私は最近、『死』について考えています。

私のとらえる『死』とは、一般的に考えられるような不幸な感情を伴うものではありません。私にとっての死とは『成就』、もしくは次へのステップです。連続ドラマで言えば、輪廻転生で人生を繰り返すとすると、その一つ一つの人生がチャプターに相当します。そして、死はそれぞれのチャプターの最後の部分です。


コスモス  コスモス  コスモス  コスモス  コスモス  コスモス  コスモス


私が最初にインドに行った時、体調は最悪でした。インドに旅立つ前日には、38度を優に超える熱が出ていました。仕事を終え帰宅後、時間が遅かったので、夜間診療の病院に行きました。そして、解熱剤と抗生物質をもらい、翌日飛行機に乗りました。この時点まで、私は旅行を中断するつもりはありませんでした。

しかし、飛行機の中では、さらに体調は悪くなり半分記憶がありません(というか、いつも記憶は無いんですけどね)。まして始めてのインドです。日本とは全く空気の違う中、最初に降り立つデリーの空港には夜到着します。「一か八かの大勝負だ」と思いました(大袈裟ですけど)。



うめちゃん雨安居中
夜のデリー、インディラガンジー国際空港



普通の方々はこんな状態では行かないでしょうね。


私の性格はやりたい事は絶対やらないと気が済みません。

「死んでもかまわない。どうせいつかは死ぬのだから。インドに行かずに死ぬなんて絶対イヤだ。行きの飛行機が落ちなければそれで十分だ」

そういう考えでむかいました(毎回同じですけどね)。


そして、無事インドのデリーに到着しました。しかし。体調はどんどん悪くなる一方です。おそらくこの時点で熱は40度近かったと思います。とりあえず前日に病院でもらった薬だけは飲み続けました。しかし、私はその薬でよくならないことを直感的に知っていました。喉のリンパ腺が腫れあがり熱が出て、咳が出れば、病院ではウィルス、もしくは細菌感染の感冒と診断されるのが普通です。しかし、長年体調が崩れっぱなしで体のあちらこちらにおきている異変は自分がよく知っています。直接の診断をされていなくても、自分がなにかしらの病気であることは分かっていました。


人に与えられた時間は分からない、だからこそ、そういう自分の体を労り人生を引き伸ばすより、やりたいことを満足するまでやりたいと思っていたのです。



うめちゃん雨安居中

うめちゃん雨安居中
コルカタのインド博物館。展示物は圧巻。体調を整えてもう一度行きたい場所です。


飛行機を乗り継ぎ、コルカタから長時間列車に乗りブッダガヤの駅に行きました。到着は夜遅かったので、駅の簡易宿泊施設に泊まりました。ブッダガヤの駅では、どこでどう聞いていいのか分からず、泥のような体を引きずりながら、ホームレスの間をかき分け、駅舎の周りを歩いていると、窓口の中にいたオジサンと目が合いました。泊まりたい旨を話すと、言葉少なに何やら台帳らしきものを片手に持ち、私について来いと合図するのです。もう意識は朦朧状態で、何も考えられず、ただ彼の後をついて行きました。部屋に入ると、部屋の説明をしてくれました。そして、掛け布団を要求すると、部屋の外の通路で横たわる浮浪者風の男の人(インドは浮浪者と働いている人の区別が出来ないんですよね)に指示して、持ってきてもらいました。私は、激しい頭痛も始まっていましたから、早く横になりたかったのですが、その駅の職員のオジサンが部屋から出てくれないんです。ニヤニヤして、何やら怪しげなのです。インド人は表情が様々です。

インドでは、日本人のような礼儀正しいさわやかな笑顔で対応してくれることは希でした。インドもお金を出しレベルの高いサービスを購入すれば別ですが、私はお金が無いし、そういう旅には興味がありません。


でも、そのオジサンはいい人で、無事その夜は寝床を確保できました。



うめちゃん雨安居中
これが(ブッダガヤのある)ガヤー駅の簡易宿泊施設です。写真で見ると意外とキレイですね。



まともな判断力だったら、ひいちゃう様な部屋です。インド人も、「あぁ、あの汚くて危ない所ね」と言うようなところです。しかし、夜中に駅に到着し具合が悪く、布団に寝れることに対し有難みしかありませんでした。

次回まともな状態の時も、泊まれるか試してみたいですね。

う~ん、度胸試しだ…


翌朝、早起きも出来ず、10時頃部屋を出ました。いよいよブッダガヤの寺院に行く時が来ました。


今回、行きたかったのはこのブッダガヤと次のバラナシです。

このブッダガヤを訪れれば、目的を半分消化したことになります。


思い残すことの無い人生にあと一歩です。



つづく…