旅の再開4-二極化するこの先の幸福論
<二極化するこの先の幸福論>
・そういった中における、一つ目の幸福シナリオは明確だ。グローバル経済の勝ち組になることだ。グローバルの競争の中で、圧倒的な知恵と技術をもって他の追随を許さない、NO1になること。格差社会の頂点に立つことだ。
・ちなみに、グローバル経済を牽引するアメリカ経済では、トップ1%(年収3200万)の人たちが23%の富を所有している。グローバルで戦うのであれば、目指せトップ1%。
・当然トップ1%に入るには、高いお金を払って優秀な人たちがいく大学に行かなければいけないことになっている。アメリカの4年生大学に入る入らないでの生涯所得は1,7倍の差がつく。ちなみに4年生大学は年率7~8%を30年にわたって賃上げしてきた。(教育すら使命感以上の儲け口と化している)
・こちらを目指す人はどうぞ、ご自由に。ただ、世の中はグローバル経済だけではない。実は、日本でもローカル経済は実は意外にもいまでもGDPや雇用の7割程度を保っている。
(そもそも「ローカル経済」というのもどういう定義にするかというのは議論があると思うが)
・このグローバル経済のトップ1%のではない、”99%のための幸福論”を成立させるシステムというものは、まだ世界でもこれといったものは確立されていない。(もちろん様々な兆しは世界中いたるところに起こっているが)世界はこれから数年、数十年かけて、それを徐々に構築していくことになるだろう。
・これから100年後、日本の人口は3千万~4千万人になっていると言われている。
・また超高齢化社会が訪れる。現在65%以上の割合は、20%程度。これが倍の40%になると言われている。
・そういった未来から逆算したときに、どういう国家ビジョンを描くべきか。それは成長ありき、グローバル競争ありきでは決してないだろう。世界の経済大国日本であり続けるのは不可能なのは自明であり、したがってどのようなニッチ戦略を描くかが重要だし、逆にそれ次第では非常に面白い時代に突入することになる。(ちなみに、グローバル経済からローカル経済にお金が流れるというのは幻想と考えたほうが良いと思っている。)
・ローカル経済圏では、人口が減り、市場も生産者も不足しがちだ。
・そんな中、ぼやぼやしていると地価が下落しているが貴重な環境資源、国防上の要所をすべて中国やその他外国資本に乗っ取られてしまうだろう。
・日本は、ローカル経済にどのような戦略を描くことができるか?
・それは、今後じっくりと僕の仮説と過去や他国の事例を吸収しながら、徐々に具体的なところにせまっていきたいと思っている。
・ちなみに、ちょうど人口3000万人というのは、まさに江戸時代の人口である。江戸時代はどんな時代だったかと言えば、当然ひとことでは言えないが、長く続いた平和な時代であり、様々な文化が発展した豊かな時代だったとされている。今後のローカル経済を考えるうえでは、そこに大きなヒントがあるだろう。
・あるいは、弥生時代の前に、長く争いがなく平和な時代が続いたとされる、縄文時代がヒントになるだろう。
・あるいは、全米で最も先進的と言われているポートランドも重要な事例だ。
・日本の中にも、創造農村などの取組が進んでいる。
・これから、何十年、何百年かかるかわからないが、生活、経済、環境、文化、幸福を形成する新しいシステムが生まれる、生まれなければいけない時代に入ったのだと確信している。
・産業革命も広くいえば18世紀後半から20世初頭までの100年以上をさしているわけで、この21世紀という100年は大きな革命期になる、そうしなければあとはない。
・そんな危機感をもった4連載を締めくくり、旅の再出発の辞としたい。
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・そういった中における、一つ目の幸福シナリオは明確だ。グローバル経済の勝ち組になることだ。グローバルの競争の中で、圧倒的な知恵と技術をもって他の追随を許さない、NO1になること。格差社会の頂点に立つことだ。
・ちなみに、グローバル経済を牽引するアメリカ経済では、トップ1%(年収3200万)の人たちが23%の富を所有している。グローバルで戦うのであれば、目指せトップ1%。
・当然トップ1%に入るには、高いお金を払って優秀な人たちがいく大学に行かなければいけないことになっている。アメリカの4年生大学に入る入らないでの生涯所得は1,7倍の差がつく。ちなみに4年生大学は年率7~8%を30年にわたって賃上げしてきた。(教育すら使命感以上の儲け口と化している)
・こちらを目指す人はどうぞ、ご自由に。ただ、世の中はグローバル経済だけではない。実は、日本でもローカル経済は実は意外にもいまでもGDPや雇用の7割程度を保っている。
(そもそも「ローカル経済」というのもどういう定義にするかというのは議論があると思うが)
・このグローバル経済のトップ1%のではない、”99%のための幸福論”を成立させるシステムというものは、まだ世界でもこれといったものは確立されていない。(もちろん様々な兆しは世界中いたるところに起こっているが)世界はこれから数年、数十年かけて、それを徐々に構築していくことになるだろう。
・これから100年後、日本の人口は3千万~4千万人になっていると言われている。
・また超高齢化社会が訪れる。現在65%以上の割合は、20%程度。これが倍の40%になると言われている。
・そういった未来から逆算したときに、どういう国家ビジョンを描くべきか。それは成長ありき、グローバル競争ありきでは決してないだろう。世界の経済大国日本であり続けるのは不可能なのは自明であり、したがってどのようなニッチ戦略を描くかが重要だし、逆にそれ次第では非常に面白い時代に突入することになる。(ちなみに、グローバル経済からローカル経済にお金が流れるというのは幻想と考えたほうが良いと思っている。)
・ローカル経済圏では、人口が減り、市場も生産者も不足しがちだ。
・そんな中、ぼやぼやしていると地価が下落しているが貴重な環境資源、国防上の要所をすべて中国やその他外国資本に乗っ取られてしまうだろう。
・日本は、ローカル経済にどのような戦略を描くことができるか?
・それは、今後じっくりと僕の仮説と過去や他国の事例を吸収しながら、徐々に具体的なところにせまっていきたいと思っている。
・ちなみに、ちょうど人口3000万人というのは、まさに江戸時代の人口である。江戸時代はどんな時代だったかと言えば、当然ひとことでは言えないが、長く続いた平和な時代であり、様々な文化が発展した豊かな時代だったとされている。今後のローカル経済を考えるうえでは、そこに大きなヒントがあるだろう。
・あるいは、弥生時代の前に、長く争いがなく平和な時代が続いたとされる、縄文時代がヒントになるだろう。
・あるいは、全米で最も先進的と言われているポートランドも重要な事例だ。
・日本の中にも、創造農村などの取組が進んでいる。
・これから、何十年、何百年かかるかわからないが、生活、経済、環境、文化、幸福を形成する新しいシステムが生まれる、生まれなければいけない時代に入ったのだと確信している。
・産業革命も広くいえば18世紀後半から20世初頭までの100年以上をさしているわけで、この21世紀という100年は大きな革命期になる、そうしなければあとはない。
・そんな危機感をもった4連載を締めくくり、旅の再出発の辞としたい。
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旅の再開3 -企業の発展≒破壊というジレンマ
<企業の発展≒破壊というジレンマ>
・さらに、企業はあくなき発展を飽和状態である先進国から新しいマーケットへと移している。つまり、全世界に先進国なみの豊かさ(という名の傲慢な消費社会)を広げていこうという。WWFによればこのままいけば、2030年時点で、地球2個分の資源が必要になるといわれている。
・この企業発展の競争戦略である、グローバリゼーションに、IT化、デジタル化によって、世界的に過度な競争が加速し、むしろ'disruption'という現象=既存企業の存続だけでなく既存産業をも駆逐しつつある、ということが起きている。
・身近でいえば、商店街がシャッター街になり、町の電気屋はなくなり量販店すらいつのまにかどこかとどこかが同じ会社になっていたり、カーナビが無料アプリに置き換わったりということが起きてきているし、アップルやGoogleなどシリコンバレーの新興企業が既存産業である製造業、電話、自動車産業をも駆逐せんとしている。
・冒頭の経済の発展=雇用の創出&賃金アップ=幸せ、の、最初の式がもはや崩壊しつつある。どんだけ企業ががんばっても、効率化によって、あるいは競争によって雇用創出しても、既存ビジネスや労働力の駆逐によって帳消しになるというジレンマが起きつつある。
・実は僕の経営コンサルタントという仕事も、日本の大企業を成長させるさせるため、際限のなく発展余地を探しては、コンサルし、企業を成長させることで自分たちのビジネスも発展し、生き残ってきている、まさに寄生虫のような仕事だ(ビジネスの在り方自体は悪いとは思っていないが)。
・グローバル経済の次のトレンドは何か、僕たちは抜け目なくそれを見極める、というよりもむしろトレンドをつくっていく。今のトレンドは日本企業が遅れているグローバル化ー多極化の支援、それに伴うシステムの標準化、バックオフィスの集約化・アウトソーシングの受託、それから昨今はグーグルグラスにみられるようなデジタル化。evrything is digitalというわけで、経営のサプライチェーンすべてにおいてデジタル化を進めることを支援している。
・僕たちは際限なくグローバル経済を加速させ、膨張させ続けている影の立役者いや暗躍者である。
・たとえ、どこかに限界があるかもしれないと頭をかすめてたとしても、すぐにそんな甘い考えは捨てなくてはいけない。とにかく成長させなければぼくたちコンサルタントは企業から切られてしまうし、僕たちは会社から首になる。ともかく成長しなければ会社も成り立たない。
・このような企業の発展は本当に正しい発展の方向なのかはもはや誰にもわからなく、人類は自分たちのつくりだした無限成長のシステムをコントロールできていない。
・今のロボットはまだ小学生レベルの知能だが、2040年には、ロボットが人間の知能を上回ると言われている。つまり、そのあとの世界はもはや予測することができない世界かもしれない。
・そんなSFのような話はおいておいたとしても、企業のグローバル競争の行く末はどこにいきつくのか?地球資源の問題はもちろんだが、最も問題なのは、前にも述べた、われわれは幸せなのか?ということだ。企業の発展は、過激な競争によるストレスをうみ、必ずしも雇用につながるとも限らなく、多くの脱落者を生むとしたら・・・。
つづく
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・さらに、企業はあくなき発展を飽和状態である先進国から新しいマーケットへと移している。つまり、全世界に先進国なみの豊かさ(という名の傲慢な消費社会)を広げていこうという。WWFによればこのままいけば、2030年時点で、地球2個分の資源が必要になるといわれている。
・この企業発展の競争戦略である、グローバリゼーションに、IT化、デジタル化によって、世界的に過度な競争が加速し、むしろ'disruption'という現象=既存企業の存続だけでなく既存産業をも駆逐しつつある、ということが起きている。
・身近でいえば、商店街がシャッター街になり、町の電気屋はなくなり量販店すらいつのまにかどこかとどこかが同じ会社になっていたり、カーナビが無料アプリに置き換わったりということが起きてきているし、アップルやGoogleなどシリコンバレーの新興企業が既存産業である製造業、電話、自動車産業をも駆逐せんとしている。
・冒頭の経済の発展=雇用の創出&賃金アップ=幸せ、の、最初の式がもはや崩壊しつつある。どんだけ企業ががんばっても、効率化によって、あるいは競争によって雇用創出しても、既存ビジネスや労働力の駆逐によって帳消しになるというジレンマが起きつつある。
・実は僕の経営コンサルタントという仕事も、日本の大企業を成長させるさせるため、際限のなく発展余地を探しては、コンサルし、企業を成長させることで自分たちのビジネスも発展し、生き残ってきている、まさに寄生虫のような仕事だ(ビジネスの在り方自体は悪いとは思っていないが)。
・グローバル経済の次のトレンドは何か、僕たちは抜け目なくそれを見極める、というよりもむしろトレンドをつくっていく。今のトレンドは日本企業が遅れているグローバル化ー多極化の支援、それに伴うシステムの標準化、バックオフィスの集約化・アウトソーシングの受託、それから昨今はグーグルグラスにみられるようなデジタル化。evrything is digitalというわけで、経営のサプライチェーンすべてにおいてデジタル化を進めることを支援している。
・僕たちは際限なくグローバル経済を加速させ、膨張させ続けている影の立役者いや暗躍者である。
・たとえ、どこかに限界があるかもしれないと頭をかすめてたとしても、すぐにそんな甘い考えは捨てなくてはいけない。とにかく成長させなければぼくたちコンサルタントは企業から切られてしまうし、僕たちは会社から首になる。ともかく成長しなければ会社も成り立たない。
・このような企業の発展は本当に正しい発展の方向なのかはもはや誰にもわからなく、人類は自分たちのつくりだした無限成長のシステムをコントロールできていない。
・今のロボットはまだ小学生レベルの知能だが、2040年には、ロボットが人間の知能を上回ると言われている。つまり、そのあとの世界はもはや予測することができない世界かもしれない。
・そんなSFのような話はおいておいたとしても、企業のグローバル競争の行く末はどこにいきつくのか?地球資源の問題はもちろんだが、最も問題なのは、前にも述べた、われわれは幸せなのか?ということだ。企業の発展は、過激な競争によるストレスをうみ、必ずしも雇用につながるとも限らなく、多くの脱落者を生むとしたら・・・。
つづく
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旅の再開2 -金銭的に豊かになったことの代償
<金銭的豊かさを手に入れた代償>
・お金持ちには浪費する義務があるとさえ見えるが、実際にはこういう悪循環のメカニズムが起きていると確信している
・人より圧倒的にお金を稼ぐには、リスクを抱えるしか方法はない。
(簡単に儲かることなど世の中には存在しない)
・それは重労働か、人が絶対に嫌がる仕事か、いつ首になるかわからないリスクを負っているか、ハイリスクハイリターンな仕事か。
・いずれにしても精神的に大きな負荷とストレスがかかるのは免れない。そういう人たちはどうなるか。
ストレスをかけてお金を稼ぐことによって
本人にとって
①健康・心身を害する→うつ病の増加
②栄養価の高い食料を過剰摂取する→生活習慣病の増加
③ストレスで家族に当たる→DV、幼児虐待の増加
④お金の浪費&ストレス解消=浮気→離婚
⑤自由な時間・創作する活動の欠落→ストレスの更なる蓄積
更に、影響は多岐にわたる
・食料の過剰摂取について。
・実際、日本人はカロリー摂取に必要な量の31%超過している。
・一方、地球全体の食料供給量(穀物)24億トンは、世界中の人が生きていくのに必要な2倍の量。カロリーを過剰にとっている20%の国ががめているおかげで、1日4、5万人の人たち(多くは子供たち)が飢餓でなくなっているというのが実態なのだ。
・この先進国の穀物のうち6割は、牛、豚、鶏のエサになっている。それぞれ1キロの肉をつくるには、11キロ、7キロ、1キロ必要になる。
・さらに、日本は5500万トン食料を輸入しておきながら、1800万トンを捨てている。これは世界一の消費大国アメリカさえも上回っている。それは食品会社の仕業では?と思うかもしれないが、なんと1000万トンは一般家庭からのものだ。これは、途上国の5000万人を救える量なのだ。「もったいない」精神はどこへ行ってしまったのか。自分の含め実に情けなく猛省しなければならないことだ。
・要するに、「ああもう食べきれない」とかいって、高級レストランの食材を残している間に、地球の裏側では飢餓で子供たちが死んでいっているのだ
・昨今、マクドナルドの肉の問題がでていたが、ハイパー消費をハイパー効率化しないと生き残れない企業たちは、結局化石燃料や農薬や遺伝子操作など自然の制約を超えた、もはやアンコントローラブルな営み方をしている。
・僕たちがコンビニで食べるサラダに入っているスライスされた卵が棒状の加工品であることを多くの消費者は知らなかったりするように。
・資本主義社会において、高級レストラン、高級車、豪邸、高級ブランド、お金持ちの様々な浪費は、景気にとって重要とされており、重宝されるべきだとされる。
・ただ、あえていうならば、ストレスとお金のセットというのは、人間としての善い行いを阻害する要素になっていると言わざるを得ない。経済発展の結果、人に①から⑤の変化プラスαの悪影響をもたらしているとしたら、いったい人類の発展はなんのためなになっているのだろうか?
つづく
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・お金持ちには浪費する義務があるとさえ見えるが、実際にはこういう悪循環のメカニズムが起きていると確信している
・人より圧倒的にお金を稼ぐには、リスクを抱えるしか方法はない。
(簡単に儲かることなど世の中には存在しない)
・それは重労働か、人が絶対に嫌がる仕事か、いつ首になるかわからないリスクを負っているか、ハイリスクハイリターンな仕事か。
・いずれにしても精神的に大きな負荷とストレスがかかるのは免れない。そういう人たちはどうなるか。
ストレスをかけてお金を稼ぐことによって
本人にとって
①健康・心身を害する→うつ病の増加
②栄養価の高い食料を過剰摂取する→生活習慣病の増加
③ストレスで家族に当たる→DV、幼児虐待の増加
④お金の浪費&ストレス解消=浮気→離婚
⑤自由な時間・創作する活動の欠落→ストレスの更なる蓄積
更に、影響は多岐にわたる
・食料の過剰摂取について。
・実際、日本人はカロリー摂取に必要な量の31%超過している。
・一方、地球全体の食料供給量(穀物)24億トンは、世界中の人が生きていくのに必要な2倍の量。カロリーを過剰にとっている20%の国ががめているおかげで、1日4、5万人の人たち(多くは子供たち)が飢餓でなくなっているというのが実態なのだ。
・この先進国の穀物のうち6割は、牛、豚、鶏のエサになっている。それぞれ1キロの肉をつくるには、11キロ、7キロ、1キロ必要になる。
・さらに、日本は5500万トン食料を輸入しておきながら、1800万トンを捨てている。これは世界一の消費大国アメリカさえも上回っている。それは食品会社の仕業では?と思うかもしれないが、なんと1000万トンは一般家庭からのものだ。これは、途上国の5000万人を救える量なのだ。「もったいない」精神はどこへ行ってしまったのか。自分の含め実に情けなく猛省しなければならないことだ。
・要するに、「ああもう食べきれない」とかいって、高級レストランの食材を残している間に、地球の裏側では飢餓で子供たちが死んでいっているのだ
・昨今、マクドナルドの肉の問題がでていたが、ハイパー消費をハイパー効率化しないと生き残れない企業たちは、結局化石燃料や農薬や遺伝子操作など自然の制約を超えた、もはやアンコントローラブルな営み方をしている。
・僕たちがコンビニで食べるサラダに入っているスライスされた卵が棒状の加工品であることを多くの消費者は知らなかったりするように。
・資本主義社会において、高級レストラン、高級車、豪邸、高級ブランド、お金持ちの様々な浪費は、景気にとって重要とされており、重宝されるべきだとされる。
・ただ、あえていうならば、ストレスとお金のセットというのは、人間としての善い行いを阻害する要素になっていると言わざるを得ない。経済発展の結果、人に①から⑤の変化プラスαの悪影響をもたらしているとしたら、いったい人類の発展はなんのためなになっているのだろうか?
つづく
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旅の再開
そろそろ旅を再開しようと思いたった。
日々のルーティンをこなしているときというのはある意味幸せなのかもしれない。
いつも変化のない日常を忙しくくりかえしている限り、あまり考える暇もなく、したがって悩んだり迷ったりすることも少ない。
でも、少し時間があったりして過去を振り返ったり、未来を夢想したり、あるいはちょっと脇道に足を運んだ瞬間に、期待とともに、不安や迷いという混沌とした気持ちが表れてくる。
時には旅をしなければいけない。
僕はむしろ日常の中で幸せがずっと続いているような感覚のときというのはいつも恐怖を感じる。
迷いながら旅をしていろんな刺激を受けながらそしてさらに迷い込んでいくなかで、新しい何かをつかみかけたような瞬間が訪れたり、がらっと価値観がかわってこれまで固執してきたものと別れたりそういうことが突然起きる。旅というものはやはりとても大切なことだと思う。
旅の出発点は、このスピーチからだった。
”発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。”
世界一貧乏といわれていたウルグアイのムヒカ大統領のスピーチ。
当初、日本では意図的なのかそれほど大きくは取り上げられなかった。
全訳はこちら、ぜひご視聴を。
僕はこのハイパー消費社会と狂いかけた資本主義を加速させる経営コンサルタントという仕事をあえて選んで続けてきている。一方でその矛盾を解決すべく足元では、鎌倉というローカルからそれとは相反するライフスタイルと事業を模索してきている。
そろそろ本気で次のステージへと進まなければいけないという思いがますます募った。
ぼくたちは今、明らかに矛盾した世界に生きている。
そのことに気付いている人も気づいていない人も、まるで濁流の中でその流れに身を任せるしかないかのごとくこの社会のシステムの中で生きざるを得ない。この流れをどこかで止める手立ては果たしてあるのだろうか?それが僕の旅のクエストである。
以下は、ファクトとなる数字を引用して教科書的に説明しているが、同時に僕の身の回りのフィールドスタディーの結果でもあることをはじめに記しておきたい。
<狂いはじめた資本主義>
・経済の発展=企業の発展=雇用創出&賃金アップ=万人の幸せという信仰がベースになっている。そもそもこの方程式は当の昔に破たんしているが。
・市場がすでの飽和している先進国においては、それでもあくなき発展機会を必死に見出すべく、明らかに本来必要ではない需要を作り出すべく企業はやっきになっている。
・企業はたくみに消費者の心を操作して、人間の欲望を利用し、飽くなき需要を喚起する。もう世の中にはものとサービスがあふれかえっているのに。
・たとえば、消費者は過剰に摂取させられた食事によってむしろ健康を損なっている。南米では74年には14~15%だった肥満率は、現在50%となっている。これは低所得者に安いファーストフードの食べ物が流れたことと因果関係があるとされている。
・そこにも企業は目ざとく需要を見つける。ダイエットビジネスだ。消費者は過剰にとってしまった食料を減らすためにもお金を払ってジムに通い、器具を買い、ダイエット食品を摂取する
発展の先にあるはずの幸せというのはどこへいってしまったのだろうか?
つづく
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日々のルーティンをこなしているときというのはある意味幸せなのかもしれない。
いつも変化のない日常を忙しくくりかえしている限り、あまり考える暇もなく、したがって悩んだり迷ったりすることも少ない。
でも、少し時間があったりして過去を振り返ったり、未来を夢想したり、あるいはちょっと脇道に足を運んだ瞬間に、期待とともに、不安や迷いという混沌とした気持ちが表れてくる。
時には旅をしなければいけない。
僕はむしろ日常の中で幸せがずっと続いているような感覚のときというのはいつも恐怖を感じる。
迷いながら旅をしていろんな刺激を受けながらそしてさらに迷い込んでいくなかで、新しい何かをつかみかけたような瞬間が訪れたり、がらっと価値観がかわってこれまで固執してきたものと別れたりそういうことが突然起きる。旅というものはやはりとても大切なことだと思う。
旅の出発点は、このスピーチからだった。
”発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。”
世界一貧乏といわれていたウルグアイのムヒカ大統領のスピーチ。
当初、日本では意図的なのかそれほど大きくは取り上げられなかった。
全訳はこちら、ぜひご視聴を。
僕はこのハイパー消費社会と狂いかけた資本主義を加速させる経営コンサルタントという仕事をあえて選んで続けてきている。一方でその矛盾を解決すべく足元では、鎌倉というローカルからそれとは相反するライフスタイルと事業を模索してきている。
そろそろ本気で次のステージへと進まなければいけないという思いがますます募った。
ぼくたちは今、明らかに矛盾した世界に生きている。
そのことに気付いている人も気づいていない人も、まるで濁流の中でその流れに身を任せるしかないかのごとくこの社会のシステムの中で生きざるを得ない。この流れをどこかで止める手立ては果たしてあるのだろうか?それが僕の旅のクエストである。
以下は、ファクトとなる数字を引用して教科書的に説明しているが、同時に僕の身の回りのフィールドスタディーの結果でもあることをはじめに記しておきたい。
<狂いはじめた資本主義>
・経済の発展=企業の発展=雇用創出&賃金アップ=万人の幸せという信仰がベースになっている。そもそもこの方程式は当の昔に破たんしているが。
・市場がすでの飽和している先進国においては、それでもあくなき発展機会を必死に見出すべく、明らかに本来必要ではない需要を作り出すべく企業はやっきになっている。
・企業はたくみに消費者の心を操作して、人間の欲望を利用し、飽くなき需要を喚起する。もう世の中にはものとサービスがあふれかえっているのに。
・たとえば、消費者は過剰に摂取させられた食事によってむしろ健康を損なっている。南米では74年には14~15%だった肥満率は、現在50%となっている。これは低所得者に安いファーストフードの食べ物が流れたことと因果関係があるとされている。
・そこにも企業は目ざとく需要を見つける。ダイエットビジネスだ。消費者は過剰にとってしまった食料を減らすためにもお金を払ってジムに通い、器具を買い、ダイエット食品を摂取する
発展の先にあるはずの幸せというのはどこへいってしまったのだろうか?
つづく
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日本が負けてよかったこと
夢を持つこと、有言実行。
あらためてハイリスクハイリターンなパラダイムだと皆が感じた瞬間だったのではないか。
夢が破れたとき、今までの努力はやり方が間違いであり無駄だった、と言い出す。有言が実行されなければあいつは口だけで中身がともなってないと罵声を浴びせられる事態になる。もしも夢が叶っていれば、日本の神になるはずだった人にだ。
こうして人間の愚かさが露呈する結果になる。
あらためて、自分たちが〔どちらの生き方を選択するか〕が大事なんだと思う。
生きるために搭載可能なエンジンは2タイプしかない。
競争への情熱と探求への情熱だ。
一番高い山の頂上を誰よりも早く辿りつくことを目的とする人生、挫折や困難を糧にゴールを目指す人生。つらいことも乗り越える快感と反省をモチベーションに生きる人生。
一方は、一歩一歩を楽しむ人生。自分自身と周りに対する感性を研ぎ澄まし、目の前のひとつひとつの草花の美しきに感動し、触発されて感じる自分の内面の動きを見つめて思索を巡らせる人生。山の頂上につかなくたって自分を責めない人生。
僕はずっと昔から全員に夢を持てという教育は間違いだと言ってきた。
特に、世界的な環境、経済にたんを発している閉塞感、日本においてはますます成熟社会というなか、ドリームを基軸に人々と国を組みたてるのはリスクばかりしかない。そんな中にもでてくる一握りの成功者をメディアがたてまつっては更なる虚構ドリームで人々を鼓舞する。実態がますます見えづらくなっている経済社会、個人が自由にアクセスできてしまう情報ネットワークに転がるあやしげなドリーム。ドリームバブルはいつはじけるかわからない。人々はいつも怯えながら生きていくか、あるいはドリームベースではついには生きられない日がいつかきてしまうかもしれない。
今こそ、後者の生き方は決してローリスクローリターンでもなく、負け犬の生き方でもない、という勇気を皆が実感し、目指すべき生き方だと信じる。
幸い、僕の一番近くにはその生き方の先導者がいる。彼女は山のいただきに辿りつかなくても、毎日誰よりも楽しく生きる力を持っている。日々身の回りに起きる全てのことにポジティブで、幸せの総量は常にMAXでぶれることがない。何かをやってやろうという気負いもないが、でも日々を全力で楽しんで生きている。日本が負けても、こんなときこそヨガで丸まった背中を伸ばし、胸を開いて深呼吸したら気分が前向きになる、まさにヨガ日和!と頼もしい。
そんな生き方もあるんだと、山の頂上ばかりを目指して浮き沈みの激しい人生を生きてきた自分にとって大きな発見だった。
それは、決して弱いものではなく、地球上で最も強い生き方だと今は確信している。
日本は負けてよかったんだ。
夢を見させてもらってみんなが興奮できたことは良かったのだから。自分たちがどう生きるべきか、じっくり考えられるチャンスを得たのだから。
そして僕自身、自分たちが小さな小さな革命を起こしつつあることに、気がつくことができたんだ。
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音速の貴公子セナの言葉がかっこよすぎたので
自分が感じていることは、正しくないかもしれない。
もしかしたら、自分の五感すべてが間違っているのかもしれない。
だから、常に自分をオープンにしておくんだ。
あらゆる情報や、たくさんの知識を、受け入れられるように。
耳を傾けて、新しい情報を、聞き逃さないように。
そうすれば人間も、マシンも、徐々に限界を超えていけると、僕は信じているんだ。
(アイルトン・セナ)
>>>
日々、昨日の自分とは少しでも違う、新しい何かを求め、変化を感じながら、生きていこう。
進化とは、継続的な変化追求の結果のことだと思う。
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もしかしたら、自分の五感すべてが間違っているのかもしれない。
だから、常に自分をオープンにしておくんだ。
あらゆる情報や、たくさんの知識を、受け入れられるように。
耳を傾けて、新しい情報を、聞き逃さないように。
そうすれば人間も、マシンも、徐々に限界を超えていけると、僕は信じているんだ。
(アイルトン・セナ)
>>>
日々、昨日の自分とは少しでも違う、新しい何かを求め、変化を感じながら、生きていこう。
進化とは、継続的な変化追求の結果のことだと思う。
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安倍首相の所信表明を”評価するな”
連日のマスコミ報道、安倍首相の采配を評価する/評価しないとか、「評価」に関する報道が多いですね。あの手の街頭インタビューを見ていて本当に腹立たしく思うのは、「株が上がってもねえ、給料は上がらないから・・・」とかいう類の批判。
マクロ経済をつかさどるのは国、政治の役割ですが、よりよい価値を産み出して、この国を豊かにすることができるのはミクロ経済である、個々の経営であり、個々の家庭であり、個人の努力でしかありません。マクロ経済政策でできることはあくまでよい環境をつくるまでであり、その環境を生かすも殺すも自分自身ですよね。
環境の批判ばかりするという民度の低さを助長するような報道はやめたほうがよいですね。
人(政治家)の仕事を批判するまえに、てめえの仕事をどれだけ批判/反省できているかということです。
安倍首相が所信表明演説の最後を「わたしたち自身」という言葉で締めくくってました。
このメッセージを国民がどこまで理解しているか。この「わたしたち」というのは、政治家という意味ではなく、ミクロ経済を活性化させる国民ひとりひとりの努力が不可欠だ、ということだと僕は理解しています。
今のところ、安倍さんのリーダーシップが強く、それが注目されすぎているがため、逆に国民の自律性が育たない可能性が危惧されます。強い政治が自分たちの生活をなんとかしてくれるだろう、という思想が蔓延するのは非常にまずい。将来不安を国が補償してくれる世の中がよい、というのは全くの幻想です。
実際、国に将来が保障されるはずの社会、たとえば高福祉国家でしられるスウェーデンで何が起きたか。
未来を切り開く必要のなくなった若者たちはドラッグへ流れ、女性が介護や子育てを国に委ねて社会進出を果たした家庭は崩壊し、犯罪が急増しました。
繰り返しになりますが、安倍総理のいう「わたしたち自身」の責任というのは、今回安倍政権は、あくまで規制緩和してより個々が動きやすい環境をつくってはくれるけど、その先は自分たちの創造力で未来を切り開かなければなにも起きないということです。
僕が街頭インタビューで答えるなら、「安倍さんも頑張ってるね、僕も頑張ります」です。多くの国民がそう思っているならこの国はもっとよくなる、僕はそう思います。
ただ、今回、「世界一の国」へという曖昧なビジョンになってしまったのはとても残念です。
僕は、前回総理になられたときの「美しい国」というメッセージが好きでした。
経済再生に競争をもたらす(したがって1位を目指すという)思想は必須ですが、日本の目指すべきビジョンは「世界一美しい国」だと思います。
そのために、僕も頑張ります。
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マクロ経済をつかさどるのは国、政治の役割ですが、よりよい価値を産み出して、この国を豊かにすることができるのはミクロ経済である、個々の経営であり、個々の家庭であり、個人の努力でしかありません。マクロ経済政策でできることはあくまでよい環境をつくるまでであり、その環境を生かすも殺すも自分自身ですよね。
環境の批判ばかりするという民度の低さを助長するような報道はやめたほうがよいですね。
人(政治家)の仕事を批判するまえに、てめえの仕事をどれだけ批判/反省できているかということです。
安倍首相が所信表明演説の最後を「わたしたち自身」という言葉で締めくくってました。
このメッセージを国民がどこまで理解しているか。この「わたしたち」というのは、政治家という意味ではなく、ミクロ経済を活性化させる国民ひとりひとりの努力が不可欠だ、ということだと僕は理解しています。
今のところ、安倍さんのリーダーシップが強く、それが注目されすぎているがため、逆に国民の自律性が育たない可能性が危惧されます。強い政治が自分たちの生活をなんとかしてくれるだろう、という思想が蔓延するのは非常にまずい。将来不安を国が補償してくれる世の中がよい、というのは全くの幻想です。
実際、国に将来が保障されるはずの社会、たとえば高福祉国家でしられるスウェーデンで何が起きたか。
未来を切り開く必要のなくなった若者たちはドラッグへ流れ、女性が介護や子育てを国に委ねて社会進出を果たした家庭は崩壊し、犯罪が急増しました。
繰り返しになりますが、安倍総理のいう「わたしたち自身」の責任というのは、今回安倍政権は、あくまで規制緩和してより個々が動きやすい環境をつくってはくれるけど、その先は自分たちの創造力で未来を切り開かなければなにも起きないということです。
僕が街頭インタビューで答えるなら、「安倍さんも頑張ってるね、僕も頑張ります」です。多くの国民がそう思っているならこの国はもっとよくなる、僕はそう思います。
ただ、今回、「世界一の国」へという曖昧なビジョンになってしまったのはとても残念です。
僕は、前回総理になられたときの「美しい国」というメッセージが好きでした。
経済再生に競争をもたらす(したがって1位を目指すという)思想は必須ですが、日本の目指すべきビジョンは「世界一美しい国」だと思います。
そのために、僕も頑張ります。
U1style
馬鹿な、学校週6日制検討中!?
中央省庁の役人の思考というのはいったいどういう回路を持っているのか、一度、じっくり頭の中を見学してみたい。
「授業時間を確保し、子どもの学力向上につなげたい」として、土曜授業を実施する学校週6日制について、
「実現するために何が課題か省内で整理している」
らしい。
http://www.47news.jp/news/2013/01/post_20130115125159.html
ゆとり教育⇒学力低下⇒反省⇒時間を増やす???
あまりにも、バカげていないか。
実現のための課題のまえに、現在の教育の課題とその真因はいったいなんなのか?
どこまで分析してるのか、できてるなら、その過程をちゃんと説明してほしい。
大人のワークスタイルが多様化している中で、子供の学習スタイルも多様化すべきだ。
ネットワークを活用して、自宅で家族と過ごしながら学習する方法だってあるだろう。
子供の土日のライフスタイルを豊かにしつつーこれもこれからの自律性&創造性が必要な世の中にとって大事な教育だー、5日の密度、質を劇的に変える方法があるだろう。
なぜ、質の問題から逃げ、安易な量の問題に帰結してしまうのか、本当にバカとしか思えません。
しかも、量を増やす=あいかわらず、つめこみ型教育が増えるだけで、悪化するとしか思えない。
これが正しい政策だと主張するのなら、その根拠を教えてください。
お願いします。
教育は、子供たちは、日本の未来です、お願いします。
もちろん僕も、そんな役人を頼りになんかしていられないので、全力で自分のできることをしていくつもりです。
「授業時間を確保し、子どもの学力向上につなげたい」として、土曜授業を実施する学校週6日制について、
「実現するために何が課題か省内で整理している」
らしい。
http://www.47news.jp/news/2013/01/post_20130115125159.html
ゆとり教育⇒学力低下⇒反省⇒時間を増やす???
あまりにも、バカげていないか。
実現のための課題のまえに、現在の教育の課題とその真因はいったいなんなのか?
どこまで分析してるのか、できてるなら、その過程をちゃんと説明してほしい。
大人のワークスタイルが多様化している中で、子供の学習スタイルも多様化すべきだ。
ネットワークを活用して、自宅で家族と過ごしながら学習する方法だってあるだろう。
子供の土日のライフスタイルを豊かにしつつーこれもこれからの自律性&創造性が必要な世の中にとって大事な教育だー、5日の密度、質を劇的に変える方法があるだろう。
なぜ、質の問題から逃げ、安易な量の問題に帰結してしまうのか、本当にバカとしか思えません。
しかも、量を増やす=あいかわらず、つめこみ型教育が増えるだけで、悪化するとしか思えない。
これが正しい政策だと主張するのなら、その根拠を教えてください。
お願いします。
教育は、子供たちは、日本の未来です、お願いします。
もちろん僕も、そんな役人を頼りになんかしていられないので、全力で自分のできることをしていくつもりです。



