翌朝 僕は
川音と野鳥のさえずりで目を覚ました
温泉に浸かり
しばらく テラスで
コーヒーを飲みながら
ぼんやり過ごした。
関東地方に停滞していた
線状降水帯も 彼方に去り
素晴らしい天気だつた。
久々の 温泉宿を満喫した僕は
身支度を整え
鏡の前で 例の
す、そ、い、お、ん
と言う 意識高い系男前儀式 も済ませた。
宿を出て 時計を見ると
10時 だった。
その日は修善寺の駅で
孫ちゃんと落ち合う事になっていた。
待ち合わせ時間は13時だった。
駅までの移動時間を差し引いても
まだ かなりの時間がある。
僕は あらかじめ目星をつけておいた
美味そうな蕎麦屋を 2件もハシゴした。
その内の一件は 特に素晴らしかった。
ワンコイン、500円玉1つで
打ちたての十割蕎麦を食べさせてくれた。
茹で上がった蕎麦を ふたつに分け
まずは 岩塩だけで 一椀
ふた椀目は、おろしたての山葵と
ネギ、鳥天、岩海苔を添え
関東にしては少し甘めの出汁をかけて・・・
シメは 追加した ネギと岩海苔の上に
注ぐ 熱いポタージュのような蕎麦湯。
全てがパーフェクトだった。
壁を埋め尽くす
有名人達の写真からも
その店の人気ぶりがうかがわれた。
幸せな 満腹感の中
僕は 修善寺駅に向かった。
駅には着いたのは
待ち合わせ時間の30分前だった
早く来すぎたかな?
駅のベンチに座り
孫ちゃんの到着を
のんびり待った。
頭の中には まだ見ぬ
秘密の研究所の 勝手なイメージが
あれこれ 浮かんでは 消えていった。
まもなく約束の時間 というタイミングで
三島からの電車が ホームに到着した。
僕は 野鳥の会の会員の様な用心深さで
改札に向かう乗客の中に
孫ちゃんの姿を探した。
しかし、孫ちゃんの姿を見つけ出すことは
結局 出来なかった。
改札を抜ける最後の客を確認し終えて
僕は再びベンチに腰を下ろしかけた。
その時、
不意に 後ろから
ヒデさん!
と呼ぶ声がした。
ふりむくと・・・
そこには
いるはずのない
孫ちゃんが 立っていた。
不覚だった。
完全に 背後をとられていたのだ。
なぜ?
いつの間に?
・・・驚くべき 手練(てだれ) の技だった。
げっ! テメェ いつの間に!?
うろたえたが、
平静を装い
懸命に 笑顔を作る。
背筋を 冷たい汗が 一筋 流れた。
もしも、あの時
無防備な膝裏に 渾身の膝カックン でも食らっていたら
僕の膝は崩壊し
その後の旅を断念せざるを得なくなっていただろう。
混乱の中で、僕は考えた。
「面妖な・・・
もしや このおなご、
くの一(くのいち) やも 知れぬ」
微笑む彼女の 眼差しの奥に
尋常ではない鋭い光が潜む事に
その時、僕は 初めて気づいた。
そう言えば・・・
何やら金属の様な物を仕込んだ
不思議な黒いベストを羽織る彼女の姿を
過去に何度も目にしていた・・・
あれはもしや 鎖帷子〔くさりかたびら〕だったのか?
なぜ気づけなかったんだろう!
くちおしい!
僕の 挙動不審な様子をクスクスと笑う
彼女に向かって
僕は精一杯の威厳を込めて言った。
おお、もう着かれておったのじゃな。
では、参りましょうぞ!
修善寺駅裏のロータリーに行くと
お迎えの車が 既に待っていてくれた。
丁寧にも
僕らに気づくと、研究所スタッフの男性が
わざわざ車から降りて挨拶して下さった。
ディーンさんという長身の男性だった。
サングラスが爽やかに似合う、
ラフで スポーティな ちょいワル といった感じの
紳士だった。
茅ヶ崎あたりの 潮の香りがした。
ディーンさんは
気さくで、スマートな会話上手だった。
話が弾んだ
でも、僕の頭には先程の
孫ちゃんくのいち疑惑 の一件が
こびりついて離れなかった。
今まで 僕は 彼女の素性について
詮索したことなど 一度もなかった。
ましてや この時代に
「くノ一」だなどと・・・
でも そんな疑いの目で
記憶の糸を手繰れば 手繰るほど、
思い当たる節は いくつもあった。
まず、孫ちゃんの故郷は山形県だが
山形は、あの戦国武将 伊達政宗 の故郷でもある。
一般に 彼は仙台のイメージが強いが、
実は 孫ちゃんと同じ 山形県の出身なのだ。
そして、政宗は「黒脛巾組(くろはばきぐみ)」という
私設の 忍者集団 を抱えていた。
脛巾(はばき)とは
足のスネを保護するために巻きつけたもので、
脚絆(きゃはん)と呼ばれるものを指す。
現代で言えば サポーターだろうか。
黒い脛巾は その忍者集団のトレードマークだった。
僕は、孫ちゃんが その 黒脛巾と思われる
謎の黒いサポーターを 膝にまいている姿を
何度も目撃している。
しかも 彼女の接客スタイルは
お客様の傍に うやうやしく片膝をつき、
口許を隠しながら耳打ちする という
とても丁寧なものだ。
迂闊にも、見逃していたが、
これは・・・
忍者のスタイルそのものじゃないか!
そして
以前孫ちゃんに紹介された あの三蔵姐さんの
出身地はなんと!
あの 伊賀上野 なのである。
伊賀上野といえば、言わずと知れた
伊賀忍者集団の本拠地に他ならない。
しかも、
三蔵姉さんのオフィスのある場所が 半蔵門
半蔵門 といえば、言うまでも無く、
かつてその周辺を警護していた伊賀忍者の頭目、
服部半蔵 の名に由来する。
点と線とが完全につながった!
もう疑う余地はない
やはり 孫ちゃんは
女忍者 くノ一 なのだ!!
そんな妄想 に耽るあいだ
僕らを乗せた車は、
林を抜け、
渓流沿の街道をたどり、
段々畑の坂道を登り
研究所の駐車場に着いていた。
木漏れ日が 眩しかった。
車を降り、
ディーンさんに案内され
木立を抜けると
そこには 予想だにしなかった
驚くべき光景が拡がっていた。
城・・・
じゃないか!!
まぎれもなく そこには
白壁の天守閣が そびえていた。
タイムスリップしたような感覚に
眩暈をおぼえた
研究所という名前から、
僕は 何やら
近代的で無機質な建造物を
勝手に 思い描いていた。
そのイメージは
完全に裏切られた。
エントランスの両側には
桜の木が葉を茂らせていた。
左の木に比べて
右の木は はるかに大きく
生命力に溢れていた。
傍で 孫ちゃんが
しきりに首をかしげていた。
何かを 訝(いぶか)しがっているような
そぶりだった。
孫ちゃんは 右の木を指差し
ディーンさんに尋ねた。
ねぇ、こっちの木
成長がやたら早くないですか?
孫ちゃんは 過去に何度もここを訪れているので
庭木の成長の違いに気づいたんだろう。
ディーンさんは ニッコリと笑い
優しく答えた。
ああ、それですか
以前、不要になったプラチナコロイドを
その木の根元に流してた事があったんですよ。
その答えに孫ちゃんはずいぶん感心した様子で
しきりにうなずいていたが、
その時の僕には まだその会話の意味が
うまく理解出来なかった。
ディーンさんによれば
今日は城主の 岩城伊豆守(いわきいずのかみ)様は
所用があり不在との事。
名代として クロスロード博士 という方が
応対してくださるということだった。
聞くところによれば
城主の岩城伊豆守様 は
不思議な力を持った方らしく
一部の人々からは
「白金居士(はっきんこじ)」
と言う異名で呼ばれ
ずいぶんと敬愛を集めているという
居士といえば
戦国の世に名を轟かせた
果心居士という幻術師 が有名だが
果たして
白金居士のもつ不思議な力とは
いったいどんなものなんだろう?
僕は仕事がら これまでの人生で
不思議な人や現象には
人一倍 多く出会って来た。
テレパシー、サイコキネシス、空中浮揚、
予知、チャネリング、宇宙人との交信、
過去生、病気の瞬間治療・・・
どれも一般的な感覚では不思議とか怪しいとか
人智を超えるものとして扱われるものだが
そんな現象や能力の
科学的、理論的な研究、解明を
ワイフワークとし、生業ともしている僕にとっては
どれもみな説明可能で
不思議さなど微塵も無い。
近年の科学、
とくに量子学、宇宙物理学、
トランスパーソナルな心理学、
脳科学の進化は目覚ましく、
それらを駆使すれば
ほとんどの 不思議 は
思議 で解明できる。
僕が興味を惹かれるのは
白金居士なる人物が
どのような経緯で
なぜ、なんのために
その 不思議 といわれる力を授かったのか?
という点だった。
キリストも、仏陀も、空海も
確かに 不思議な力を持っていたのだと思う。
でも
彼らの力は
ちっぽけな我欲を満たす為にではなく
全て
人類の救済、意識進化 のために
天から 授けられ、
そして 使われたのだ。
人智を超えた 未知の不思議な力とは、
人類進化の 流れの先端に
先駆的に、突然変異的に現れ
未来に向けて 人類や 人類の意識を
進化の方向へ と導く為に
授けられ、使われるべき力
であり、
いずれ 進化を果たした人間にとっては
既知 となる力
なんだと
僕はそう強く 信じている。
僕らは
ディーンさんの後について
城内へと 足を進めた。
石段を 登ると
玄関があった。
扉の前には
白衣をまとい
知的で 誠実そうな微笑みを浮かべた
クロスロード博士 が立っていた。
第5章 「 クロスロード博士 」 に続く
最後まで読んでくださって ありがとうございます 💓



