2021 3/15

 

3/13土曜日、106名の中学三年生が中学校を巣立って行きました。

 

今年もコロナの影響で合唱は難しいという判断が下され、

私の提案で合唱のミュージックビデオを作ることになりました。

 

ガイド用の音源を作り、その音源を聴きながら、各自が自宅で自分の歌声のみを録音します。

その音源をmixして束ね、みんなの歌声を合唱にする試みです。

 

音源制作と並行して、動画の制作も開始しました。

生徒達が自分たちで演出、撮影、編集をして動画を完成させていきました。

 

これらは今年導入されたタブレットがなければ出来なかった事ばかりです。

生徒一人一人がタブレットを持っていることで、自分たちで録音、撮影から編集までやり遂げることが出来ましたし、

私が学校にいない時にはリモートでミーティングすることも出来ました。

 

仕上がった作品は、彼らの輝きをしっかり収めた本当に本当に素晴らしいものでした。

 

ここでは生徒が作った作品をお見せすることが出来ませんので、

私が簡易で作った映像とリモート合唱の音源をアップさせて頂きます。

 

 

 

 

卒業式から一夜明けて、ある生徒から一通のメールが届きました。

このミュージックビデオのプロジェクトが始まってすぐ、

「光の声」をもとに素晴らしいシナリオを書いてくれたMさんです。

彼女のシナリオはまるで小説のようで、

私は彼女にいつか本当に小説「光の声」を書いてもらいたいと思っています。

 

 

Mさんからのメール

 

『卒業式のMV発表では 本当に長い時間編集作業していただき
ありがとうございました。本当に感謝しています。

MV作業では初めてのことで,私なりに考えながらシナリオをつくったり

初挑戦の世界を楽しみました。
私は、これまでにも何度か劇などの制作に携わりましたが、
先頭に立って批判されたり,上手く行かなかった経験もあり
今回の制作では出来るだけ自分の意見を抑えて、皆の意見を聞くようにしていました。

それでも、内心では、チームの完成までの緊張感の無さやスピードに
イライラしてしまっていました...

先生は、合同制作などに、参加されてきた経験がおありだと思います。
私は、何度も経験しているのに、毎回毎回、皆のスピードに
すごく敏感になってしまいます。皆で楽しく出来たらいいと思おうとしますが、
どうしても完成度を追い求めすぎてしまいます。
そういう経験は、先生にはありませんか。

仕事をしてくれない人におこったり、落ち込んだり。

私は、そういう人たちに、苛立ちや呆れというかそういう感情を持ってしまい

良い経験をしたと思ってはいるのですが。

合同制作では、そういう周りの人達にいつも惑わされてしまうこともあり、
今回も難しさを感じました。
先生はもっと私達に対してイライラも感じていたでしょうか。

それも感じさせず、やり遂げていくパワーがすごいと感じました・

今回は、本当にありがとうございました。私自身、難しさを感じたことは

ありましたが、シナリオづくりなどには楽しさを感じ、

良い経験になったと思っています。』

 

彼女からのメールを読んで、

私は記憶の底に眠っていた自身の中学三年生も卒業時の出来事を思い出しました。

 

以下はMさんへの返信の一部です。

 

 

『私が通っていた中学校では、毎年卒業式の時に合唱をしていました。

音楽の先生はそんなに熱心な方ではなく、歌う曲は生徒から候補を募り、

その中から多数決で決定したものを歌うことになりました。

その時に流行っていた卒業を感じさせる曲を歌うことになりましたが、

私は内心「この曲に私たちの中学生活のいったい何が投影されているのだろう....」と疑問を感じていました。

ありきたりな選曲に私の気分はあまり乗り気でなかったことを覚えています。

 

全体練習では、集中出来ずにざわざわしたり、真剣に歌わない人も大勢いて、

毎回先生達に怒鳴り散らされていました。

そして、ついに先生が「やる気がないなら歌うな」と言い出し、合唱はいったん保留になったのです。

 

合唱と並行して、私の学校では卒業生が卒業前に学校中を大掃除し、

ピカピカな状態にしてから巣立つという取組もありました。

私はこの掃除の方がよっぽど「卒業」の意味を感じられると思っていて、

一人黙々と這いつくばって廊下を磨いてたのです。

すると案の定教室では男の子たちが暴れ回って遊んでいます、

女の子達もおしゃべりばかりして手が止まっています。

私は「卒業ってなんなんだろう」と思いながら一人で廊下を磨いていました。

すると、数人の女子グループが意気揚々と話し合いをしています。

どうやら「先生達を説得して合唱をさせてもらおう」ということで盛り上がっているようです。

そしてそのグループの女の子たちは私が磨いた廊下の上を、

私に気づくこともなくバタバタと無数の足跡をつけて走って行ったのです。

 

後日、そのグループが中心となり三年生全員と先生との間で話し合いの集会が持たれることになりました。

私たちはいったん全員立たされて、彼女達の説得を受け

真面目にやる」「歌いたい」人から座っていくことになったのです。

周りがどんどん座って行く中で、とうとう私一人が立ったままの状態になってしまいました。

私が磨いた廊下の上を、磨かれた廊下だということすら気づかず、足跡をつけて走り去っていった彼女たちと、

どうしても同じ気持ちになれなかったのです。

卒業式の歌にも何も共感できるものがありませんでした。

ひとりぼっちで立っている自分がみんなに理解されていないことや困らせていることも分かっていました。

それでも座ることが出来ない自分に最後には涙が出てきました。

その後先生に別室に呼ばれ、説得を受けた記憶があります。自分の気持ちは上手く伝えられないままでした。

帰り道、一人で帰りながらまた泣いていました。

 

今の自分ならあの時の私にこう言ってあげられます。

「あなたの、その周りとズレを感じる感性や、強いこだわり、それゆえ孤独に陥りやすい性分が、あなたの才能です」

 

Mさんのメールのおかげで、私はこの記憶に辿り着き自分の卒業を祝ってあげることが出来ました。

私にはMさんのもどかしさややるせなさ、苛立ちが良くわかります。

 

人それぞれに感受性やこだわりの度合い、表現力の違いなどがあり、

共同で制作を行うのは本当に難しいことですね。

 

イメージや作品作りに対してこだわりがしっかりあるばっかりに、他人を否定しているようにとられたり、

周囲を置き去りにしたようになってしまったり、

または自分が我慢しすぎて大きなストレスを抱えてしまったり....私にもそういう経験が沢山あります。

そして、今でもまだそういうことで迷うことが沢山あります。

 

学校の先生になってよかったことは、

その廊下を走り去って行った女子たちや遊んでばかりで何もしない男子たちのことを

理解出来るようになったことです。

今では、口ばっかりの子、落ち着きのない子、周囲に目がいかない子、

上部だけで済まそうとする子、みんなが本当にかわいいです。

みんなに世界で一つの深い心があると分かっているから、子供達には腹はたちません。

 

そして、私のイメージに対するこだわりや物事を深く考えるクセや、

違和感をそのまま放っては置けないところなどは、昔のままです。

そしてこの力は先述した通り私の特性でもあり才能なんだと思うようになりました。

 

Mさんには創作の才能があると思います。

創作には孤独に耐えるタフさが求められます。他人とのズレに耐えられない人には難しいことでしょう。

でもMさんにはそういう確かな力があると思います。』

 

 

 

私は教師になってから、教え子達に関わることになってから

いつの間にか当時理解出来ないと思っていた周囲の人たちのことを受け入れ理解できるようになっていました。

同時に大人のインチキも分かっていきました。

 

Mさんのメールのおかげで、私は当時ひとりぼっちで立たされていた自分を励ますことが出来ました。

 

そして卒業とはそういうものなんだと思いました。

 

みんな卒業おめでとう。

 

これからもずっとずっと応援しています!