基準の違い
今週金曜日の午後にセラピストのところへ行きます。うつがずっと続いているので、彼女の親に勧められて行くのですが。
でもうつといっても、ずっと溜息ついて常にネガティブなこと考えて元気がないという症状で、日本人なら多くの人が同じ症状持っているだろう思います。
つまり「基準」が違うんですね。このような症状でセラピストに行くよう勧められるなら、ストレス溜まっている日本人みんなセラピストに行くことになるのではないでしょうか?日本だったら、「元気出せよ、皆同じだよ、がんばろうぜ」となりますが、こちらでは「セラピスト行け」です。
基準の違いはほかにもあって、たとえば言語。こちらでは英語で簡単な日常会話が出来るというだけで、「英語が話せる≠完璧」になります。日本の場合だと、英語で簡単な日常会話が出来るくらいだと、「中の中~下の上」くらいに認識されるのではないでしょうか?
物事を大げさに言う文化なので、基準も異なってくる。基準の違いで、彼女の親からクレイジー扱いされている僕の考えです。


