2019 12/20

 

 

時は遡ること2003年。

 

(おいおい、そんなとこまで遡るのか?!2019年12/5の埼玉スーパーアリーナにとっとといけよ)

と思うも、

どうしても記憶は一度2003年へと戻って行く。

 

2003年の3月、私はイランへ旅行へ行く予定にしていた。

 

2001年9/11以後の世界はいつ戦争が始まってもおかしくないムードが漂っていた。

 

年が明け、いよいよ戦争が始まるという雰囲気は払拭できないものになり、私はイラン行きを断念。

(U2のボノはフランスなど各国首脳に対し、時には直接の面談を通して、戦争への不参加を訴えていた)

 

予定を変更し、私はアイルランドへ行くことに。

 

 

オランダのアムステルダムで数日過ごした後

 

 

 

 

2003年3/20にアイルランド、ダブリンへ

 

 

忘れもしない。

到着したばかりのダブリンのユースホステルのリビングのテレビで、

その日3/20にイラク戦争が始まったというニュースを観た。

みんな黙ってテレビをただ見つめていた。

 

私は重たい気持ちを抱え、街へ出て、ダブリンにあるライヴハウスへ向かった。

 

おおおお、信じられないラインナップ!

(そうかここは憧れのダブリンなのだ。)

 

 

そしてその日、3/20

 

なんと、トレイシー・チャップマン!!

きてるの!!?

 

ネルソン・マンデラのの釈放記念コンサート、ボブ・ディランの何かの記念コンサート、アムネスティーの集会、

そこにはいつも彼女の歌があった。アフリカ系アメリカ人女性フォークシンガー、トレイシー・チャップマン。

 

 

もちろんチケットを買ってライヴハウスへ

 

 

ダブリン老舗のライヴハウス。私は沢山のダブリンっ子たちに混じって、トレイシー・チャップマンの第一声を待つ。

 

 

彼女が歌い始めたのは

 

ボブ・マーリーの「Get up stand up」だった。

(シビれるーーーーー〜!!)

 

総立ちの会場。

 

その時居合わせた人たちと一緒に,

 

トレイシー・チャップマンと一緒に、私は「Get up stand up」を歌っていた。

 

『Get up stand up,

 

Don't give up fight.

 

説教師よ
 

天国が地面の下にあるなんて言わないでくれよ
 

どんな人生に本当の価値があるのか
 

あなたが知らないのはオレには分かってる
 

光るものは全て金であるってことじゃない
 

物語の半分は決して語られない
 

今は光が見えてる
 

立ち上がれ 権利のために』

 

 

 

 

 

翌朝のダブリン

 

おおお、路上ミュージシャンのルーツアイルランド。

私は今ダブリンにいるんだ。

 

 

 

夜が明けるまでに街中にポスターが貼られていた。

 

静かに町中が戦争にN0を表明している。

 

 

そして本屋へ。(店内にはジョニー・キャッシュが流れていた。おおおここはダブリン)

(この古本屋がとても素敵でこの後ここへ毎日通うことになる)

 

アイルランドは文学の国。

 

たしかノーベル文学賞を一番沢山受賞しているのは、アイルランド人だったと思う。

(詩人は古代ケルト社会の中で、国王につぐほどの高いステータスを持っていたらしい。)

 

本屋さんの二階はカフェになっていて、私は毎朝ここでアップルパイとマグカップで出されるコーヒーを頼むことになる。

(今でもそれが懐かしくて、アップルパイとマグカップのコーヒーがある店では必ずそれを注文する)

 

 

 

レコードショップ巡り

 

 

ビートルズ、U2、オアシス、シンニード・オコナー、モリッシーetc、みんなみんなアイリッシュ。

この国は紛れもなくロックのルーツだ。

 

中古でU2のブラッディー・サンデーの45インチ、アイルランドでの発売当時のものを一枚購入

 

 

その他、旅の中で、チーフタンズのCDなど数枚を購入。

 

 

夜はパブへ

 

パブにはたいていバンドがいて

ケルト音楽がそこら中に鳴り響いている。

 

黒ビールにケルト音楽

揚げたジャガイモ

 

ダブリンの夜が更けていく

 

 

 

アイルランド西部のゴールウェイという街へ

 

人口6万人のうち1/5が学生というこの街では本格的なデモが始まっていた

 

 

 

平和は時間のように時代のように勝手に流れてくるものではないのだ。

平和は創り守っていくものなのだ。

何もしないでいると、平和は知らぬ間にこの手の中からこぼれ落ちていくのだ。

 

そう、アイルランドの人々が教えてくれているように思った。

 

 

 

アラン諸島へ

 

 

この冷たい海を、信じられないくらい多くの人々が、生きるために渡って行ったのか。

 

どこまでも続く石の大地。

イギリスから侵攻してきたクロムウェルは、

「人を吊るす木もなく、生き埋めにする土もない」と、拷問の方法を考えるのに途方にくれた。という。

 

今もアイルランドの人々はこの島で生活している。

おじゃましてます。日本から来ました!

 

 

 

 

 

 

グレンダー・ロッホという森

 

 

妖精出てきそう.。

(実際、アイルランドでは色んなところに『妖精が出ます』という標識が置かれています)

 

 

6世紀頃の初期キリスト教教会の跡が、森の中に静かに佇んでいる。

石を積み上げて作られた教会は、ロマネスク様式がアイルランドに入ってくる以前の様式。

 

 

12世紀にノルマン人がアイルランドに勢力を広め、

イギリスの支配が確立するにつれ、急速に衰退していったアイルランドの景色、

庶民の信仰に守られ完全な廃墟とはならなかった。

 

 

 

 

久しぶりに2003年の旅を振り返ってみて

 

この旅がすごく特別なものだったことを実感する。

初日から魔法にかかったような日々だった。

 

ある夜パブで過ごした後、店を出て歩いていたら、

後ろから追いかけてきた、素敵なおじさんに呼び止められた。

 

忘れ物でも届けてくれたのかと思ったが、そうではなかったようで、

ナンパでもなかったようで、

 

その人は、

 

「同じパブにいた、その前にレストランでも一緒だったんだよ。」

 

そのあとの英語が私のリスニング能力の限界で、よく理解できなかったのだが、

何かとても興奮した顔で、私を見て、すごくポジティブなメッセージを伝えてくれていた。

そして握手をして走ってパブに戻っていった。

 

その後も、「あの時あの人は走ってわざわざ何を伝えにきてくれたのか」と時々考えることがあった。

 

今あらためて、

君がこの国でかかった魔法は現実のことなんだよ、と教えてくれていたんじゃないかと思えてきた。

 

 

帰国後、アメリカでは、ジョン・レノンの「イマジン」が放送自粛リストに入っていると知る。

レイジ・アゲインスト・マシーンはなんと全曲放送自粛。マドンナはチェ・ゲバラの扮装でブッシュそっくりさんに手榴弾を投げるアーティスティックなPVを創り勿論放送自粛の憂き目にあっていた。

 

それらの自粛リストはブッシュから指示があり強制されたものではなく、自然発生的にリストアップされたものだった。

 

ボノはマーヴィン・ゲイの「What's going on」を沢山の人気ミュージシャンたちとカヴァーして速攻リリース。

 

その後、「How to dismantle an atomic bomb(原子爆弾の解体方法)」というアルバムを発表し

 

VERTIGOツアーを開始

 

『ハロー ハロー

 

僕がいるこの場所の名前は、”眩暈”だ

 

知りたくなかった全てがここにある

 

でもここでなら感じられる

 

君が、与えてくれるものを』

 

 

 

 

 

ボノ「僕はマンデラから、人を憎む方法ではなく愛する方法を学んだんだよ」

 

 

この頃私は、ボノがマンデラから学んだような崇高な何かには触れられていなかったが、

 

世界が不安定な状況になっていく中、自分は何に耳をすますべきか、

そこで聞こえたものをどうやって自分の思考の軸に据えるか

その方法を学んだような気がする

 

 

あのVERTIGOツアーから13年、

 

待ちに待っていたU2のツアーがとうとう日本にもやってくる!!!

 

 

(おお、ここへ来てやっと2019 12/5に時が繋がって来た。)

 

つづく

 

 

 

おまけ

 

ダブリンから飛行機で連れて帰って来たロバ

可愛いの