2019 12/24
2019年12月5日、埼玉スーパーアリーナ
チケットを手に、ふらふらになりながら、
無事にここまでこれたことに奇跡を感じながら、
ここは紛れもなく正真正銘のライヴ会場だと興奮しながら、
若干の眩暈を自覚しつつ
ゲートを通過、通されたエリアは、まさかのまさかの、
ヨシュアツリー型にせり出したステージの横!!!
(アリーナはエリアをブロック分けをされていて、
スタンディングといってもステージから離れている場合も多い)
え!?ここ、あのよくライヴ映像で見る、U2っていう入墨入れてる人とかが拳あげてる場所やん!?
過去最高にステージに近い場所、お客さんはみんなすでに興奮気味、
私はそこへ来て、ステージの近さ、噂の8Kスクリーンのデカさの興奮を上回る疲労に襲われる。
完全に貧血だった。
ステージに向かってぎゅうぎゅう詰になりつつあるアリーナで、座り込むことも出来ず、
頭を低く下げながら、ここへ走って来るまでに見た景色が思い浮かぶ。
道路の右にそびえ立っていた『さいたま新都心メディカルセンター』....。
「せっかくここまできたのに、今倒れて病院に運ばれている場合じゃない。でもこの状態で2時間半もつ気がしない。
確実にどっかの段階で気を失いそうや....。」
万全の体調で挑むはずのライヴやったのに。
私、今、まっすぐ立っていることもできてない......。
半泣き。
突然ステージ横のざわめきが大きくなる。
せり出したステージに数人のスタッフっぽい外国人が歩いて来る。
そして目の前に現れたのは、
ドラムのラリーだ!!
客電が落ちて、会場のざわめきが興奮の予感に。
『ダダっ』
ブラッディーサンデーのドラムのイントロ1拍が鳴った瞬間、
3万人の爆発的な歓声が会場揺らす。
せり出したステージに向かってあのフレーズを弾きながらエッジが歩いて来る。
信じられないことだが、明らかに貧血で立っていられないほどの状態だった私の身体は、
客電が落ちてドラムが鳴った瞬間、重力を全く感じないほど軽くなり、
ステージに向かって舞い上がった。
うおおおおお!!!
3万人の大合唱
隣の人、「アダムー!!」(←ベースのアダムのこと)と泣き叫びながら熱唱!ジャンプ!!!
手を伸ばせばすぐそこにアダム!!
(海外のライヴ映像では絶対みかけない、ジャンプするビジネススーツのジャパニーズ!!泣ける!!)
信じられないことだが、時間が進んでも、私の身体は重力を感じないほど軽いまま。
3万人が大合唱、大絶叫する中で、自分が歌う声も自分の耳ではっきり聞こえていた。
これマジもんのmiracle drug(←というU2の曲がある)状態やんけ〜〜〜!
目の前で演奏されている曲とそれ以外の曲の意味までが感覚の中でクロスする。
ロックの理念をロックを通して歌い上げてきたU2の真髄に触れ、痺れる。
ヨシュアツリー以前のアルバムからもセットリスト入りしているものが数曲。
イントロが始まるたび、あちこちで悲鳴に近い歓声が上がる。
U2は1976年9月に結成
(私が生まれた年月と全く同じ。←今日初めて勝手に運命づけてみました←調子乗っちゃって....)
40年以上、一度も休止解散することなく活動を続けてきた。
13年分の「待ってました!」の気持ちだけでなく、
40年分のそれぞれの観客の思いが会場にこだまし、共鳴し響きわたる。
ボノ「偉大なピースメイカー、テツ ナカムラのために、会場を大聖堂にしよう。みんな携帯でライトを灯して。」
「PRIDE」
が始まった。
『例え命が奪われようとも、その魂は誰にも奪うことはできない』
キング牧師に捧げられたU2の代表曲の一つであるその歌は、
光に包まれる会場の中心で、アフガニスタンで銃弾に倒れた中村哲先生のために捧げられた。
ヨシュアツリーを型どったステージから、メインステージにシーンは移動し、
「Where the streets have no name(約束の地)」が始まろうとしている。
その予感に、さらに会場のボルテージが上がる。
『僕は名前のない場所で、愛を燃焼させる
そこへ行く時は君も一緒だよ
それが僕にできることの全て』
その意味を、人生を捧げて体現し証明してきた彼らの姿が3万人の心に映り、
それらが3万人それぞれの想いをエネルギーに一気に反射を起こす。
その力が彼らに映り、演者と曲と観客の境界線はなくなり、私たちは一心同体の大きな塊になっていた。
美しく力強いヨシュアツリーの旅は続く
アルバム、ヨシュアツリーの曲が全て演奏され、
ステージはアンコールへ。
ここから、ヨシュアツリー以降の、ライヴ定番曲が怒涛のように8曲続く
いったいどこからこんな力が湧いてくるんだ
疑問と同時に
なんとなくその答えを確信する。
ボノはメンバー紹介をする時
「ドラム、ラリーだ。みんなラリーを信じられるかい?」
「ベース、アダム・クレイトン!彼の存在を感じるか?」
「そしてジ・エッジはここにいる!!」
「そして、君だ」
という感じの言い方をする。
「オーディエンスというものは存在しない。
彼らというものも存在しない。僕たちが演奏する時、
そこにあるのは、僕と君、なんだよ。それがいかにすごいことかってこと。」
ステージを駆け回り鳥が舞うように優しく力強く美しい声でみんなに歌い掛けるボノ
私の身体も軽いままだ。
それでも、曲が進むにつれ、その選曲の流れの中で、ライヴが終盤に近づいていることを感じる。
最新アルバム「Songs of experience」のことを
「このアルバムは、僕が死んだと仮定して、みんなに送る遺書、ラブレターなんだよ」
と言っていた。
そのアルバムの中から、
「Love is bigger than anything in it's way」が始まる
『扉は開いている、通り抜けられるように
出来るものなら僕も一緒に行くのに
でもその道は君が作った道
歩きながら歌い始めて
君は激しい怒りを抱えているんだね
僕らが共感できる世界を描き出してくれ
そして唯一無二のものとして歌えるものを
泣いてる君を月の光が照らしたら
君の歌をうたってくれ
君の歌を聴かせてくれ
終わった時こそ始まりなんだ』
誤解を恐れずに言うならば、
私は「愛」というものが何なのか、
その実態や実感を自信を持ってはっきりと語れないまま
よく分からない「愛」よりむしろ「孤独」の存在を信じて大切にしてきた。
でもはっきり感じることが出来た、
彼らが私たちに届けようとしてくれているものは、
「世界」へで、あると同時に、私への「愛」だ。
こんなに長い間、人生をかけて、一人一人に語りかけてくれていたのだ。
そういう多くのものに自分は守られ寄り添ってもらってきたのだ。
涙が止まらなかった。
love is bigger than anything in it's way
愛は行く手を遮る全てを凌駕する
oh oh oh oh oh
曲が終わっても、会場のコーラスのリフレインは止まらなかった
その中で、はっきりと私の声も響いていた
ボノは、胸に手を当てて、大切にその全てを感じようとしている様だった。
私から届いたものも、隣の人から届けられたそれ同じ様に
「愛」だったのだろうと
その時、実感出来た。
ボノは優しく日本語で「ありがとう。どうもありがとう」と言って頭を下げた。
会場は、この大きな宇宙の一点で、愛と感謝の渦で光りを放っていた。













