植物を栽培していて、ふと思いました。植物って一体何だろう
と…。
「植物」とは、いったい何でしょうか![]()
「植物」とは、一般に草や木など、根が生えて固定的な生活をしているような生物をいう。動物と対立する区分。広くは維管束植物(種子植物、シダ植物)・コケ植物・藻類、原生生物の一部を含める。生物分類学上は植物界のこと。(広辞苑より)
植物はとても生命力があります。言い切っちゃいますよ。
切ったところから根が出たり、落ちた種が、翌年にはまた芽吹いてきます。自分の芽を出したい時が訪れるのを、じっと静かに待っています。場合によっては何年も。いえいえ、千葉公園の大賀ハス
は、何と地下6Mから発掘された、2000年も前の古蓮の実を発芽させたものが始まりです。スゴイですね~![]()
その強さの源は何であるかと考えました。
そして、「光合成」という素晴らしいシステムを思い出しました。
「光合成」とは、主に葉緑素をもつ食物が、光のエネルギーを用いて、吸収した二酸化炭素と水とから有機化合物を合成すること。(広辞苑より)
栄養を自分でつくるんですよ。それも、動かないでね。
植物様
恐れ入ります![]()
↑これは去年の種が落ちたものが、いつの間にか芽を出していたシソです。これは、「自生」と言えると思ったのですが…。
「自生」とは、人為に頼らず天然に生じ、生活し続けること。自然性。野生。(広辞苑より)
また、
「栽培」とは、食用、薬用、観賞用などに利用する目的で植物を植え育てること。または魚類の養殖。(広辞苑より)
水や肥料をあげて世話をしたら栽培ですから、上記のシソも、完全に栽培でした。とは言え、この人工的な作業によって、いろいろ学んでおります。
自生には植物と動物の区分はないので、野生の動植物は、みんな自生していると言えますね。
では、植物と対立する区分の「動物」の定義って何でしょう![]()
「動物」とは、一般に植物と対置される。運動と感覚の機能をもつ生物群をいう。生物分類学上は動物界をいう(以下省略)。(広辞苑より)
話はちょっと変りますが…
私は肉食をしません。子供の頃から食べられないので、ほとんど肉類を食べたことがありません。
でも、ラーメン屋さんに行き、お肉抜きのメニューを頼んでも、汁に鳥や豚のエキスが入っていることは知っています。
うどんやおそばを食べれば、つけ汁にはカツオのエキスが入っています。
また乳製品は大好きです。
ですから、厳格なヴィーガンとはほど遠い食事です。
後天的に刷り込まれた思想による非肉食ではありません。自分の食事のルールをつくったこともありません。自発的に、食べられないもの、食べたくないものを食べないだけです。
しかし、他人様に、ベジタリアンを勧めたことは、一度もありません。
だって、私自身が、食事に対し偏見や差別を受け、子供の時からずっと辛い体験していますからね。無理やり食べなければいけないということがどれほど残酷であるか、知っています。
人は食べたいものを食べればいいと思います。人類は、進化の過程で肉食をし、今の肉体になったのです。肉食をしたければ、肉食すれば良いと思います。
ただ、「植物も動物もみんな生きている」、ということだけ思い出して感謝すれば、それらはきっと食べられても私達を恨まないよね…なんて思っています。
あっ
いいこと書いちゃった![]()
最後に…
「自殺」とは、自らの生命を絶つこと。自害。(広辞苑より)
胸の痛む言葉です。子供さんの自殺のニュースは、泣いてしまいます。
また、自殺するのは人間だけではありません。以前たくさんの猫と暮らしたましたが、そのうちの一匹が自殺したことがあります。もともと、気難しい性格の猫だったのですが、ちょっとしたことがきっかけで、一切食事をとらなくなってしまいました。もう人間が何をしてあげようとも、無駄でした。亡くなる直前にやせ細った体で私にべったり甘えてきました。ほとんどの猫が自分の死期が近づくと、同じ行動をとります。その時、私は別れを覚悟しました。
昔見たテレビで、群れについていけなくなった象も、食べる事をやめ死を待つ、と言っていました。このことについて、考えられる理由も言っていました。賢い象だけに、いろいろ憶測を呼ぶ行為ですね。
この地球上で、命を維持するのは、人間を含めた生き物にとって、とても難しいことです。
しかし私自身、自生(自活)して生きていけるうちはなんとか自生したいと思います。
栽培されるのではなくね…







