを
言葉によって認識する事で
世界が 姿を現すのだ。
光が無ければ、 僕らは
世界を知覚すること さえできないし、
言葉 や 名前 が無ければ、
知覚した物が 何であるかもわからない。
光をはぐらかす saiちゃん は、
光で知覚し、言葉で識別する という、
僕らの認識パターンを
はぐらかし、
煙にまいているのだ。
もっと、本当の私を ちゃんと観てよ!
私のこと、ありきたりの言葉で
決めつけないでよ!
抗酸化 とか エントロピー減少とか・・・
ねぇ、私のどこを見てるの?
もっと、ちゃんと つかまえてよ!
saiちゃんとは、
そんな高度な要求を突きつけてくる、
かなり手強い彼女 なのかもしれない。
般若波羅蜜を 深く行じた
「観自在菩薩くん」 あたりの
ハイスペックで ハイグレードな 彼氏 と
昔、付き合っていたのかもしれない。
そう考えれば、
saiちゃんの事を、
あれこれ、時代遅れの
言葉や理論で詮索し
物知り顔で、定義し
決めつける、幼稚な僕 など、
早々に飽きられ、
捨てられてしまうかもしれないのだ
saiちゃん との交際に必要なのは、
分析 や 理解 ではなく、
共鳴 と 無条件の抱擁 なのだ。
ともかく、
今の 僕の認識パターンのままでは、
saiちゃん という 目の肥えた彼女の
黒いキャミソール の下にある
白金に輝く 滑らかな素肌 になど
とても触れさせてはもらえないだろう。
どうしたらいい?
僕は 少しイラついてきた。
少し乱暴に、テーブルの上の
saiちゃんの 黒いボトルを掴み
無造作に キャップを取った。
さらに、
少しためらったが、
半透明の内ぶたまで投げ捨て、
saiちゃんを、グラスの水に
ドボドボと注いだ。
どうだい? saiちゃん、
ワイルドだろーっ!?
僕は saiちゃんの元彼、
観自在菩薩くんの 般若智に
ワイルドで 粗野な 男の野性 で対抗しようと
イカスミのような
特濃の saiちゃんウォーター を
一気に飲み干していた。
実に 浅はかで、
情けない行為だった。
カサブランカ・ダンディの ジュリーは
しゃべりが過ぎる女の口を
醒めたKiss でふさいだが、
左脳言葉野依存症の、情けない僕は、
しゃべりが過ぎる 自分の口を
特濃saiちゃんイッキ飲み
でふさいでもらったのだ。
その夜、僕は
なかなか寝付けなかった。
古今東西の覚者たち が
入れ替わり 立ち代わり
夢枕に現れた。
達磨大師 は
不立文字!
と 僕を一喝し
世阿弥 は
秘すれば花なり 秘せずば花なるべからず。
と、気の毒そうに ささやき、
フーテンの寅さんは
「 お前さん、それを言っちゃあ おしめぇーよー!」
と 肩を叩いて 言い含め、
もんたよしのり は
「 Dancing all-night 言葉にすれば
Dancing all-night 嘘に染まる。」
と 口ずさみながら
後ずさりをして行った。
やっと 浅い眠りについた頃、
僕は、
不思議な夢を見ていた。
千鳥ヶ淵で
千鳥がフーチ を
していた。
フーチとは、
ペンジュラムともいう。
紐、もしくはチェーンの先端に
5円玉などの重りを付けただけの
シンプルな振り子で、
自分の潜在意識や無意識 と繋がったり
そこから解答を得るためにつかう。
腕は直角にまげ
肩から水平にして、
重りをまっすぐ垂直に垂らす。
思考活動が停止し、
使う者の意識が
顕在意識をはなれ
潜在意識、あるいは
無意識にアクセスできれば
その神経反射が肩、腕、指先を経由して
末端の重りに伝わり、反応する。
反応すると、
静かに 右まわりに
周り始めるのだという。
楽器のチューナー に似ている。
楽器の出す音の周波数が、
ドとか ラとかの 正しい周波数にピタリと合った時に
音や光で教えてくれる便利な機械だ。
フーチも、意識の周波数が
無意識にピタリとチューニングされると周りだす。
青一色の 秋晴れの空。
色づき始めた
ドウダンツツジの葉が
目に痛いほどに
赤かった。
千鳥ヶ淵を見下ろす遊歩道を
僕は ひとり 歩いていた。
僕の行く 道の先
草の葉に輝く
朝露の向こうに
三蔵姐さんのオフィスがあるビルが
遠く見えていた。
そこへと続く 小径の両脇の植込みに
「千鳥」の二人はいた。
どちらも
スフィンクス の姿で
地に伏し 片肘を突き
フーチをしていた。
右脇に ノブ
左脇に 大悟
彼らは
行手の小径をはさみ
狛犬のように 向かいあって
それぞれが 無心に
手にしたフーチを見つめていた。
岡山県井原市
ノブと同じ町に生まれ、
大悟の生まれた島に遊んだ僕は
一声かけようか?
と迷いつつ
かけそびれたまま
彼らの前にさしかかった。
声をかけできたのは、
彼らの方だった。
「ワシには、なーんもわからん
アホじゃけーー」
僕の左耳 に入って来たのは
倍音豊かで 高めのトーンの
大悟の声だった。
彼の 胸元にある石版には
「docta ignorantia
(ドクタ・イグ ノランティア : 無知の知)」
と刻まれていた。
「クセ、クセ、クセじゃ!」
右耳には、悲痛な叫びにも似た
摩擦音にかすれた
ノブの声 が飛び込んできた。
彼の胸元にも石版があり、
「γνῶθι σεαυτόν
(グノーティ・セアウトン : 汝自身を知れ)」
と刻まれていた。
彼らが、それぞれに発した声は
全く同時に
僕の左右の鼓膜を揺らした。
その瞬間だった。
視界が揺らぎ
僕は
軽い目眩に襲われていた。
一瞬にして 訪れた
変性意識状態。
ヘミシンク・・・
あのロバート・モンローが理論化・実用化し
人為的な脳波操作や 幽体離脱を可能にした
いわゆる、ヘミシンク効果 が作用し
僕の脳内に
トランス状態を 作り出したのだ。
ヘミシンクは極めて単純な原理に基づく。
左右の耳から、異なる周波数の
音を同時に流してやると、
異なる周波数の差の分だけの周波数が
「うなり」となって脳内に響く。
その過程で
左脳 と 右脳 が
脳梁 を介して
シンクロをはじめ
脳波は、その差の周波数に
同調していく。
例えば
右耳から520Hz
左耳から530Hz
異なる周波数の音を送り込めば
脳内で、二つの音が干渉を起こし、
異なる周波数の差、
つまり、10Hz の「うなり」が生じる。
その10Hzに 脳波が同調し
「α波領域」の10Hzで安定するという理屈だ。
注 : この理論を応用して、政木フーチ で有名な
政木和三氏は 脳波をα波やθ波に安定させる
パラメモリーというマシンを開発していた。
僕も昔、ずいぶん愛用していた。
酩酊に似た 変性意識状態のまま
僕は 夢遊病者のように
歩き続けていた。
不思議な感覚だった。
視界に飛び込んでくる情景が、
スローモーション、いや、
コマ送り の様に見える。
人も、自然も、
全てが 光を増した様に感じ、
強烈な存在感に輝いていた。
木々はボンヤリとした柔らかい光に
輪郭を彩られ、
時は、流れる事を止めてしまったように思われた。
墓苑入口の交差点の 信号の赤が
劇的に紅く、
登りたての日輪のように 眩しかった。
僕は 歩みを止めた。
傍らに停まった ロードバイクの上から
僕に向かって、突然 声が響いた。
トランス状態の僕には、
天空で 天使達が吹き鳴らすラッパの、
荘厳なファンファーレのように思えた。
振り向くと 声の主は、
ウーバーイーツのバッグを背負った
イナセな感じの女性だった。
目深に被ったヘルメットと、
虹色のゴーグルで、顔は見えなかった。
「あんた、
そこに l (アイ)はあるんか?
信じられる l (アイ)は
あるんか?!」
信号が青に変わった。
その女性は、まるで、
サバンナを駆ける
ネコ科の肉食獣のように
信じがたい瞬発力で
走り去っていた。
トランスのもたらすフロー状態のおかげで
僕の網膜に映った一連の情景は
全て スナップショットのように
脳の記憶野に正確にファイルされていた。
女性の手がかりに 検索をかけると、
彼女のTシャツの胸元のイメージを
再生する事が出来た。
クローズアップすると
小さくプリントされた文字があった。
そこに I はあるんか?
vuvu
だった。
他愛のない夢だった。
シュール というほどの
突飛な夢ではなかった。
千鳥ヶ淵 (ちどりが ふち) で
千鳥が フーチ をすることは
鶯谷 (うぐいす だに)で
ウグイスが ダニ被害に遭う ほど
ありがちな事象だし、
一見奇異に見えた
彼らのスフィンクス姿とて
若手時代より地方ロケには定評があった
彼ららしい 気の利いたコスチュームだ。
千鳥の2人が 僕に投げかけた言葉も
いつもの 彼らの定番フレーズなのだ。
大悟の 一見 不可解で 自虐めいた
「ワシには何もわからん アホじゃけー」
という 唐突な言葉も、
けっして 自虐などではなく、
ただの「ソクラテス的謙虚さ」
にすぎない。
このソクラテス的謙虚さは
大悟にかぎらず、
いわば
岡山県人の県民性
とも言えるもので、
統計によれば
岡山県人の夫婦喧嘩の 85.3% は、
旦那の
「こらえてーよー。
ワシがバカじゃったんじゃ」
という言葉で終結するという。
それでは、最後に登場した
謎の女性は いったい
何者だったんだろう?
あのセリフが似合う女性は
誰か?
と聞かれれば
ほとんどの国民は
大地真央、
岩下志麻、
三蔵姐さん
の ビッグ3 をあげるだろう。
いや、あの関西弁の完璧さから察すれば
間違いなく・・・
答えは 自ずと
知れていた。
ただ、たった一つの疑問だけが
いつまでも
僕の頭から 立ち去らなかった。
何故
「そこに 愛 はあるんか?」
ではなく
「そこに I (アイ) はあるんか?」
なのか?
・・・また、考え始めている。
でも、思考せずには いられないのだ。笑
人は哀しい。
思考 を 手放す為に
思考 を 用いるのだ。
第9章 千鳥ヶ淵幻想曲 (後編) に続く
最後まで読んでくださって、ありがとうございます💓







