僕らは
博士について
工場の裏山の小径を登った。
回遊式の日本庭園のような
手入れの行き届いた
気持ちのいい小径だった。
途中、道端の平地に
子供の背丈くらいの
金網の筒が立っていた。
上から 中を除くと
小さな苗木が植えられていた。
桜 ですか?
博士の背中に聞くと
博士は振り返り
ええ、桜です。
そうしとかないと、
鹿が新芽を食べちゃうんです。
笑いながら そう答えた。
博士が大切に育てた
この桜の苗木は
やがて、巨木となり
何年かすれば
満開の桜が この城の春を
美しく 彩ることだろう。
そして、同じように
博士が見守り育て続ける
あの
プラチナコロイド達も
やがて
いつの日か
大きく育ち
巨木の梢のように
世界中に 枝を広げ
人々の未来を
明るく照らすに違いない。
しかし、
桜も
そして
彼らの プラチナコロイドも
巨木に育つまでが
大変なのだ。
育ち始めた幼い木は
芽吹き始めた新芽は
人の 知恵 と 愛情 と
そして 情熱 で
大切に守り
育ててやらなければならない。
僕らは
少し登った所にある
書院風の茶室で
しばらく涼をとった。
畳の間で座卓を囲む。
吹き抜ける 山の風が
心地よかった。
モノではなく、
「空間」を主役にした
日本建築の中にいると
風 にさえ
人格 を感じるような気がした。
ひとときの
静かな時間を楽しんだあと、
僕らは再び、研究室に向かった。
途中、
大きな石を組んで作った滝が
勢いよく水飛沫を上げていた。
僕は何気なく
ちらりと
一瞥を投げかけた。
視線が釘付けになった。
次々と流れ落ちる水
その背後には
地面と垂直に立てられた
巨大な長方形の岩があった。
板状に切り出された、
黒味がかった
見事な一枚岩だった。
「モ、モノリス!・・・」
すぐに、あの
「2001年宇宙の旅」を思い出した。
1968年に 巨匠スタンリー・キューブリックが
製作・監督した
壮大なスペース・オデッセイ。
今も色褪せないSF映画の金字塔だ。
映画に登場する
漆黒の巨大な石版
「モノリス」は
宇宙の果てに存在する
ある高度な知性が
ある意図に基づいて
宇宙に放った
「進化をもたらす物」
として描かれている。
そのモノリスそっくりな石板が
なぜ ここに?
inovex の裏山に
あるんだ?!
宇宙空間を漂い
旅をするモノリスは
太古の地球に飛来した。
まだ道具の使用さえ知らない
サルの段階の霊長類が
それに遭遇する。
モノリスに触れた
人類の祖先。
その瞬間から
彼らの 進化のスピードは
劇的に加速を始め
やがて
人類の文明は
月への飛行を可能にするまでに
進化をとげる。
人工の滝の
水飛沫の背後に立つ
黒味を帯びた板状の巨石は
まさに、その
モノリス
を想起させた。
鳥肌が立つような衝撃が
僕の身体を貫いた。
高度に進化した科学技術で
月を探索する人類は
月の地中深く
明らかに
意図的に埋め込まれた
モノリス
を発見する。
人類と モノリスの
400万年ぶりの再会だった
そして
掘り出され、
太陽の光を受けたモノリスは
宇宙のある方向へ向けて
強力な電波を発し始める。
それは、
人類の進化が
月にまで到達したことを
知らせる合図だった。
電波が向かう先にあったのは
遥か彼方の「木星」だった。
その惑星こそが
人類がさらなる進化 の為に
向かうべき
次なる目的地だった。
息を飲む様な
見事な映像美の中
そんな物語が展開していく。
ヤバい!
ヤバすぎる!!
トキメキがとまらない!
僕の
ここ最近の出逢いを
振り返ってみれば・・・
光と音を放つプラチナ
それに関わる
不思議で、魅力的な人たち
時空の狭間にそびえ立つ
浮世離れした 白金の城
そのなかで
回転しながら受胎の瞬間を待つ
ガラスの子宮たち
そして
その背後で全てを見守る
謎の人物
白金居士・・・
そして 今度は
モノリス!
僕の前に
次々に展開する
謎 の連鎖 に
爆上がりするテンション!
それを押さえつけることなど、
とても、
できそうにない気がした。
僕の脳内の ニューロンは
高速で発火をはじめ、
この
「モノリスの滝」
に秘められた謎を
どうにか
探りだそうとしていた。
僕は
記憶の片隅に眠る
この映画のストーリーを
さらに呼び戻そうと
目を閉じた。
ボーマン博士たちを乗せた
宇宙船ディスカバリー号は
木星へと旅立つ。
木星を目前にして、
宇宙船を制御する
コンピュータHALの
人工知能が反乱を起こす。
壊滅的ダメージを受けた宇宙船。
宇宙に一人残される
ボーマン博士。
そして
木星の衛星軌道近くの
宇宙空間で
再び 彼は
モノリス に遭遇する。
途端
彼は次元の裂け目に引き込まれる。
まるで
ウォータースライダーのような・・・
目まぐるしく点滅する
光のトンネルをくぐり抜けながら
激流の様に
さまざまなビジョンが
博士の視界に流れこんでくる。
目まぐるしく
網膜を通り過ぎていく
極彩色の洪水
刺激的で
サイケデリックな映像が
しばらく続く。
突然、
静けさの中に現れる
ルイ王朝風の室内空間。
シュールレアリスムの絵画
を思わせる
不思議な空間の中、
ベッドの上で
ゆっくりと
老い 衰え
命の終焉に向かう
ボーマン博士
そこに また
あのモノリスが現れる。
ゆっくりと
手を差し伸べる博士。
突如、
彼は
光に包まれた胎児 に変貌する。
人類を超越した
光の胎児、
スター・チャイルドへの
トランスフォーメーション(変容)
新しい存在形態へと
羽化した彼は
胎児の姿で
太陽系へと戻り、
宇宙空間から
まるで
物思いに耽る様に
地球を見下している。
そして
その瞳には
青い地球が映っている。
なんとも シュールな
後半の展開と
ラストシーンだった。
しかし、今
あらためて
この映画を思い返してみれば
不思議な感慨が込み上げてくる。
僕も
きっと
このモノリスに導かれて
ここに 来たのだ。
そして
僕の 到着を感知した
モノリス は
きっと
僕が向かうべき
次の目的地へと
信号を送り
さらなる旅へと
僕を
導いてくれるのだ。
人類の未来への希望を載せ
木星へ旅立った
ディスカバリー号の
デザインは
「精子」をモデルに
イメージされたという。
木星を目指した
人類の旅とは、
新たな進化を果たし
より高度な存在へと
生まれ変わる為の
受胎への旅
だったのだ。
木星で待ち受ける
未来の存在形態の
「鋳型」を宿した
宇宙の子宮 を目指し
人類の進化への意志 を乗せた
精子の形の宇宙船
ディスカバリー号は
地球を後にした。
一つ
興味深いエピソードがある。
ディスカバリー号が向かった天体は
映画では 「木星」 だったが、
アーサー・C・クラークの原作では
「土星」 だったのだという。
占星術の解釈を借りれば
木星とは「拡大と発展」
の象徴であり
土星は
「革命、突然の変化」の象徴
とされている。
「拡大や発展」は
現状の延長としての未来
を前提とし
「革命や突然な変化」は
現状を覆(くつがえ)した先の未来
を前提としている。
ある意味、
両者は、真逆なのだ。
キューブリック監督は
なぜ原作を変更してまで
人類を
土星 ではなく
木星 へと
向かわせたんだろう?
なぜ
「革命、変革」ではなくて
「拡大、発展」へと
向かわせたんだろう?
このことに 僕は
かなり
重大な意味を感じてしまう。
いつもの、僕の
妄想から来る
行き過ぎた解釈かも知れないが、
映画が発表された
1968年ごろの世界は
当時の科学や社会システムの
延長線上に
「輝かしい未来」を
夢見てたのではないか?
当時の科学や社会システムが
そのまま拡大、発展していけば
人類は さらなる
素晴らしい進化を遂げる
と気楽に夢想してたのではないか?
映画製作の2年後に
日本でも万国博覧会
が開催された。
あのお祭りの象徴、
「三波春夫さんの厚塗りの笑顔」
のような、
危ういほど楽観的なムード
からも それは推測される。
余談だが、
「お客様は神様です!」
という 三波春夫さんの決まり文句。
神の玉座 に
大自然や 創造主ではなく、
確かな判断基準や
永続可能なビジョンも持たない
『消費者』とい う新たな
ワガママな神 が
鎮座し始めたのも その頃からだった。(笑)
一方、
原作者のアーサーCクラークは、
真逆の意味をもつ土星へと
向かわせていた。
土星の意味する
革命、変革 とは、
今の、日本の新内閣が打ち出す
「新しい資本主義」のような、
「クラスメイトの
上履きを隠すイジメ が、
ハーモニカを隠すイジメ に変わる」
くらいの
基本構造そのままの マイナーチェンジ
ではなく、
天動説が
地動説に変わる
くらいの
コペルニクス的転換、
パラダイムシフト
を指すのだと、僕は想う。
目的地を土星に設定した
背景には
「人類の築いて来た
今の文明の延長線上に
輝かしい未来はなく、
人類は更なる進化の為に
既存の構造や概念や、前提を覆す
革命的な洗礼を受けなければならない。」
そんなビジョンがあったのではないか?
彼の様な
天才的な作家や
アーティスト、
そして
一部の卓越した科学者には
時として
直線的に進行する
思考や論理の展開とは
無関係に、
何の脈絡もなく、
突然
神託 にも似た
インスピレーションが
訪れる時があると言う。
アインシュタイン は
それを 夢の中で、
キュリー夫人 は
それを 虫の知らせで、
そして
ニュートンは
それを
落ちてんじゃねーよ!
引っ張られてんだよ!!
という リンゴの声から
感得したという。
クラーク氏が 行き先を
土星に設定したのは
その類いのインスピレーション
に由来するのかも知れない。
あるいは
現在、人類が抱える
深刻な問題。
無軌道な発展の先に
見え始めてきた、
破滅へのシナリオ。
永続可能な文明のあり方へ
根本的な軌道修正を施さなければ
数十年後の未来さえ危うい
そんな
今の地球の危機的現状 を
あの時代に すでに
予見していたのだろうか?
そういえば 映画の中で
目的地を間近にした彼らに
反逆し、絶望的な
ダメージを与えたのは、
彼らが 作り出し
全幅の信頼を置いていた
コンピューターだった。
宇宙飛行や、
乗組員員の生命維持にかかわる
全ての制御、オペレーションを
一任していたコンピューターに
謀叛を起こされては
人類は ひとたまりもない。
暴走する 人工知能は
「飼い犬に手を噛まれる」
どころじゃ済まされない、
シャレにならない事態を引き起こす。
物質文明の未来への危惧は、
わりとベタな設定の中に
込められていた。
科学においても
社会においても
人類は
何か大切なモノを
見落としている。
いや、
知覚出来ないのか?
認識できないのか?
それとも、
経済発展や
権威主義の為に
無視し続けて来たのか?
物資という概念、
現象という概念、
空間という概念、
意識という概念、
認識という概念、
そういった、
現在の科学の根底にあって
科学を支えている概念自体を
もう一度 根底から見直し、
覆(くつがえ〕さない限り、
未来の
進化の先にいる新人類と
僕らの間に横たわる
は埋まらない。
そのための 力 は
木星ではなく
土星 にあるのだ。
拡大 ではなく
革命 にあるのだ。
立春に始まった、僕の
2021年宇宙の旅。
僕らは
「2001年宇宙の旅」の教訓
を踏まえ、
行き先を
木星 から
土星 へと変更し
再び、あの
精子のカタチの宇宙船に
乗り込み
旅立つのだ。
精子を旅へと送り出す
頼もしき男性器の先端 を
日本では古くから
「鈴口(すずぐち)」
と言い習わしてきた。
鈴 とは、
その口から
鈴の音 という 涼やかな
「神を呼び起こす 聖なる音霊」
を発し、
さらに
精子のフォルムの宇宙船を
進化の旅へと放つ
希望のラウンチパッド(発射台)
なのだ。
あの ボーマン博士は
死に向かう まどろみの中で
モノリスとの
最後の遭遇を果たした。
そして、あの
イエス・キリスト の様に
物資的な肉体を超えた
新たな、進化した生命体へと
復活と再生を果たした。
この ドラマティックな 復活劇は
いづれ 僕らが
最後の審判の日 を迎える時
僕らの身にも
再現されるのかも知れない。
沈みゆく太陽の傍(かたわら)で
宵(よい)の明星が
その輝きを増すように、
この旅の果てに
何かが 死に
そして 同時に
何か が生まれるのだ。
土星の守護神
クロノス が目覚める
夜明けの晩 に
再生の為の タナトス
と
受胎の為の エロス が
再会を果たすのだ。
sai という
プラチナコロイドは
この進化の旅で
いったい どんな
役割を果たすんだろう?
僕らが 進化を果たす為
乗り越えなければならない
洗礼の荒波。
それを乗り越える為の力を
sai はどんな形で
与えてくれるんだろう?
今の僕には
全く わからない。
神秘思想によれば、
プラトン立体と呼ばれる
正多面体のなかで、
プラチナコロイドが形作る
正二十面体 は
「女性性」と「水」
を象徴するといわれる。
資本主義、権威主義・・・
今までの、
男性性(火)に偏重しすぎた
人類の社会構造。
それを中和し、
バランスを取り戻すには
対極にある
女性性(水)の力 が必要であり、
まさに その力を
正二十面体 が担っている。
プラチナコロイドの
正二十面体に宿る
女神(めがみ) と
水神(すいじん)の
ちから が
発動する時、
人類は
バランスを取り戻し、
『火』と『水』の両性を具有する
火水(かみ)へと
進化を遂げるのだろうか?
さあ、そろそろ・・・
その
女神 と 水神 が
あの
回り続ける
ガラスの子宮の中で
聖なる受胎を
開始した頃だろうか?
僕は、振り返り
歩き始めた クロスロード博士と
孫ちゃんの後を追った。
第8章 「二人の女神」に続く
最後まで読んでくださって、ありがとうございます💓









