「まあ、まあ」な毎日。 -35ページ目

嫁さんの両親に病気報告

前回、里帰りした時は余裕がなくて行けなかったが今回は行けました。

子供達が寝た後、改まって報告。

義父は晩酌していたので、饒舌でしたw ちょっと喋らせてって感じでしたね(T-T)

とにかく、病気になった経緯。

休職中の事。

復職に向かっている事を話しました。

希死念慮などは刺激が強そうなので控えましたが…。

少しは話が聞けて安心してくれたようです。最後に、嫁さんへの負担があるから、フォローしてあげてとお願いしときました。

本人でも理解しがたい病気なので、そもそも理解を期待してはいませんが、私の胸のつかえは取れました。

よかった。よかった。


おしまい

【拡散希望】被災地から。長期処方を控えてください。

被災地で頑張っておられる
コトー先生が「薬の長期処方を控えてください、という訴えをしておられます。

現地では薬が足りていません。
そのためになくなっている方もいます。

製薬会社の生産の関係などもあり、すぐには供給が回復しません。

ですから、「現在薬をもらっている方」の協力が必要です。

長期処方を控えてもらうことが現地の助けになります。
症状の安定している方で60日などの長期処方を受けておられる方。
どうか、28日以内にしてください。
そうすることで少しでも被災地に薬が届くようにご協力お願いいたします。

コトー先生の元記事へのリンクはこちら
【拡散希望】被災地から。長期処方を控えてください。
http://ameblo.jp/yumeyobi/entry-10844644202.html

この記事は磨結子さんの記事を転載してます。

携帯だと転載するのも、楽じゃないね~(T-T)

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自分を大切に~続~

簡単に言えば、

「自分の事しか考えず、他人の気持ちは考えない」

です。


ただ、常にこの思考で行動すると、社会で生きていく上で、無用な摩擦が生じる可能性が高い。

なので、こう付け加えます。

「短期的、中期的、長期的に見て自分にメリットがある場合は
他人の気持ちも尊重する」

非常に打算的で、大きな声では言えませんねw

じゃあ、短期から長期にみてもメリットがない場合は?というと、他人を尊重しません。

自分のメリットのみを取りに行きます。

なぜなら、後で後悔するのが目に見えてるからです。


嫌な奴から飲み会に誘われたとします。

飲み会に行けば、嫌な奴と同じ時間を過ごす事になりデメリットがあります。

しかし、そいつは情報や人脈を持っていて、メリットもある。

天秤にかけてメリットが高ければ、行きます。メリットが低ければ行きません。


電車でお婆さんが席に座れず立っています。

席を譲る事で、自己満足できるならメリットがあるとみて譲ります。

その日は体調が悪く、席を譲ると辛いようなら譲りません。
(優先座席は社会ルールなので、辛くても譲ります)


傍からみたら、親切な行為も私の中では、偽善ですね。

でも、行為の内容は同じです。

世のため、人のため

物心着いた時から教えられてきてますが、常にそんな考えではいられません。(たまには良いと思いますが…)

それに、自分の為にやった行動でも、傍から見たら世のため、人のためになる事も多いです。


他人が自分の面倒を100%見てくれる保証はないので、自分が生きるためには自分がしっかりしないといけません。

ここでいう他人は、「国、会社、家族、親、兄弟」も含みます。自分以外の周りの環境全てです。

だから、自分へのメリット、デメリットを大局で考えて、行動すれば他人との不必要な摩擦(相手が自分にデメリットを及ぼす場合は、摩擦=自己主張は必要)も少なくなり、環境に流される事も少なくなると思っています。


これが私が思う


「自分を大切にする」


です。


おしまい

自分を大切に

自分を大切に。

病気になって強く思う。


欲に任せて乱れた生活。

身体をかえりみず仕事に打ち込んだ生活。

他人との軋轢を恐れて、自分の感情を抑えた人間関係


どれも自分を大切にしていたのか、疑問に思う。


いつからか、自分の代わりに自分の事を大切にしてくれそうな誰かを探すようになっていた。

その誰かを大切にすれば、自分の事も大切にしてくれると勘違いし、期待通りの成果が得られないと、「裏切られた」と大騒ぎしていた。


いつしか、他人は自分を大切にしてくれないと諦めた。


自分を大切にしない自分は、棚に上げたままだった。


嘘をつくのが、当たり前になった。

仕方ない

この一言で片付けるようになった。


ボロボロになった自分は、そして壊れた。


自分を大切に。


病気になって、強く思う。


自分が生きる為に、自分を大切に。


誰の為でも無くていい。


自分の為に。


そう思う。


おしまい

ツケは最後に

回ってきた。

昨日、午前3時頃、実家の丈が短い布団に凍えながら思った。

病気になって、休職になり、生活費に窮する生活。

…誰のせいだ!

責任の所在を探していた。
言い換えれば、自分以外の何かの責任にして、自分を正当化したかった。

最初は中学のいじめっ子。

次に、騙し打ちを喰らわせて、いきなりいじめっ子に変わった親友。

中学生という多感な時期に、転校させた両親。

学生時代に受け入れてくれなかった周りの人。

頭の中の自分は誰にでも容赦なく責任をなすりつけた。

違う自分が否定すると、すぐに代わりの誰かを連れて来てくれた。

人生に関わった全ての人に、一通り唾を吐いた後、残ったのは

やはり自分だった。


自分を正当化する為に、最後は結局自分に責任を求めなければならなくなった。


それを受け入れて、やり直す。


それしか歩き出す方法が、自分にはないみたいだ。


道を踏み外したのは、自分だから。


おしまい