愛知県で小学校4年生の娘を育てながら、中学受験について少しずつ考え始めている父親です。
娘は現在、塾に通いながら、中学受験に向けた勉強を少しずつ進めています。


日は、全国規模で行われる、全国統一小学生テストを受ける日でした。
対象は年長さんから小学生、中学生までと幅広く、テレビCMなどでも見かけるような、大きな模試です。
しかも小学生は無料で受けられるということで、せっかくの機会なら一度受けてみようか、という気持ちで申し込みました。
ただ、最初からすんなり受ける気になったわけではありません。
少し前まで娘は、
「絶対に受けたくない」
「嫌だ」
と、かなり強く言っていました。
塾の勉強はがんばりたい。
宿題もやろうとしている。
テストも大事だということは、たぶん本人なりに分かっている。
それなのに、今回の模試については、急に強い拒否反応が出ました。
親としては、少し戸惑いました。
「そんなに嫌なのか」
「じゃあ、申し込まなければよかったのかな」
「やる気があるのか、ないのか、どっちなんだろう」
そんなふうにも思いました。
でも、しばらく時間を置いて、こちらから
「そんなに嫌なら、受けるのをやめてもいいよ」
と伝えてみました。
すると娘は、今度は
「いや、受ける」
と言い出しました。
正直、親としては「どっちなんだろう」と思いました。


も、少し冷静になって考えてみると、娘が本当に言いたかったのは、
「受けたくない」
そのものではなかったのかもしれません。
本当は、
「初めての場所が不安」
「いつもの塾とは違う試験がこわい」
「どんな雰囲気なのか分からない」
「うまくできなかったらどうしよう」
そういう気持ちがあったのだと思います。
ただ、それをうまく言葉にできなかった。
だから、出てきた言葉が
「嫌だ」
「絶対に受けたくない」
だったのかもしれません。
これは、子どもだからというだけではなく、大人にもあることだと思います。
本当は不安なのに、
「嫌だ」
「無理」
「やりたくない」
という言葉になる。
本当は心配しているだけなのに、少し怒ったような言い方になってしまう。
本当は共感してほしいだけなのに、相手から見ると、ただ反発しているように見えてしまう。
今回の娘の反応を見て、親として気をつけたいと思ったのは、子どもの言葉をそのまま表面的に受け取るだけでは足りないということです。
「嫌だ」と言われたときに、すぐに
「じゃあ、やめなさい」
「申し込んだんだから行きなさい」
と判断するのではなく、
「何が嫌なのかな」
「初めての場所が不安なのかな」
「分からないことが多くて心配なのかな」
と、少し立ち止まって考える必要があるのだと思いました。


どもは、自分の気持ちを正確に言語化するのがまだ難しいのだと思います。
「不安」
「緊張」
「恥ずかしい」
「失敗したらどうしよう」
「知らない場所がこわい」
こういう細かな気持ちを、自分で整理して言葉にするのは、大人でも簡単ではありません。
まして小学校4年生なら、なおさらです。
だからこそ、親が先に解決策を出す前に、まずは気持ちを受け止めることが大事なのかもしれません。
「そっか、不安だったんだね」
「初めての場所だと緊張するよね」
「どんなテストか分からないと心配になるよね」
そんなふうに言ってもらえるだけで、子どもの中の不安は少し落ち着くのかもしれません。
今回、娘は最終的には模試を受けることにしました。
それが良かったのかどうか、結果がどうだったのかは、まだ分かりません。
ただ、今回の一番の学びは、模試の点数ではなく、娘の「嫌だ」という言葉の奥にある気持ちに、親がどれだけ気づけるかということだったように思います。


学受験を考えていく中では、これからもきっと同じような場面が出てくると思います。
テストが嫌だ。
宿題が嫌だ。
塾に行きたくない。
分からない。
やりたくない。
そのたびに、親子でぶつかることもあると思います。
でも、その言葉の奥には、単なるわがままではなく、不安や緊張や、うまく言葉にできない気持ちが隠れていることもある。
今回の全国統一模試の日は、そのことを親として考えさせられる一日になりました。
中学受験は、勉強だけではなく、子どもの気持ちとの向き合い方を親も学んでいく時間なのかもしれません。
焦らず、決めつけず、まずは娘の言葉の奥にある気持ちを見ようとすること。
それを、これからも大切にしていきたいと思います。