春が駆け足でやって来ました。沈丁花も盛りを過ぎようとしています。ラベンダーが咲きそうです。桜ももうすぐです。🌸
こんな風に何年も春の気配を感じながら今年も区切りの日を迎えました。
私には息子が2人おりますが、次男が今年、高校を卒業しました。彼の学校生活には私が予想もしなかった困難がありました。
彼は中学受験をして私立の中高一貫学校に進みました。入学してしばらくは新しい環境に慣れ、バスケ部にも入って楽しそうにしておりました。
ところが中1の2学期からです。朝起きられなくなりました。私がいくら起こしても熟睡していて全く反応しないのです。起こされたことさえ認識していません。当然学校は休みがちになり、通うのが困難になりました。
そして彼は、ある日部活で仲間と思っていた友達から中傷される言葉を浴び、それが決定打となり学校に全く通えなくなりました。今思い出しても親として悔しく悲しい出来事でした。なぜなら、私は傷ついた彼にそれでも最初のうちは、遅刻してでも学校に行きなさいと言ってしまったからです。お互い泣きながら口論になったこともありました。私が学校に行けない息子を理解出来ず、受け止めることが出来ずにいたのです。
小児科で診ていただき、「起立性調節障害」という聞いたこともない病を言われました。風邪と違い、薬を飲んでも治るものでもなく、対処療法など子供それぞれに違う対策が必要な病でした。病気なんだとわかって初めて、彼への気持ちをあらためることができ、親として申し訳なく思いました。それからは全てを受け止める覚悟をしました。
病はその後、心療内科を受診しましたが大した効果が上がらず、快方に向かったのは針治療をしてからでした。それまでに1年かかりました。
有り難かったのは、学校側の対応でした。担任の先生は、3日ごとに電話で息子と話してくださいました。学校に通えない罪悪感をあまり感じずに過ごせました。2か月毎に私と面談して連携を取ってくださいました。私は保護者会には必ず出席して情報を得て、時に優しい言葉をかけてくださる保護者の方に励まされました。
全く通えなかった中2が過ぎて、中3から息子の戦いが始まりました。朝起きれるようになっても、不登校のブランクから気持ちを立て直すのが難しく、教室には入れませんでした。なので、別室登校から始まり、徐々に慣れていきました。そんな彼の頑張りを学校も認めてくれ、高校の入学を許可してくださいました。高校はそれまでがウソのように普通に通学することができ、ついに卒業を迎えたのです。
卒業式の日、友達と笑って一緒に写真を撮っている彼の姿は、あの頃は想像もできませんでしたので嬉しい限りです。中学の時、学年主任だった先生にお礼のご挨拶をしたら、「さっき私に、あの時高校に進学させてくれたことのお礼を言いに来てくれたんです。私も嬉しいです。本当によかったです。」と先生が泣きながら喜んでくださいました。この学校に通えたことは今思えば必然と言えるのかもしれません。
あの辛さの中でもがいた時、息子が心を閉ざさないでいてくれてよかった。
歓びの日、すべてが良かったと思えることに感謝しかありません。
卒業おめでとう!