当の目的は、田山花袋の「田舎教師」の旧字体版を入手することであったが、それだけでは心許ないという作用が働いての出来事である。


 「田舎教師」はというと、先般通読した「蒲団」にえらく感銘を受け、どうせならと現代語版を持っているにかかわらず、以前から存在を識っていた旧字体版を買い求めた。


 そういえば偶然であるが、「蒲団」を読み終えた後、同作の映画が5月に公開されることを知った。



 しかしながら背景は現代に置き換えられ、主人公も小説家から脚本家に変わっているため、原作小説から大分の脚色が加えられているのだろうなと思いつつ、原作のあの微妙な感情の動きと、擦切れた感情の残り火を映像で表現仕切れるのだろうかと考えてみたりする。


 「蒲団」は、複雑に重なり合った感情の結果が男の衝動を突き動かしたもので、ただ蒲団に縋りむせび泣く男の心情を「気持ち悪い」の一言で片付けられない作品なのである。


 前置きがいつものように長くなったが、元々在ることが分かっていた「田舎教師」を入手するだけでは飽き足らず蒐集癖の性根が働く。


 棚、平積みを検分するも目ぼしいものが無いので仕方無く(目的は達したので仕方無くもないが)会計に向かうと、レジ手前の足元に紙袋に折り重なった文庫の平積みが気になってちょっと拝見。


 少し上の方だけ捲ってみると、「青春論」などの評論で有名な亀井勝一郎氏の「読書論」が見えたので、漸く我が意を得たりとレジにて105円の値付けをいただき我が本棚に至ったものである。



 タイトルから読書好きの心根を擽りそうなこの本、最初に目についたのは表紙画。それから作者名。

 何でもネットでは、版が明確なもので2千円を超える取引価格のようだが、これは古本市場のこと本来の価値は?なところである。